Episode21


 ――西暦2042年4月12日、午後1時。


「ミクルさん、お待たせしました」


 後ろからかけられた声に、ドキリとして振り返る。


 振り返った瞬間に女性の姿が目に入った。


 見慣れているはずなのに、どうしてもセンターの外で会うのはドキドキしてしまう。


「いえ、俺もいま来たところです!」


 何とか気合いでごまかそうとしてみるが、声の上擦りは抑えられない。


 そんな俺を見て、リンさんがくすくすと笑いながらそんなに緊張しなくて大丈夫ですよ、と言ってくれた。


 いつもと変わらないリンさんだった。


 その立ち振る舞いを見て、変に気負っていた自分がバカバカしくなり、次第に俺も落ち着きを取り戻していく。


 ――ま、まあ、デートってわけじゃないんだし。いつも通りに接すればいいんだよな……。


 堂々とまではいかないが、せめて普通に接していこう、と自分の心に言い聞かせる。



「わざわざ付き合ってもらってすみません」


「こちらこそ、休みの日にありがとうございます」


 今日はリンさんに俺のことを話す予定だったのだが、その前にリンさんが行きたい場所があるということで俺たちは浅草駅まで来ていた。


「じゃあ、すぐそこなので行きましょうか」


 リンさんに言われて、早速俺たちはその場所まで歩いて行く。


 とはいえ、俺は目的の場所を知らないので、導かれるままに付いていくだけだ。


 リンさんの方をちらりと見れば、白のロングスカートに淡緑色のカーディガンというコーデをしていた。


 何というか、凄く品があるというか大人な感じだ。


 対して俺は、黒のズボンに紺色のTシャツ一枚。


 張り切ってお洒落をしたつもりだったのだけど、こうして並んでみると、もう少しまともなファッションで来ればよかったと思う。


 そのまま世間話をしながら五分ほど歩いていくと、どうやら目的の場所に着いたようだ。


「あれ、ここって……」


 目の前にあったのは大きなビル。


 意外にも、そこは俺の知っている場所だった。



 『魔道具ショップ ソロモン』



 看板に大きく書かれた名前の通り、魔道具を専門に扱うお店だ。


 俺も魔道具を買う(ほとんど冷やかし)ために何度か来たことがあった。


「ちょっと指輪の調子が悪くて」


 リンさんがそう言って、右手を持ち上げる。


 右手の小指にはめられた魔道具の指輪の調子が悪いということなのだろう。


「なるほど、そうだったんですね」


 滅多に壊れるものではないが、魔道具も調子が悪くなる時がある。そういう時は魔道具ショップで修理を依頼しなければならない。


 リンさんが店に入るのを見て、俺も後に続く。



 ――凄いな……。前来た時よりもさらに増えてる。


 店の中にはガラスのショーケースやスチールのシェルフが並び、中にはぎっしりと魔道具が置かれていた。


 これがこの建物の最上階である十四階まで続いているのだから、魔道具の数は相当なものだろう。


「修理をお願いしてきますので、少し待っててもらっていいですか?」


 問いかけに俺が頷くと、リンさんは店の奥にある修理カウンターへと向かっていった。


 残された俺は、とりあえず店内を見て回ることに。



 ――こうして見るとホント、魔道具といっても色んな種類があるんだな。



 冒険者が戦闘に使うもの以外にも、生活に使うような魔道具が沢山ある。


 というか、今となっては生活用の魔道具の方が販売の上ではメインとなっているかも知れない。


 俺も色々と欲しいものがあるけれど、今の懐具合からして購入することは難しい。


 はあ、世知辛い……。


 ちらりとカウンターの方を見ると、リンさんが店員と話をしている姿が見えた。


 さっき指輪を見た感じ、外見に傷などはなかったから恐らく中身に問題があるのだろう。

 

 でも、だとしたらちょっと珍しいなと思った。


 魔道具は魔法によって保護されているため、中の部品が劣化するとか故障するなどということはほとんどない。


 魔道具が使えなくなる時は、大きな衝撃を外部から与えて道具そのものが破壊された時ぐらいだろう。


 あるいは、よほどイレギュラーな使い方をした場合か。


 実際、俺が使っているブレスレットも一度も壊れたことはない。


 不思議に思いつつも再びショーケースに目をやった、その瞬間、ふとあることに思い至る。


「あ」


 思わず、声が出た。


 思い出したのは約一週間前の出来事だ。


 俺がリセットをして戻った後に、リンさんとリンクをした光景。それが蘇った。


「……あれ、もしかして俺がリンクしたせい?」


 確証はないが、思った瞬間にめちゃくちゃそんな気がしてきた。


 冷や汗が背中を伝う。


 確かに、リンさんが普通に生活してて魔道具が壊れるなんて可能性は低いよな……。


 どうする……? 今すぐリンさんのところにいって俺が壊しましたと白状するべきか?


 そのままショーケースを見ながら固まっていると、


「ミクルさん?」


「はいぃ!?」


 突然の声に、全身が震えて変な声が飛び出した。


 横を見ると、修理の受付を終えたであろうリンさんが立っていた。


「大丈夫ですか? 凄く険しい顔をしていましたけど」


「あ、いや、ちょっと考えごとを」


「何か気になる魔道具でもありました?」


 そう言って、リンさんがショーケースの方を覗き込む。


 ――どうしよう……。といっても、やっぱりこのまま黙っておくのはマズいよな。


 修理代も高いものではないが、流石に俺が原因のものをリンさんに払わせるわけにはいかないだろう。


「あの、後でまた詳しく話すんですけど」


 やはり、簡単にでも伝えておくべきだ。


「すみません。多分、リンさんの指輪が壊れたのは俺のブレスレットとリンクしたせいだと思います。なので修理代も俺が払います」


 俺がそう述べると、リンさんが不思議そうに小首を傾げる。


「ミクルさんとリンクしたせい……? どういうことでしょうか?」


「俺もよくは分かってないんですが、きっとリンさんとのリンクが二重になってて……本来ありえない使い方をしたのが原因なんだと思います」


 俺も完全には原因を理解していないので、何とも曖昧な言い方になってしまうけど、それでもリンさんは察してくれたようだ。


「……分かりました。修理代は後払いなので、先にミクルさんの話を聞いてからどうするか決めましょう」


 そう言って、リンさんが店の外へと視線を向ける。


「修理に三時間ぐらいかかるみたいなので、ご飯いきましょうか」


「あ、はい、そうですね」


 俺もここで全てを話すわけにはいかないので、促されるままにリンさんと一緒に店を出ていった。

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