Episode19


 ──初めて一月ぐらいだろうか。


 最初に俺がそのパーティに抱いた印象はこうだった。


 六町ダンジョンの第三階層、今日の稼ぎを求めて来た俺の前に四人組のパーティがいた。


 パーティの構成は前衛二人に後衛二人。


 きちんとバランスが取れていて、各々の装備もある程度整ってはいる。しかし、その戦いぶりを見ている限りでは中々に危うい場面が続いていた。


 今もマタンゴと戦っていて──俺も近くでマタンゴを狩りながらちらちらと彼らの様子を伺っているのだが──かなり苦戦を強いられている様子だった。


 要因は色々あるように思えるけど、まず何より気になったのが各人の位置取りだ。


 マタンゴの動きに合わせて、前衛が後衛を守る位置に移動するのだが、それが追い付いていない。

 後衛も迫り来るモンスターに動揺して、わたわたと動き回り陣形をより一層崩している。


 本来であれば、後衛はその場を一歩も動かずに魔法や投擲に集中できればいいのだが……彼らのレベルではまだそれも難しいようだ。


「まあ、そんな簡単にできるものでもないんだろうけどな……」


 年齢も一様に若く、見かけ高校生のように見える。

 だが、彼らの持つスキル自体の性能は高いように思えた。


 今はまだ戦闘に慣れていないようだけど、これからどんどん上達していって、あっという間にマタンゴなどは歯牙にもかけなくなるだろう。


 俺はそんな風に考えながらも、やがて彼らがマタンゴを倒したのを見て、先に進み四階層へと下りていった。


 すると驚いたことに、しばらくして彼らも四階層へと姿を現した。さらにそこから先に進むような素振りを見せる。


「おいおい、大丈夫なのか……」


 まさか四階層の攻略はしないだろうと思っていた俺の口から、つい懸念の言葉が漏れた。


 マタンゴであれほど苦戦していた彼らだ。四階層の敵と戦うのはかなりの危険が伴うはずだ。

 流石に、退くように忠告した方がいいだろう。


 そう思って俺は一歩を踏み出す──が、そこでふと思い止まった。


 彼らとて、歴とした冒険者なのだ。


 しかも四人組のパーティでもある。


 一階層、二階層、三階層を越えて、その難易度の上がり幅もおおよそ把握しているはずだ。


 パーティで話し合い、それでもなお下に進むと決めて来たのだろうから、綿密に対策も用意しているのかも知れない。


「……まあ、危なそうだったら助ければいいか」

 

 もし仮に何かあったとしても、今の俺ならば四階層の敵ぐらい即座に対処できる。


 というわけで、先程と同じように距離を取りながら彼らがコボルトと戦っている様子を見守っていたのだけれど……やはりレベル的に厳しいようで、すぐに苦悶の声が聞こえてきた。



『みづきっ! みなとっ! 二人とも下がれ!』


『くそっ! 喰らえっ! ファイアボール!』


『ぐうっ! なんて速さと力だ! カイト、まだいけるかっ!?』


『ぐわああっ! だめだ! これ以上は抑えきれない!』



 そして上がる、限界の声。



 ──そろそろ、ヤバいか……。


 追い込まれ始めた彼らを見て、一応、いつでも助けられるようにと歩き出す。


 向こうまでの距離はおよそ30mほど。一歩ずつ戦況を見ながら歩みを進めてゆく。


 残り20m。そこまで来たところで、意外にもパーティ側が押し返し始める。


 これはひょっとして大丈夫かもな、と歩みを止めて静観することしばらく。


 なんとか彼らはコボルトを倒し、わっと歓声の声を上げた。


 俺もほっと胸を撫で下ろす。


 やはり、ある程度の戦略は立てて来ていたようで、作戦通りだったな、やら、上手くいって良かった、などという声が耳に届いてきた。


 そんな一行を見て、余計な心配だったなと俺は気持ちを切り替えながら、先に進むべく前方に目を向ける。


 ──が、その時だった。


 不穏な気配を察知した俺は、すぐに彼らの方へと駆け出した。


 残り10mまで足下の魔気を爆発させるように詰めて、そこから一気に跳躍。


 パーティの向こう側から──丁度、襲いかかろうとしていたもう一体のコボルトへと剣を振り下ろした。


「うわあっ!」


「な、なにっ!?」


「きゃあ!」


「ひぃぃ!」


 パーティの四名から驚きの声が上がる。


 コボルトを一振りで切り裂いた俺は勢い良く着地して、止めていた息をふっと吐き出してから彼らの方へと向き直る。


 見れば、唐突に現れた来訪者に対して驚愕の目を向ける一同の姿。


 ……さて、どうしようか。


「あー、えっと、コボルトが近付いて来てたから……」


 とりあえず、そう言ってみる。


「え……? あっ、ありがとうございます」


 前衛の一人、恐らくリーダーであろう少年が代表して答えた。


「全然気付かなかった……」


「す、すごい……」


「とんでもない速さだったぞ……」


 続いて、他の三人も声を上げる。


 それから、まじまじと観察するように四人の視線がこちらに集まった。


「じゃ、じゃあ気を付けて」


 その視線を受けて急に恥ずかしくなった俺は、それだけ言うとくるりと反転して足を踏み出す。


 しかし数歩進んでからぴたりと立ち止まり、再び彼らの方を見て、


「その場所、コボルトに見つかりやすい場所だから戦うなら別の場所にした方がいいよ」


 余計なお世話かも知れないけれど、念の為の忠告だった。


「あ……はい! そうします。ありがとうございます」


 リーダーの少年が言って、他のメンバーからもお礼の言葉をかけられる。


 再び気恥しさを感じながらも、俺は彼らに別れを告げて五階層へと向かっていった。


 そのまま最奥のボス部屋まで進んでいって中を確認するが、残念ながらゴーレムは既に倒されていたようだった。


 ──そして、帰り道。


 先程のパーティのせいか、俺は何となく昔の経験を思い出していた。


 俺は過去に一度だけパーティを組んで、戦っていたことがある。


 16歳の頃に、同じ年代の三人と四ヶ月の間だけ。


 当時の俺は右も左も分からずに、一人の冒険者としても、パーティの一員としても全てが未熟だった。

 視野も狭く、連携も曖昧で、対応力なんてのもまるでない。


 でも、それが楽しかった。


 他のメンバーも同じように未熟で、これから皆で強くなっていくのだと、共に熱い思いを交わし合い、まだ見ぬ未来の輝きに胸を高鳴らせていた。


 しかし、それはやはり甘い夢に過ぎなかったようで、結果的にメンバーの思いが成就することはなかった。


 月日を重ねる内にそれぞれの才能やレベルの差が開き始め、パーティは自然の内に解散を迎えることになる。


 もちろん俺が一番の能無しで、皆の足を引っ張っていたことは理解していた。


 だから、それ以来俺は一度もパーティを組んでいない。


 いわゆるソロ専としてずっと一人でやって来た。


 だけど、と今の俺ならば思える。


 もし今の俺が誰かとパーティを組んだとしても、きっと置いていかれることもないはずだと。


 別にパーティを組みたいという願望があるわけでもないけれど、あのパーティのように仲間と共に戦う姿を見ると、そんなことも考えてしまう。


 再びあの時と同じように、俺もまた誰かとパーティを組む時が訪れるのだろうか──


 もしもその時が訪れるのであれば、今度こそはメンバーの一員として相応しい役目を果たそうと、ぼんやりとそんな風に考えながら、俺は帰路を歩いていった。

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