Episode11
俺が今まで四階層をクリアできなかった要因はただ一つ。
この階層の主敵であるコボルトだ。
コボルトは基本的に群れで行動しているのだが、稀に一体ずつ分かれる時があって、そこを狙っていくのが攻略のセオリーとなる。
ただ、すぐに「遠吠え」というスキルを使って他の仲間を呼ぶため、できるだけ速やかに倒さなければならない。
「……って感じで、攻略法は分かっていたんだけどなあ」
まあ答えが分かっていてその通りに実行できるなら、何も苦労することはない。
スキルを得る前の俺はコボルト一体に手こずり仲間を呼ばれて敗走する、ということを繰り返してきた。
あまりに失敗続きなので不意打ちからの一撃を狙ったこともあったが、奴らは鼻が利くために、ある一定の距離まで近付くと気配を察知されて躱されてしまう。
正攻法でも裏をかいても俺は勝つことはできなかった。
だが、それももう今日で終わりだ。
「いよいよ、雪辱を果たす時だ」
眼前にいたのはコボルトが三体。
犬のような頭を持ち、全身が厚い体毛で覆われた魔物だ。鋭い爪による高い攻撃力と、俊敏な機動力を併せ持つ。
一体ずつ分かれるのを待つというセオリーを語ったばかりだが、今の俺にはもう必要ない。
先に奴らを見つけた俺は、向こうの索敵範囲にぎりぎり入らないであろう地点まで近付いて、ただ待っていた。
すると、しばらくしてこちらに近付いてきたコボルト達が俺に気付き臨戦体勢へと移行する。
流石は犬種の魔物だけあって、脚力は人間の比ではない。
素早くこちらに向かって走り出し、あっという間に距離を詰めて来たかと思ったら、俺目がけて斬り付けてきた。
コボルト達の鋭利な爪によって俺の身体は引き裂かれるが――しかし、すぐに元通りとなる。
――そう、本来であれば。
それが俺であったなら、そうなっていただろう。
だが今回は、コボルト達に切り裂かれた身体は元通りにはならなかった。
黒い霧となった後に陽炎の如く消失する。
唐突に標的を見失ったコボルト達は、困惑し、狼狽えていた。
慌ただしくきょろきょろと辺りを見回し、標的が何処へいったのかと、何が起きたのかと原因を追求している。
そんな彼等の姿を、俺は真上から見下ろしていた。
――意外と簡単に引っかかってくれたな。
と、呑気にも感想を思い浮かべて。
それは、やってみたかったアイデアの一つだ。
新宿ダンジョンで俺は死神の作り出したゴブリンの幻影によってまんまと騙された。
それと同じように、俺も自分の幻影を作って囮にしたのだ。
本体――剣や服などの装備品も含めて――は霧状に変化させて空中に浮かんでいる。
どうやら霧の状態だと匂いはないようで、コボルト達の鼻センサーに引っかかることもないらしい。
そのままゆっくりと空中を降下して、ある程度まで地面に近付いたら魔法を解除し、音もなくコボルト達の背後に着地する。
そして、一閃。
一番右のコボルトを仕留めると即座に他の二体が気付いて応戦の構えをとる。しかし、その時にはもう俺の剣が次の軌道を描いていた。
真ん中にいたコボルトを仕留めて、残りは一体。
その一体の内側を探り取れば、右腕の魔力が微かにだが強めに反応していることが分かる。
――魔力は魔法を使う時に強力に反応するが、こうして力を込めた時にも微かな反応を示す。
思った通り右腕を振り抜いて剣を繰り出して来るが、やはり来ると分かっている剣筋を避けることは造作もない。
半身をズラして、カウンター気味に剣を突き刺すとコボルトは光の粒子となって吸収されていった。
「ふう……。これまた随分と、あっけなかったな」
終わってみれば、大したことはない。
壁を超えられない時は絶対に無理だと感じていても、いざ超えてしまえば意外とこんなものなのかと思えてしまう。
……まあ、俺の場合は裏技を使っているようなものなのでちょっと違うかも知れないが。
ただ裏技といえども、こうして手探りで技を見つけていく感触は面白いと思う。それはまるでゲームをやっているような感覚に近い。
アクションゲームで強敵に対して少しずつ立ち回りを学んでいく時や、シミュレーションゲームで効率的な手順を構築していく時の感覚のそれだ。
新たに有効なものを作り上げていくという作業は大変ではあるけど楽しいものだ、と個人的には思う。
……と、そんな話はさておき。
長年の大きな壁は超えることができた。後はもう突き進むだけだ。
気分は軽く、体も最高に温まっている。
「さあ、この調子でいこう」
もはや四階層に敵はない。
そしてボスのフロアは、もうすぐそこだ。
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