Episode9


 その予想が確信へと変わったのは、第三階層のマタンゴと呼ばれるキノコ型の魔物を倒した時だった。



「……これは、やっぱりちょっとチート過ぎるかもな」



 と、光の粒子になって冒険者ライセンスに吸収されるマタンゴの名残りを見つめながら呟きが漏れる。


 第一階層から今に至るまで十体ほどの魔物と戦ったが、いずれも危なげはない。


 それも、そのはずだ。


「考えてみれば、そうなんだよな」


 全身が霧に変化する、ということはそういうことなのだ。


 第一階層のスライムの体当たりを受けた時、俺の身体は霧となりスライムがすり抜けていった。

 今倒したマタンゴがツタを伸ばして攻撃してきた時も、ツタによって切り裂かれた俺の身体は次の瞬間に元の姿に戻り、ダメージを受けることはなかった。

 

 そう、つまり俺には一切の相手の攻撃が効かない。

 それだけでも十分驚異的なのだが、その上さらに――


「向こうにも魔物が二体……この感じはマタンゴか?」


 黒の魔気使い、というスキルの名前からしてどうやら俺は魔力――魔気と魔力は同じ意味――に関してかなり敏感な体質になったらしい。


 生物に内在する魔力の動きを読んで相手の行動をある程度予測することができて、どこにいるのかという位置を探ることもできた。


 ただし、唯一のデメリットとして魔力が消費されるという点に注意しなければならない。


 魔力は俺が霧の状態になった時、そして敵の魔力を感知する時にも消費される。


 気付いたら魔力が空になって動けない、なんて事態にもなりかねないので乱用は禁物なのだが、しかしそのデメリットを考慮しても壊れスキルであることに疑いはない。


「攻撃を無効化し、魔力を探って敵の動きを読んで、さらに空まで飛べる」


 改めて能力を再確認しながら言葉を繋げてゆく。


「強いとは思ってたけど、まさかここまでだなんて……」


 身に余る、という気もするが、超人的な力を実感して生じる高揚感はそれ以上に大きい。

 

 目線を上げれば、これまでの六町ダンジョンとはまるで違う世界があった。


 魔物の襲撃に怯え、常に緊張感を纏っていたあの頃の自分には得られなかった世界だ。


「あの時の自分に言っても信じないだろうな」


 まさか、数日の間でこうも人生が変わるだなんて、きっと信じられないだろう。


 なんたって、今も信じられない気持ちなのだから。


 ――死神に感謝、か……。


 こうなると、本当にそうしなければいけない気がしてくるから困ったものだ。


 自らの運命の数奇さを思いながら、気を引き締め直して歩みを進めてゆく。



 その後もしばらくは道なりに進んで行き、気付けば第三階層も終わりに差しかかっていた。


 早いものだな、と思いながら一度マップを確認し直す。


 その時にふと、奇妙な魔力の気配を捉えた。


 モンスターでも人間のものでもない魔力。しかし、嫌な気配ではない。


 その"何か"は今いる道の先にいる。


 何だろう、と念のため剣を構えながら近付いて行き、姿が見えたところで得心が行った。



「なるほど、精霊の魔力か……」



 直径十センチほどの淡い光が、ふわふわと空中に漂っている。


 精霊は冒険者に力を与えてくれる貴重な存在だが、滅多に姿を現すことがない。


「ツイてるな、何かいいことが起こりそうだ」


 淡いオレンジの光は微かな温度を持ち、僅かではあるが暗いダンジョンを――冒険者の心を照らしてくれる。


 精霊の元へと近付くと、精霊が光を大きくして応えてくれた気がした。


 そのまま手を伸ばして光に触れると、精霊が弾けて粒子となり、俺の身体に流れ込むように吸収されていく。


 体と精神の疲れが癒されていくような感覚に包まれる。


 これがゲームであるならば、ミクルはHPとMPが僅かに回復した! とテキストウィンドウに表示されているに違いない。


 精霊の姿は消えて、再びダンジョンに暗闇が訪れる。


 少し寂しい気持ちになりながらも、道の先を見通せば三階層のボスのフロアが見えていた。

 

 入り口の扉は、閉まっている。


「三階層のボス……ジャイアントトード。一週間ぶりの挑戦だな」


 これまで何度も戦って勝ってきている相手に、今の俺が負ける気は微塵も無かった。


 少しだけ気持ちを整えてから緑色の巨大な扉に触れると、薄らと扉が輝きを放ち、大きな音を立てながら開かれる。


 フロアの中央には文字通り巨大なカエルの魔物が陣を構えていた。

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