Episode5
北千住駅から二つ目の六町駅で降りて、そこから徒歩十分程度で六町ダンジョンに到着する。
九年前に市街地のアスファルトを割るように出現したダンジョンは、当初こそ小さな洞穴に過ぎなかった外観も、今では付近の土地や施設が綺麗に整備されてダンジョン然とした様相を保っていた。
東京の中では三番目に難易度が低く、俺が毎日のように通っている馴染みのダンジョンだ。
「あーやっぱ、落ち着くなあ」
やはり新宿ダンジョンに比べると野営エリアは長閑なもので、冒険者たちの装備や佇まいもあの猛者たちに比べたら幾分か可愛く見えてくる。
ちらほらと顔見知りも何人か居て、軽く挨拶を交わしながら仮設テントに立ち寄る。
今回はレンタル品ではなく、持参のショートソードとレザー装備一式、そしてサイドバックを身に着けてからテントを出てゲートに向かった。
「おお、ミクル君。今日は遅めだね」
声をかけてきたのはゲートの守衛を務めるカエデさんだった。
細身で眼鏡をかけた一見温和そうな女性だが、実はBランクのスキルを複数持つという凄い人だ。
「カエデさんお疲れ様です。今日は休むつもりだったんですけど来ちゃいました」
苦笑しながら俺が言うと、カエデさんが驚いた風に目を瞬かせた。
「おや珍しいね、ミクル君が月曜日にダンジョンを休むなんて。何か大事な用でもあったのかな?」
その問いかけに、俺は少し戸惑う。
平日――特に月曜日は必ずといっていいほどダンジョンに来ている。言われてみれば、今まで休むなんてことはほとんどなかったかも知れない。
しかし、死神云々の話をするわけにもいかないし、さて、どうしたものか……。
「うーん、大事な用……と言えばそうですかね」
口篭る俺の様子を見て、カエデさんの目が鋭く光る。
「むむっ、まさかミクル君。彼女ができたとかではあるまいね?」
「ええっ、なんでそうなるんですか!」
突然の疑惑に驚いて、声を上げてしまった。
「なんでって、ミクル君がダンジョンより大切にするものなんて、彼女ぐらいしかないんじゃないの?」
「そんなわけないでしょう! 俺だってダンジョンより大切なものは沢山ありますよ」
カエデさんはどれだけ俺がダンジョンを好きだと思っているのだろうか。まあ確かに……毎日のように此処に来ているけれど、だからといって俺の人生の全てを捧げているわけではないのだ。
あまりに突拍子のない疑いについ声を荒げて否定するけれど、しかしカエデさんはにべもなく続けて言った。
「へー、例えば?」
た、例えば? そりゃ、色々あるでしょう。えーっと……なんだろう、ダンジョンより大切なものは……うーんと、そうだなあ……って、あ、あれ、全然思い付かないぞ……?
俺が回答を見付けられずに唸りを上げていると、
「やはり彼女だな!? この色男めっ!」
カエデさんがゲートの窓口から身を乗り出して言い放つ。
「ち、違いますよ! ちょっと待ってください、いま考えますから!」
思い付け俺! 何でもいいから言うんだ! 俺がダンジョンより大切にしているものは――
その後しばらく考えた結果、何も思い付くことなく、俺はカエデさんから足立区最強のダンジョン狂いという称号を与えられた。
∞
六町ダンジョン一階層の敵といえば、世界一の軟弱モンスターとして有名なあいつだ。
青くて、まん丸で、ぷよぷよしていて、どこか愛嬌さえ感じるデザイン。
そう、スライムだ。
一階層にスライムだけが出るというわけではなく、他にもキラーバットやホーンラビットなども出ることはあるが、ある特定のエリアに置いてはスライムしか出現しないという法則があった。
そしてそのエリアこそが、今回の俺の目的の場所だ。
主に理由は二つ。
一つ目は、スライムはこちらから攻撃しない限り向こうから攻撃してくることがない、非アクティブ性のモンスターだということ。
二つ目は、スライムを倒した時に得られるエナジーは非常に少なく、滅多に冒険者がスライムのエリアに足を踏み入れることはないということ。
つまり、敵からの攻撃も人の目も気にする必要がなく、まさに俺がスキルを練習するのに打って付けの場所なのだ。
……というわけで、ダンジョンに入って二十分ほどでスライムのエリアに到着した俺は、改めて念入りに周囲に人がいないことを確認する。
「よし、大丈夫そうだな……」
二、三匹のスライムたちがぷよぷよと地面を這っているが、それ以外の気配は感じられない。
俺は目を瞑り、自分の身体に意識を集中させた。
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