Episode13


 何度、その名を聞いたか分からない。


 ダンジョンの先を行く人々から、ダンジョンを攻略した人々から、耳に蛸ができるほど聞いていた。


 そのボスの名前を、形を、攻略法を。


 俺はどれほど、この時を待ち焦がれただろうか。


「やっと会えたな、ゴーレム」


 眼前に屹立する敵は巨大な壁を思わせた。


 身の丈は俺の二倍以上、横幅は五倍以上あろうかという巨躯。全身は岩でできており、対峙する相手を威迫するかのような厳然たる空気を纏う。しかし、


「不思議なもんだな。強敵だと分かっているのに、全然怖いとは思わない。むしろ――」


 俺に怖れはなく、あったのは自分でも意外なほどに大きな喜び。


「こんなにも楽しいと思っている自分がいる」


 抑えきれない高揚感に武者振るいのような震えが走る。緊張感は発揚へと変わり、血が沸き立っていた。


 今までどんな敵にだってここまでの激情に駆られたことはない。


 俺は長年の思いを込めるかのように剣を握り直し、叫ぶように声を上げた。


「さあ、しっかり相手してくれよなッ!」


 声と共に駆け出した俺を、



 ――グオオオオオオオオオッ!!



 ゴーレムが吼えて、迎え撃つ。


 横殴りにゴーレムの腕が飛んで来たのを見て、屈んで避けてから懐に入り込む。


 剣を胴体に向かって叩き付けるように振ると、がきぃんっと鈍い音を立てて弾かれた。さらに足の関節部分を狙って剣を振るうが、こちらも弾かれる。


 ――硬い!


 聞いていた通りだが、実際に体感してみると岩というより鋼を叩いたような感覚に近い。


 ゴーレムが拳を振り下ろしてきたのを半身で躱し、一旦懐から抜け出してからバックステップで距離を取る。


「なるほどな。やっぱり、額のコアを破壊しないとダメなのか……」



 俺が聞いていた攻略法――それは、コアの破壊。



 ゴーレムの額にある赤い水晶。魔力を秘めたこの水晶が動力源となっていて、破壊と同時にゴーレムは停止する。


 頑強な岩肌に攻撃は通らないが、唯一、額のコアに剣は通じるというわけだ。


 ただ、言うは易し、行うは難しというもの。


 ゴーレムの攻撃を掻い潜りながらコアを狙うというのは簡単なことではない。ただでさえ、この身長差だ。普通に剣を振るったところで届きさえしない。


 あるいは火力の高い魔法が使えたのなら、岩の身体に関係なくダメージを与えられたのだろうけれど、残念ながらここまでの練習の成果を鑑みると厳しいものがある。



「さて……どうしたもんかねっ!」



 ゴーレムの攻撃を避けながら、思案する。


 剣を当てるには、足元を崩してゴーレムを屈ませるか、大きな衝撃を与えて転倒させるか、それともいっそゴーレムの身体をよじ登ってコアに近付くか……。


 あらかじめ想定していた策を羅列していくが、この状況になってみて考えるといまいちどれもピンとこない。


 ならば、と考える。


 一つ、試してみよう。


 ゴーレムが両手を組んで上段からハンマーの如く振り下ろして来たのを見て、俺は実行に移る。


 ゴーレムの振り下ろしを避けるように俺は下半身だけを霧にして真上に飛行。上半身は人間の姿のままで、右手には剣が握られた状態だ。


 そのままコアに手が届く距離まで飛び上がり、刹那の停滞。


 ゴーレムが振り下ろした両手を地面に付けたまま、俺を追うようにして顔を上げた、


 その瞬間――


 俺は渾身の力を込めて、全力でコアへと剣を打ち出す。



「もらったっ!」



 と、思わず声がでた。


 次の瞬間には剣が命中しコアが砕け散る、というイメージは見えていた。


 しかし――あと僅かに、あと数センチで剣が触れるというところで、ゴーレムのスキルが発動する。


 額のコア、魔力を溜めた水晶が赤い輝きを放った直後――俺の視界が真っ赤に染まる。


 そして、訪れる衝撃。


 直撃を受けた俺の身体は黒い霧となって吹き飛び、霧散する。


 ゴーレムがコアからレーザーを放ったのだ、と気付くまでには三秒ほど経過していた。


 ――まさか……いや、レーザーを使うことは知っていた。


 けれど、このタイミングで使うだなんて――!


 呆気に取られた俺は何とか身体を修復しつつ、改めてゴーレムと向き合う。


「ちょ……マジかよ! 今のは本気でビビったぞ!」



 ――グオオオオオオオオオッ!!



