Episode10
足を踏み入れた瞬間に空気が変わる。
ヒリヒリとした感覚。だが、やはり以前まで感じていた圧迫感や緊張感はない。
三歩進んだところでジャイアントトードが動き出す。しかし動いたのは奴の身体ではなく魔力の方。
奴の体内の魔力が練り上げられ、魔法を使うための準備を始めているのが分かった。
「なるほど。そういう風に使えばいいのか」
その動きを感じ取りながら、ちょっと真似してみようと思い付く。
自分の中の魔力を、ジャイアントトードの動きを模写するように練り上げていった。
――うおっ! なんか変な感じ!
身体の中で魔力が渦巻いて形作られていく感じだ。なんというか、とてもくすぐったい。
その内にジャイアントトードの魔法が完成し、大きな口を開いて巨大な水の塊が弾丸のように発射された。
「おわっと! 危ねえ!」
来ることは分かっていたが、魔力のコントロールに集中し過ぎて紙一重の回避となる。
渾身の一撃を当てられなかったジャイアントトードは悔しげな表情で俺を睨みつけ……いや、違った。全く変わらない表情のままこちらを見ていた。
……相変わらず、何を考えているのか分からないな。
少し様子を見てから、動く気配もないのでそのまま魔力のコントロールに集中していると――。
「おお、できた! って、ちっちゃっ!?」
俺の右手の上に、ピンポン玉ぐらいの大きさの黒い塊が浮かんでいた。
さきほどジャイアントトードが吐き出した水の塊と比べるとあまりにも小さい。
「なんでだ!? 同じようにやったのに!」
魔力の練り方をミスったのか? それとも俺の魔力量が少ないのか?
うーん……謎だ。
「ええいっ! ままよ!」
仕方がないので、やけくそ気味に黒い塊を撃ち放つ。
黒い塊はふらふらとゆっくり飛んでいき、ジャイアントトードの鼻先にぺちんと当たって消滅した。
ダメージを受けた様子はない。代わりに、へっくしっ! とジャイアントトードがくしゃみを一つ。
「えーっと……」
どうしていいか分からず、言葉が出てこない。
数秒ほどの沈黙の後、ジャイアントトードが痺れを切らしたようで思い切りジャンプして飛びかかってきた。
「うわっ!」
慌ててサイドステップで避けたところに、ずしんと巨体が着地する。
避けた勢いのまま、少し距離を取って剣を構え直す。
「結局、いつも通り剣で倒すことになりそうだな」
ジャイアントトードもこちらに正対し、今度は長い舌を勢いよく伸ばしてきた。
舌に捕まるとやっかいなのだが、今の霧化する俺に捕まるという心配はない。
――まあ、かと言ってわざわざ当たることもないんだけど。
俺は舌を避けてジャイアントトードの方へと駆け出し、あと数歩というところまで近付いてから、脚に力を込めて全力で飛び上がる。
空中で剣を逆手に持ち直しジャイアントトードの眉間に思い切り突き立てた。
――グェェエエエエエッ!
ジャイアントトードは断末魔を残しながら光の粒子となり、冒険者ライセンスに吸収されていった。
「よしっ、とりあえずは第三層クリアだな」
ここまでは何度も通っている道だ。まだまだ余裕がある。
本番は、ここからだ。
俺はしばらくボスのフロアで休息を取り、第四階層へと潜っていった。
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