Episode6


 何となくだが、どうすればいいのかという感覚は掴んでいた。


 初めて黒い霧に変化した時、自分の中に流れる魔力のようなものが疼き、その魔力に反応して身体が変容している感じがした。


 恐らくは黒い霧も魔法の一種であり、他の魔法がそうであるのと同じように、自分の中の魔力を使って発生する現象なのだと思う。


「まあ、魔法に関する話だけなら何度も聞いてきたからな……」


 俺自身は魔法を使ったことはないけれど、俺の知り合いに魔法を使う人がいて、その人の話をよく聞いていた。


 ――曰く、最も重要なのはイメージなのだという。


 より鮮明なイメージをすればするほど魔法は形にしやすく、後はそのイメージのままに魔力を解放すれば良いとのことらしい。


 全身の力を抜いて身体に意識を向けていると、次第に魔力の起こりのようなものが分かってきた。だが、少しでも集中を切らすと途端に魔力の流れを見失ってしまう。

 常に魔力を離さないように繋ぎ止め、それを慎重に全身へと流していく。



 ――なるほど。これが魔力の感覚か……。



 まるで、血管を濃厚な水が流れているような感覚。どこかくすぐったいような気がするけれど、それ以上に何とも言えない心地良さがあった。


 そのまましばらくその状態に慣れるまで魔力を流し続け、次に魔力を黒い霧へと変換させるようにとイメージを始める。


 すぐに魔力は応えてくれて、全身を流れる濃厚な水から黒い霧へと変化するイメージが流れ込んでくる。

 そのイメージをさらに膨らませつつ、全身の魔力を解放しようしとして――



 ――しかし、できなかった。



 「はぁ……はぁ……」


 気付けば俺は、崩れ落ちるように地面へと座り込んでいた。

 呼吸が荒く、全身に大粒の汗をかいている。


 ――もう一歩だった。


 感覚的には間違いなく、後は魔力を解放していればいけたはずだ。

 なのにできなかった。理由は、ただ一つ。


 「怖い……」


 まるで自分が自分でなくなるかのような感覚だった。

 黒い霧へと魔力を変換させたら、底のない闇へと呑まれていくのではないかという恐怖心。あるいは、そのまま死神に支配されるのではないかという疑念が溢れてきていた。


 「くそっ……!」


 悔しい。自分が恐怖に怯んでしまったことが。

 額の汗を拭って、思わず天を見上げる。岩肌の天井が滲んで見えた。

 すぐに呼吸を整えて、立ち上がる。


 「もう一度、次こそ!」


 再び目を瞑って、魔力を呼び起こす。

 さっきよりも滑らかに魔力の流れを完成させ、黒い霧へのイメージを展開させる。


 すると今回もやはり、恐怖心が湧き上がって来るのを感じていた。

 それは、イメージとしてはあまりにリアルで生々しい。



 ――死神の残像。



 巨大な死神の残像が俺の前に現れて、耳をつんざくような音を立てて揺らめいている。

 それ以上踏み込んだら、命はないと言わんばかりの圧力にまた汗が滲み出る。


 息が、苦しい。


 今すぐに魔力を手放してしまいたくなるが、ぎりぎりで持ち堪える。


 ――超えなくては。


 超えて、力を掴み取らなければならない。

 浮かんできたのは、あの日の光景だった。

 両親を、平穏な日常を、全てを失ったあの日だ。

 もう二度とあの悲しみを繰り返さないようにと、俺は今日まで努力を積み重ねてきた。


 そうか。そうだよな……。


 ――いまさら俺は、何を恐れているんだ。


 失うことほど怖いものなど、あるはずもないのに。

 俺は一度大きく呼吸をしてから、静かに目を開いて、死神へと告げる。



「……この力はもうお前のものじゃない。俺のものだ。邪魔しないでくれ……!」



 その瞬間、死神の幻影が絶叫を上げながら消滅する。

 同時に、俺の中の魔力が極限まで膨れ上がり――



 ――弾け飛んだ。



 身体から黒い霧が放出されて、空間を埋め尽くす。

 衝撃に驚くが、すぐに魔力のコントロールを掴んで黒い霧の放出を止める。

 見れば、自分の全身が黒い霧状に変化していた。


 ――凄い……! やったんだ……!


 喜びが駆け巡る。

 初めてスキルを、魔法を使うことができた驚き。そして感動。


 放出した霧も、自分の身体の霧も意識を向ければしっかりとコントロールすることができる。


 体が霧に変化して声帯がないためか、声を発することはできないようだけど、不思議と視覚はあるし思考することはできるようだった。そして、何よりも驚きなのが――



 ――空中に、浮かんでる……!



 空を飛べるということだった。

 恐らくもっと練習すれば、自由自在に空中を駆け巡ることもできるのだろう。

 やはりSランクというだけあって、少し触れただけでその可能性の凄さを実感する。


 さっきまであれほど感じていた恐怖心はもはや微塵もなかった。


 俺は手探りで色々と試しながら、黒い霧のコントロール方法を覚えていった。

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