 焦る俺に対して、ゴーレムが勝ち誇ったかのように両手を上げてガッツポーズを取っていた。


「くそっ! 良い気になりやがって!」


 そんなゴーレムを見て語気を荒げつつも、今の一撃でかなりの魔力を消費した俺の身体は少しばかりフラついて、意識も揺れている。


 自分の意思ではなく攻撃によって強制的に霧になった場合には魔力が激しく消費されるというのは、これまでの経験から判明していたことだった。


 そして、魔力が完全に尽きた時には意識を失って倒れてしまうということも分かっている。常に魔力の残量を把握してコントロールしていかなければならない。


 ……それにしても、どうしたものか。


 恐らく同じ手は、もう通用しないだろう。


 かと言って俺の攻撃力ではゴーレムの身体にダメージを与えることもできないし。


 何かもっと別のやり方を見つけなければ――


 と、そこまで考えたところで再びゴーレムの攻撃が迫り来る。


「うわっと! まだ休憩タイムじゃないんですか!?」


 突進を避けながら軽口を叩いて見せるが、実際そこまでの余裕はなかった。

 当初の予定とは既に違っていてかなり焦りが出てきている。


 原因は分かっていた。


 俺に攻略法を与えてくれた先人達と俺の身体能力の差を計り切れていなかったということだ。


 彼等の攻略法を受けたところで、全く同じように俺ができるというわけではない。


 彼等がジャンプすれば余裕でゴーレムの頭に届くし、本気で蹴りを入れればゴーレムを吹き飛ばすこともできるだろう。


 一方の俺は、ジャンプしても届かないし、蹴りを入れても吹き飛ばせないし、ついでに料理もできないし、掃除もできないし、片付けもできないし、洗濯物も畳めないし……


 って、後半ただのダメ人間じゃねーか!


 ……いや、落ち着け俺!


 ふざけてる場合じゃない。


 やはり、俺にあるのは黒い霧を使う能力なのだからそれを活用するべきだ。


 ダークボールを使ってみるか? ダメージを与えることはできないが、もしかしたら怯ませるか虚仮威しにはなるかも知れない。


 それか、一旦――


「って、またそれかよ!」


 俺の思考を中断するように、ゴーレムがレーザーを発射する。

 咄嗟に屈んで躱すが、髪の毛が何本かレーザーの餌食となってしまった。


「危ねぇな! いきなり撃つのはなしって言っただろ!」


 言った記憶はないが、とりあえず非難してみる。


 そろそろゴーレムの攻撃を避け続けるのも厳しくなってきた。


 一旦、黒い霧を辺りに放出して目眩しにしてみるか? 少しは姿を隠せるかも知れない。

 そしてあわよくば、その隙にコアを狙って攻撃を加えていきたい。


 思い付いたアイデアを精査し、検討する。


 黒い霧……放出……目眩し……攻撃……。


 なるほど。そのままでは難しいかも知れないが、こうすればもしかしたら……。


 いけるか……? いや、いけると信じるしかない。


 思考が整い、次の一手は決められた。


 ゴーレムの攻撃を潜り抜けて距離を取り、正面で向き合ってから、


「たぶん……俺の残りの魔力のほとんどを使うことになるだろうな。これで決められなかったら俺の負けだ」


 相手への宣言を行う。


 言葉に偽りはない。これが俺の最後の攻撃となるはずだ。


 もし失敗したらどうしよう……という不安はもう見ないふりをして。


 ゴーレムが再び雄叫びを上げて突進してこようとしているその途中。


 俺は目を瞑り、一呼吸置いてから呟いた。



「全身の魔力を、解放……」



 瞬間――俺の身体が黒い輝きを放ち、弾け飛ぶ。


 数千、数万の黒い光の粒が乱れ飛び、空間を埋め尽くしていく。


 ごっそりと魔力を消費して意識が飛びそうになるが、ここで落ちるわけにはいかないと踏ん張りを効かせて。


 ダンジョンの薄明かりの中、突如として現れた無数の黒の煌めきに、


 ――グ、グォオォオ!?


 流石のゴーレムも戸惑い、慌てた様子で周囲を見回しているようだ。


 しかしこれで終わりではない。そこからさらに怪奇的な現象が始まる。


 黒い粒達がゴーレムの周りをぐるぐると回転し始めたかと思えば、その中の幾つかが時折、回転の輪を外れてゴーレムの身体に近付きすり抜けていく。


 堪らずゴーレムが腕を振り回したりレーザーを撃ち放つが、光景が変わることはない。

 黒い粒に実体はなく、あくまでも影である。つまりはホログラムであって、いかなる攻撃も受け付けない。


 それはさながら気味の悪い夢のように、いつ終わるとも知れない幻想の中でゴーレムを惑わしていく。


 そして、ゴーレムが暴れ疲れて肩で息をしている頃を見計らって、



 ――ようやく、その粒は動き出した。



 無数に散らばる煌めきの中でその"粒"だけは他と違っていた。


 黒い粒が現れたその時からその粒だけはじっと隅の方にいて、場面を見守るように停止していたのだ。


 もしも仮にゴーレムがこの存在に気付き攻撃を当てていたのなら、その時点で勝敗は決していただろう。唯一実体を持つその粒を潰すことによって、全ての粒を消滅させることができた。


 そう、つまりその粒こそがこの怪奇現象の術者であり、俺の本体というわけだ。


 というわけで、俺は今だに回転を続ける粒達をくぐり抜けるようにゴーレムへと近付いていく。


 ゆっくりと、ふらふらと、バレないように。


 疲れ果てて地面に座り込んでいるゴーレムの頭頂部――素知らぬ様子で飛んで来た、俺こと黒い粒がぺたりとくっ付く。


 すると、それまで回転していた粒達が一斉に輝きを放ち出し、俺目がけて一気に集結。


 ――グォオオォオ!?


 慌てふためき、立ち上がるゴーレム。


 やがて輝きが収まり空間に始まりの光景が戻ると、そこに居たのはゴーレムと一人の人間。


 ただし、人間はゴーレムの頭の上に乗っかっている。


 ――グ、グォオオォオォオオ!?


 まあそりゃ驚くよなあ、と思いながら、


「へっへっ! 俺の勝ちだな、ゴーレム」

 

 俺は満面の笑みを浮かべて、剣をコアへと突き立てた。

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