Episode14


 ゴーレムが光の粒子となり、冒険者ライセンスに吸収されていく。


 戦いを終えた安堵と共にがくんっと気が抜けて、一瞬意識が飛びかける――が、既のところで地面を踏んで持ち堪えた。


「おっと、危ない……。思った以上に魔力を使い過ぎたな」


 予定よりも大分苦戦してしまったけれど、無事にダンジョンの最終ボスを倒すことができた。


 これでようやく、念願叶って六町ダンジョンの制覇となるわけだ。


 制覇したからといって、特にファンファーレが鳴るわけでも、宝箱が現れるわけでも、レベルが上がるわけでもない。


 ボス討伐後はただ静寂が広がり、後は来た道を戻るだけである。


 極めて地味な結末、といえばその通りだろう。


 しかし俺の胸の内に湧き上がる達成感と高揚感は、決して地味とは言えない。


 その高鳴りは本能から出る衝動。理性では抑え切れない激情の切っ先が、まず笑みとなって溢れでていた。


「くっくっく……」


 そして、笑みを零した後、


「俺は……! 俺はついにやったんだな……!」


 と、確認してから、


「うおっしゃああああっ!! 俺はやったぞおおおおっ!!」


 絶叫がフロアに木霊する。


 これまでの想いを放出するかのように。積み重なった苦しみを流し去るかのように声を上げる。


 ――三年間、何度も死にかけて、何度も無理だと思った。けれど、一歩ずつ進んできて……諦めなくて良かった。


 叫ぶ内に感情はさらに高まっていき、やがてコントロールできない激情は形となって現れる。


 気付けば俺は、涙を流していた。


「うわぁあああああああ!!」


 もはや勝ち鬨を上げているのか、泣き喚いているのか分からない。


 それでも、俺の叫びは止まらない。


「俺は最強だぁあああああああ!!」


 と、泣きながら誇ってみたりして。


 とてもじゃないが公衆の面前では見せられない姿。しかし今は、誰かに見られるという心配もなかった。


 ボスを倒した後、しばらくはボス部屋の扉が開くことはなく、外から誰かが入ってくることはないからだ。


 俺はそれを知っていた。だからこそ恥も外聞もなく喚き続けることができた。


 顔面を崩壊させ、泣き続ける俺の姿を見られることも、ましてや声をかけられるなんてこともありはしない。


 そう、そんなことは決してありはしないのだ。絶対に、そんなことは。起こり得ないはず。


 ――なのだが。


 何故かその声は、その存在は、



「――泣きながら喜ぶなんて、随分と器用なことをするんだね」

 


 そんなルールをあっさりと破り捨てて、俺に向かって話しかけていた。


「うわああああぁぁぁ……ぇぇぇええええええっ!?」


 突然の声に、俺の喚き声が途中で驚愕の声へと変わる。


「だ、誰だっ!?」


 慌てて涙を拭い、剣を構えてその声の正体を探ってみれば、そこにいたのは白いローブを纏った白髪の男。


 およそ十メートルほど先、地面から突き出た小岩の上に座り、肩にかけるように木の杖を携えていた。


「こんばんは」


「は……? あ、こんばんは」


 平然と投げかけられた挨拶に、つられて俺も返すが……いやいや、そんなことよりも。


「あ、あの……誰ですか? どうやってここに?」


 俺が恐る恐る訊ねかける。


「名前はレイ。ここにはワープして来たんだよ」


 あっさりと謎の男は答えてみせた。


 レイ……? ワープ……?


 名前はともかく、ワープというのはスキルのことだろうか?


 確か、噂にだけは聞いたことがある。一瞬で空間を移動するという、とんでもないスキルを持った人がごく稀にいるという話だ。


 実際に存在するのか疑わしかったが、どうやら目の前の人物がその使い手らしい。


「凄い……。空間移動のスキルなんて、本当に存在してたんですね」


 俺が素直な感想を漏らすと、


「そうだね」


 と、レイと名乗った男が短く答える。


 何とも要領を得ない、淡々とした返答だった。


 魔力を探ってみても、何かとても分厚い雲のようなものに遮られているようで、心奥を覗くことはできない。


 けれど、彼の落ち着いた佇まいを見る限り、少なくともこちらに敵意はないように見えた。


 もしかしたら、冒険者狩り――ダンジョンで冒険者を狙って装備品やアイテムを奪う者達――かとも思ったが、そうでもないらしい。


 というか、よくよく見ればとんでもなく美丈夫である。歳も俺より少し上ぐらいだろうか。


 こんなイケメンの若者が犯罪に手を染めるとも考えづらい。……なんていうのは偏見か。


 と、まあそれはいいとして。


「えーっと……レイ? さんはどうしてここにワープして来たんですか?」


「君に会いに来たんだよ」


「俺に……?」


「そう。君との出会いが必要だったからね」


 俺との出会いが必要? って、どういうことだ……?


