Episode18
「師匠……? あー、そういう修行ごっこか何かか?」
なるほどな、とそこで理解する。
そういえば、子供達の間でそういったものが流行っているという話を聞いたことがあった。
冒険者に憧れて学校やら公園やらで木刀を振り回している子供達が増えているようで、一時ニュースにもなっていたな。
きっと、この少年もそういった類のものなのだろう。
……が、俺も構っていられるほど暇なわけじゃない。悪いけど、適当にあしらって帰ってもらうとしよう。
「あー、やってあげたいけど兄ちゃんは忙しいんだ。また今度してあげるから、今日は友達でも誘って遊んでな」
もちろん、また今度というのは嘘だった。
騙していることに少し胸が痛みながらも、素直に諦めてくれるようにと願う。けれど、もしかしたら駄々をこねられるかも知れない。
そうなったら少し面倒だな、と思っていると――
「遊びなんかじゃないっ!」
存外に気迫の込められたヤマトの声。
思わず、うっと怯んでしまう。
「おれは本気で世界一の冒険者になるんだ! 色んなダンジョンにもぐって、ボスを倒して、誰よりもツヨクなるんだぞ!」
両手を握り締め、声高にヤマトは言う。
「ちゃんと体もきたえて、スキルもたくさん手に入れて、上手く使えるようにがんばって練習するんだぞ!」
言葉の熱量からして、とても冗談で言っているようには思えない。
そして、何故だろうか。
懸命に語る少年の姿は、妙な懐かしさを感じさせた。
どこかで見た気がする。しかし、どこで見たのかを思い出せない。
懐かしさの出処を脳裏で探りながらも咄嗟に俺の口から出たのは――
「せ、世界一の冒険者って……お前なあ。そんな甘い世界じゃないんだからな。ほら、夢みたいなこと言ってないで、友達とゲームでもやってろ」
「ぐっ……バカにするなぁッ!」
激昂したヤマトが、地面に落ちた木刀を拾って俺に斬りかかる。
「おぉいっ! やめろっ!」
慌てて避けて、一歩下がって距離を取った。
「誰よりも努力して、誰よりも剣をきたえてツヨくなるんだぞ! でも、おれ一人の力じゃ世界一にはなれないからシショーが必要なんだぞ……!」
怒りのせいか肩をわなわなと震わせながら、真っ直ぐにこちらに向けられている眼光は刃物のように鋭い。
その目の光を見た瞬間に、ぞくりと鳥肌が立つような感覚に襲われた。
――こ、こいつ……なんて目をしてやがる!?
炯々とした瞳に、今にも食らいつかんばかりの必死の形相はまるで飢えた獣を彷彿とさせ、自然と身体が竦むほどだった。
およそ少年とは思えない眼力の強さに狼狽えながらも、なんとか声を絞りだすまでに数瞬。
「お、おいおい……落ち着けって。ほ、ほら、とりあえずその剣をおいて、は、話し合おう」
俺が諌めるように言って、手で剣を下ろすように示す。
しかし、ヤマトは何も言わずにこちらを向いたまま立ち尽くしていた。
それからようやく、ふっと気が抜けたように身体の力を抜いて、大きく息をつく。
「はあ……。ごめんだぞ、にいちゃん。急にこんなこと言ってシショーになってくれるわけないもんな」
先程までの勢いとは打って変わって、あまりにも弱々しい声。
「お、おお……」と、俺も気の抜けた答えを返す。
「やっぱりシショーはあきらめて、じぶんでなんとかするぞ……」
そう言うや否や、くるりと振り返って早々に道の向こうに立ち去ろうとするヤマト。
「あ……お、おい!」
咄嗟に、声が出た。
別に引き止める必要もなかったのだが、反射的に言葉が出ていた。
「なんだぞ?」
ヤマトがこちらに向き直る。
「いや、えーっと……」
当然の反応なのだが、俺も呼び止めた理由がなかったので口籠ってしまう。
少し考えてから、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「……なんでそんなに強くなりたいんだよ?」
すると、ヤマトは迷うことなく即答する。
「そんなの決まってるぞ。みんなを守るためだぞ」
「みんなを守るため……?」
って、どういうことだ?
言葉の意味が、上手く飲み込めない。
「……みんなは甘いんだぞ。スタンピードはもしかしたらまた起こるかも知れないんじゃなくて、絶対にまたスタンピードは起こるんだぞ。だから、その時のために今からツヨくなってみんなを守れるようにしておかないとダメなんだぞ」
正面から俺を見つめながら、ヤマトが言った。
再び、妙な既視感に襲われる。
しかし確かに、その通りだと思った。
──スタンピードは再び起こる。
そう確信を持って備えを用意している人が、果たしてどれほどいるのだろうか。
確かにまだ当時の傷跡は残っているし、冒険者たちもあの悲劇を意識しているはずだ。
しかし、日々の経過と共にその意識は段々と薄れて、本気で行動し準備を行っている人が少なくなって来ているのも事実だった。
かくいう俺も、惰性的に日々を過ごしている部分があることは認めなければならない。
「なるほどな……。まあ確かに、スタンピードが起きる可能性は常に考えておかないとダメだよな」
改めて大切なことに気付かされた思いだった。
それから、さきほどから感じている懐かしさの正体がようやく判明する。
……あの時の俺も、こんな風に誰かを守りたいとがむしゃらに生きていた。
どれだけ水を注ごうが満たされることのない器のように、毎日剣を振って強さを追い求めていた。
眼前の少年の姿は、正に九年前の俺だ。
そうと気付いた時、何故だか喜びが湧き上がった。
そして心の中で、俺は決めたのだった。
「天災は忘れた頃にやって来る……だっけか? 世間の危機感が薄くなってるのも確かなんだよな」
「そうだぞ! みんなはヘイワばかになってるんだぞ!」
「それを言うなら平和ぼけだ」
「そうだったぞ!」
まあ、俺も剣の腕前に自信があるわけではないけれど、子供に教えることぐらいはできるだろう。
「ヤマト、明日もこの時間にここに来れるか?」
俺が訊ねると、一瞬、ヤマトが不思議そうな顔をした後に、
「来れるぞ」
と、こくりと頷く。
「よし、じゃあ剣の使い方を教えてやるから、また木刀を持ってきな」
俺がそう言った途端、ヤマトの目が大きく開かれた。
「本当か!? やった! さすがシショーだぞ!」
「おいおい! まだシショーになったわけじゃないぞ。剣の使い方をちょっと教えるだけだ!」
「なんでもいいんだぞ! よろしくお願いしますシショー!」
「いや、だから……」
と、その後もなんだかんだと言い合いをして、早速受け入れたことを後悔しそうになったのだが……ともかく、こうして謎の少年ヤマトに対して、剣の稽古をつけることが決まったのだった。
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