Episode20


 ――西暦2042年4月11日、午後2時。


 昼食を食べ終えた俺は、運動を兼ねて河川敷まで走っていた。


 背中には木刀の入った長物袋を引っ提げて、少しキツさを感じるペースでおよそ十五分ほど。


 僅かに汗を滲ませながら昨日の場所までいくと、すでにヤマトがいて素振りをしている姿が見えた。


 俺が近付いていくと、気付いたヤマトが声を上げる。


「シショー! ホントに来てくれたんだぞ!」


「そりゃ、来ないわけにはいかないだろ」


 満面の笑みに対して、俺が苦々しく答える。


 見れば、ヤマトの額には大粒の汗が浮かび、Tシャツの大部分が水分を含んで色を変えていた。


「……いつから素振りしてたんだ?」


 若干引き気味に俺が訊ねると、


「何時間? とりあえず朝からやってるぞ?」


 ヤマトが当たり前だとでもいう風に答える。


 俺は思わず頭を抱えた。


「やりすぎだ。……とりあえず休憩しよう」





 しばしの休憩の後、俺の目の前には木刀を正眼に構えたヤマトが立っていた。


「俺は手を出さないから、好きなように打ってこい」


「わかったぞ!」


「遠慮する必要はないからな。本気で倒すつもりでかかって来ていいぞ」


「リョーカイだぞ、本気でいくぞ!」


 まずは、今のヤマトの実力を知りたい。

 これまでは全て我流でやって来たらしいのだが、果たしてどれほどの腕前か。


 俺も引き受けたからには、中途半端な気持ちでやるわけにはいかない。


 本人も冒険者になると宣言している以上、余計な甘えを出さずに接していくつもりだ。



 向き合う二人の間の静寂──



 それを打ち破るように、はあっ! というかけ声と共にヤマトが斬りつけてきた。


 一切の迷いのない大振りな真っ向斬り。


 遠慮しなくていいとはいったものの、本当に叩きのめすという意志の乗った一振りに、おお、と心中で嘆息の声が漏れる。


 俺が片手に持った木刀で弾くと、ヤマトがうわっ! とバランスを崩しながらも無理矢理に次の一撃を放つ。


 それも軽く往なして、悠揚とヤマトの攻撃を受けてゆく。


 ──なるほど……毎日特訓しているというのも嘘じゃなさそうだな。


 と、数十手目の攻防の後で俺は納得した。


 ヤマトの剣筋は意外にもしっかりとしていた。


 我流のためか独特のクセも多少見て取れるが、どれも致命的なレベルではない。すぐにでも修正できるものばかりだ。


 早ければ数ヶ月、遅くても一年あれば、ある程度戦える域には達するかも知れない。


 そう見積もりを立てて、俺はヤマトの剣を捻るようにして弾き飛ばした。


「うぎゃっ!」と短い悲鳴を上げて、ヤマトが後ろに尻もちをつく。


 相当に必死で剣を打ち込んでいたのだろう。


 そのまま地面に座り込んだヤマトは肩を大きく揺らし、息も切れ切れといった様子だった。


「よし、わかった」


 そんな姿を横目に、俺がヤマトの木刀を拾い上げながら言う。


 教えるべきことは色々あった。


 だが、一番に直すべきところはやはり──


「まず、剣の握り方から始めよう」


 そして、初めての訓練が始まるのだった。





 ──夕刻。


 一通りの訓練を終えた俺とヤマトは帰り道を歩いていた。


 夕映えに染まった住宅街には穏やかな空気が流れ、ほっと安心させてくれる優しさが満ちているように思える。


 どこからか夕飯の支度の匂いも届いて来て、お腹がぐうと鳴りそうだ。


「シショーはすごいぞ! 本気でやったのにいっかいも剣が当たらなかったんだぞ!」


 あれほど動いた後だというのに、疲れを見せないヤマトが声を弾ませる。


「何回か惜しいのはあったけどな。もう少し練習すればすぐに掠るぐらいにはなると思うぞ」


 西日の眩しさに目を細めながら、俺が言った。


 実際、何度か当たりそうな場面はあって、魔力探知を使ってぎりぎりで躱すということがあった。


 ちょっとズルい気もしたけど、俺も初日で師匠(仮)としての威厳を失うわけにはいかない。


 俺の言葉にヤマトが嬉しそうに声を上げ、また一段とやる気を漲らせる。


 と、そこで俺が気になっていたことを聞いてみた。


「そういえばヤマト、学校は行かなくていいのか?」


 そう、学校だ。


 今日は平日で授業があるはずだった。


「学校? そんなの行かなくてダイジョウブだぞ?」


 しかしヤマトは、何を言っているんだという風に不思議そうな顔を浮かべた。


「いやいや、学校は行かないとダメだろ?」


 予想外の返答に俺が困惑気味に聞き返すが、さらにヤマトがきっぱりと言う。


「大丈夫だぞ! うちで勉強してるから学校にいく必要はないんだぞ!」


「うちでって……え? お前まさか……」


 言いかけて、俺は次の言葉を呑み込んだ。


 それ以上踏み込んだら、何かしらの地雷を踏みそうで。


 人には、色々事情があるものだ。


 もしかしたら、複雑な家庭の事情とかもあるのかも知れない。


 昨日今日知り合った俺が、今そこまで問いただすのは無粋のような気もするし。


 俺は一人で納得して、何となく話題を逸らすことにする。


「あー、まあ学校が全てってわけじゃないしな。それより腹減ったなあ……」


「おれもお腹ぺこぺこだぞ。帰ったらいっぱいご飯食べるんだぞ!」


 俺がお腹を抑えると、ヤマトも大袈裟に両手をお腹に当ててみせた。


 そうして話しながら、別れ道まで歩くこと数分。


 途中で、ヤマトがスマホを取り出して連絡先を教えて欲しいと言ってきた。


 が、流石にそこは断った。勝手に小学生と連絡先を交換するわけにはいかないだろう。


 しかしヤマトがあまりにもしつこいので、とりあえず俺のリンクのIDだけ伝えて、フレンド申請する時は親に許可を貰うようにと忠告する。


「親のきょかなんていらないんだぞ! 今すぐシンセイするぞ!」


 と、ヤマトが早速申請しようとしたので、割と本気で注意して制止させた。


 というか、このまま剣を教えていくのなら、俺もヤマトの親に一度顔を見せた方がいいのかも知れないと考えて、そうなると色々と少し、面倒だなと考えてしまう。


 引き受けたことに後悔はないが、やっぱりその場のノリで簡単に何でも引き受けるのはやめるべきかもな。


「じゃあシショー、まただぞ!」


「またな。気をつけて帰れよー」


 ヤマトの背中を見送りながら、俺は改めてそんな風に自分に言い聞かせていた。

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