Episode17


「はあ、なんて綺麗な空なんだ……」


 いつもの場所に立って、突き抜けるような青空を見て呟く。

 辺りには菜の花が咲き、水面には鴨達が気持ち良さそうに泳いでいた。


 心地良い、午後の荒川の河川敷。


 未だ冷めやらぬ熱も、涼しげな風に当たる内に多少は落ち着きを取り戻し、思考も働くようになっていた。


 明後日、リンさんに話す内容を頭の中で整理してゆく。


 何をどう伝えていこうか。事前に纏めておかないと、いざ話した時に内容がちぐはぐになりそうだ。


 それに、話す場所も決めなければならない。なるべく人が少なく、誰にも話を聞かれない場所がいいだろう。


 できれば密室のような空間で二人きりになれる場所がベストだ。そうすれば周りの騒音を気にする必要はないし、外部に情報が漏れることもない。


 ただ一つ問題があるとすれば……密室で二人きりになった時の俺のメンタルが持つのかどうか。


 ただでさえ女性と二人で行動するのは初めてだというのに、いきなり密室というのもなかなかハードルが高いような気もする。


 よくテレビのドラマなんかでは、そういう空間で男女が二人きりになった場合、色々なことが起きるものだ。


 ……と、次第に妄想があらぬ方向に進んでいき、再び身体が熱を持ち始める。


 慌てて思考を中断させて、火照りを宥めるように辺りをぐるりと見回した。


 路上の人影はいつもながらまばらで、時々散歩やジョギングをしている人が通り過ぎてゆく。


 河川敷の遠くの方では少年たちがサッカーをしている姿が見えた。快活なかけ声が微かに風に乗って聞こえてくる。


「懐かしいな、俺も子供の頃ここでしてたっけ……」


 しみじみとした気持ちで昔を思い出す。


 それから何心なく水面を見つめて、しばらくの間ぼうっとしていると、知らずの内に睡魔が訪れた。あえて抵抗することもなく、そのまま身をゆだねて目蓋を閉じる。


 意識が微睡み、薄れていく。


 夢現の中で、皮膚を撫でるような太陽の温度を感じていた。


 やがて思考も止まり、本格的に眠気にやられ始めた頃。


 ──突然に、それは起きた。


 不意に空気が、ざわついた。


 頭の中で警鐘が鳴り響き――俺はハッと目を開く。



「でやああああああああっ!!」



 殺気の先、後ろを振り返れば斬りかかろうとする姿が見えた。


「危っぶねえ!」


 間一髪で避けながら、反射的に相手の剣を叩き落とす。


「うぎゃあ!」


 悲鳴を上げたその正体は、見かけ十歳ぐらいの少年だった。

 どうやら木刀で斬りかかって来たらしく、地面には長さ五十センチほどの小刀が落ちていた。


「何すんだ馬鹿っ!」


「くっそー! ゼッタイやったと思ったのに!」


 俺が怒鳴ると、少年は地団駄を踏んで悔しがっていた。


「いきなり危ねーだろ! てか、誰だお前!」


「おれはヤマトっていうんだ! にいちゃんアホそうな顔して意外とやるんだな!」


「ア、アホそうって……。お前なあ……」


 悪びれる様子もなく無邪気な笑顔を見せる少年。ツンツンヘアーの黒髪で、長ズボンに長袖のシャツを着て、一見ごく普通の少年に思えるのだが。


 しかし、木刀で人に斬りかかるという蛮行は遊びで許される範疇を超えている。


 こういう時は大人として、びしっと叱らなければならない。


「いいか、よく聞けよ! いくら木刀だからといって、当たれば怪我するんだ! たまたま俺が冒険者だから避けれたけど、そうじゃなかったらどうなってたことか! もし当たりどころが悪ければ最悪死んでるかも知れない! 木刀は人を斬るためじゃなくて、自分の技を磨くために使え! 分かったか!」


 言ってやった。完璧なお説教だ。これだけ言えば流石に少しは反省するだろう。

 どうだ、と言わんばかりに俺が胸を張っていると、ポカーンとした顔で少年が俺を見ていた。


 ……なんだ? もしかして迫力が足りなかったか?


 戸惑いながらも見つめていると、少年はその少しつり上がった目をキラキラと輝かせて――


「す、すげえ! にいちゃん冒険者なのか!? ほんとうかよ!? まさか一発目で会えるなんて! これはとんでもなくツイてるぞ!」


 何故だか嬉しそうに小躍りするヤマトを見て、今度は俺の顔がポカーンとなる。


「はあ? お前何言って――」


 と、俺の疑問は当然の如く遮られて。


「これはまさにウンメイってやつだな! よしっ、おれは決めたぞ!」


 そして、少年は告げるのだった。


「にいちゃん、おれのシショーになってくれ!」

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