 言葉の真意が分からず困惑する俺を他所に、彼が独り言のように語り始める。


「それにしても不思議なものだね。ようやく帰って来たというのに、こんなにも何も感じないなんて。彼等と過ごす前まではもう少し、何かを感じていたはずなんだけどな」


 そう話す声は――不自然なほどに抑揚がなくて。


「あっという間だと思った年月も、やはり人間の心からすると、それほどの重みがあったということなのか……」


 そう言って、目を伏せるレイ。


 じっと一点を見つめたまま、それっきり黙り込んでしまった。


「えーっと……」


 俺は何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。


 そもそも今の言葉の内容が理解できなかった。故に、どうしたものかと固まってしまう。


 そんな俺の代わりに、



『――レイ、いきなりわけの分からないことを言われて、彼が困ってるよ』



 誰かの声が、頭に響き渡る。


 驚く間もなく、続いて眼前に現れたのは金色の光。


 その光はレイの頭の右側、空中に現れて閃光のような輝きを放ったかと思うと、ゆっくりと消えていった。


 突然の出来事に目が眩みながらも光の跡を見やれば、そこに居たのは――


「鳥……?」


 鳥だった。


 見たことないのない、奇妙な鳥。


 体長はおよそ六十センチほど。胴体だけが黒く、頭やら脚やら尻尾やらは全て白い。二本の足はすらりと長く伸び、またそれと同じぐらいクチバシが長かった。


 その鳥は空中で二、三度羽ばたいてからレイの隣に降り立つと、


『変な独り言が多いのは、キミの悪い癖かも知れないね』


 そう言って、レイの方へと顔を向けた。


「やあ、トート。独り言なんて、みんな変なものだろう」


 レイも、トートと呼んだ鳥の方へと目を向けて、平然と返してみせる。


 どうやら二人は知り合いのようだが……光の出現の仕方と、テレパシーを用いた言葉の発し方からして、恐らくこのトートと呼ばれた鳥はレイの召喚獣なのだろうと察する。


 知性の高い召喚獣は人の言葉を理解し、話すことができるものだ。


「それに、独り言にだってちゃんとした意味があるんだよ。頭の中の考えを纏めたり、本当の自分の声を聞いたり、後は、大切なことを忘れないように、とかね」


 レイが続けて言った。


 その言葉を受けて、トートが少し、何かを考えるような素振りを見せる。


『……ふむ。そういえば、キミはそういうのが好きだったね』


「それは、どういう意味かな?」


『キミの頬の傷も、そのためのものだろう?』


 小首を傾げながらトートが言って――


 そこで、初めて気付く。


 正面で向き合っていた時はよく見えなかったが、レイがトートの方を向いているために、今ならばレイの左頬が見える。


 その頬には、ひらがなの″し″、のような、アルファベットの″L″のような大きな傷跡が付いていた。


 端正な顔が台無し……とまではいかないが、かなり目立つ傷であるのは間違いない。


 トートの言葉に、今度はレイが少し考える素振りを見せてから、


「これは、違うよ」


 と、呟くように小さく答えた。



 ……何やら、お互いに意味あり気な言葉を交わしているが、さっきから俺はずっと置いてけぼりである。


 というかあの二人、俺がいることを忘れているんじゃないか?


 流石にそろそろ仲間に入れて欲しいと、気まずさに耐えられなくなった俺は、そろりと自己アピールしてみる。


「あ、あの〜……。一応、俺ここにいるんですけどお……」


 すると二人して、ああ、君いたんだ、といった表情で、醒めた視線をこちらへ向ける。


 ……うん。まあ、分かってたけど。完全に二人の世界だったもんな。


 俺は溢れそうになる涙をぐっと堪えて、とりあえず用件だけを促すことにした。


「さっき、俺に会うのが必要だったって言ってましたけど、それってどういう意味ですか……?」


「ああ、いや別に大した意味ではないんだけどね。今会っておかないと後々面倒になるから」


 と言われても、やはり俺には意味が分からない。


「はあ……」


 とだけ返事をすると、レイが続けて言う。


「後は、一応伝えておこうと思って」


 そして、少し間をとってから――



「ごめんね、柊未来」



 俺に謝ってきた。


 ――ごめんね……? いや、それよりも。


「え、なんで――」


 俺の名前を? と聞こうとしたのだが――


「それじゃあ、頑張ろう」


 聞き終える前にレイがそう言うと、トートと共に眩い光を放ち始める。


 ワープの前兆だと気付き、俺は慌てて声を出すが、しかしそんな声も虚しく、次の瞬間には二人の姿が消えていた。


 唐突に現れた二人は唐突に消えて、残された空間には再び静寂が訪れる。


「消えた……」


 混乱する頭のまま、俺は呆然と立ち尽くす他になかった。


 その後しばらく考えてはみたものの、結局、彼等の正体も言った言葉の意味も分からないまま、答えに近付く手段もない。


「一体、なんだったんだ……」


 と腑に落ちない気持ちだけが胸に残りながら、俺は仕方なく帰路に着くのだった。

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