Episode8


 ――西暦2042年4月9日、午前7時。


 あれから二日が経った。


 練習の後、流石に一日ぐらいは身体を休めようと大人しくしていたのだが、特に変わった様子もなく今日に至るまで体調は良好だ。


 ソファーに座って、トーストを食べながらテレビの情報番組を見る。


 流れていたのは新進気鋭の冒険者を取材するという企画のコーナーで、青年がカメラに向かって自らの経歴を語っている場面だった。


 曰く、最近自分の持っていたAランクのスキルがSランクに進化したのだとか。さらに天下一無双会という……どっかで聞き覚えのあるような名前の大会でベスト8に入った経験もあるとのこと。


「年齢は俺と同じぐらい? いや、少し上ぐらいか」


 ほとんど同世代で脚光を浴び、これから益々飛躍していくであろう才能を見て、つい先日までの俺なら遠い憧憬として、あるいは流れ去る風景の一部として見過ごしていたかも知れない。


 しかし今の俺にあったのは親近感と、そして、ささやかな対抗心。


 俺もついこの間Sランクのスキルを手に入れて、まだ見ぬ頂きを目指そうとしている。


 彼に負けないようにとは言わないが、同じ立場であるならば、それなりに力を付けて活躍していきたいと思う。


 まあ、といっても俺の場合は――


「こんな風にテレビに出るわけにはいかないよなあ」


 口の中のトーストを牛乳で流し込みながら一人ごちる。


 公の場に出てスキルを明かした時のデメリットは、やはりメリット以上に大きいように思えた。


 今はまだ身を潜めて、どんな事態が起きようとも対応できるだけの力を付けたい。


「……さて、と。準備して行きますか」


 空になったトースト皿と牛乳のグラスを持って立ち上がる。


 今日は六町ダンジョンの攻略に向かう予定だ。


 ずばり、目標階数は五階層。


 五階層とはつまり六町ダンジョンの最下層で、ここをクリアすればダンジョンの完全攻略となる。


 いきなりの完全攻略はハードルが高く思えるが、しかしスキルの可能性を鑑みると決して難しいことではないはずだ。


 そのぐらいSランクのスキルというのは――俺が得た黒の魔気使いのスキルは並外れている。


「……もしかしたら俺は、死神に感謝しないといけなくなるかもな」


 ふと思い付いたことを言葉にしてみたが、すぐに馬鹿らしくなって頭を振る。


「ははっ、殺されて感謝するって、何考えてんだか」


 まだこのスキルの正体自体、はっきりと掴めているわけではない。


 もしかしたらこの先にとんでもない落とし穴があるかも知れないのだから、浮かれないようにしないとな。


 俺は思考の行方を六町ダンジョンの攻略に向けながら、慣れた手付きで荷物を纏めていった。

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