Episode3


 ――翌日。午前九時。


 昨日と同じように、陽春の光を浴びながら自転車を漕いでいく。

 足立ダンジョンセンターに着いた俺は、少し体を強ばらせながら扉をくぐり抜けた。


 すぐにリンさんを見つけて挨拶をしてから、謝罪の意を伝える。


「昨日はご迷惑をおかけして、すみませんでした」


「そんな、謝ることなんて……。もうお身体は大丈夫なんですか?」


「はい、今のところは何ともないみたいです。病院で検査をしてもらったんですけど特に異常もなくて、何故倒れたのかは分からないとのことでした」


「そうなんですね……」


 リンさんがそう言って、視線を下に向ける。

 その表情は……昨日の出来事のせいだろうか。どことなく疲れているように見えた。

 

「……多分なんですけど、俺の感覚的にもあの胸の苦しみは病気の類いではないような気がします」


 申し訳ない気持ちで一杯になりながら俺が言う。

 対して、リンさんもそれに付いて思うところがあったようで、視線を戻してからこう訊ねてきた。


「……もしかして、あのスキルが関係しているのでしょうか?」


「それは……俺もまだはっきりとは分かりませんが、多分関係しているんじゃないかと思います」


 タイミング的に考えても、間違いはないはずだった。

 スキルか――あるいは、死神に殺されたことが関係しているとしか考えられない。


 それから、俺が気になっていたことを訊ねる。


「あの、俺のスキルのことなんですけど、リンさん以外の誰かが見たりしましたか?」


「いえ、あの後すぐに画面は消えていたので誰も見ていないと思います。私も話していませんのでミクルさんのスキルについて知っているのは私だけのはずですよ」


 主語が抜けてしまったけど、スキルチェッカーのことだと察してくれたみたいだ。リンさんのその言葉を聞いてホッとする。


「そうですか……できれば、もう少し秘密にしていてもらっていいですか?」


「もちろん私は構いませんが、大丈夫でしょうか?」


 昨日の夜から考えた結果、俺はもうしばらく様子を見ることに決めていた。

 これは俺の感覚に過ぎないけれど、何となくあの胸の痛みはそう何度もくるようなものではない気がする。


 そして何より、このスキルを話した時に起こり得る俺の生活の変化を考えると、やはり容易に話すことはできない。


「大丈夫だと思います。もし本当に危なそうなら、その時は皆に話したいと思います」


「分かりました。ミクルさんがそう言うのであれば」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 リンさんには大きな秘密を背負わせてしまった気がする。

 他の人にはまだ話せないけれど、俺に気付かせて、助けてくれたリンさんには全てを話しておかなければならないと思う。


 俺が死神に殺されたこと。スキルが発動してリセットが起きたこと。そして、死神のスキルを得たこと――。


 此処で話したいところだけれど、そういうわけにもいかない。

 誰かに聞かれる可能性があるし、リンさんも仕事中であまり時間を取ることはできない。


 と、なると……。


 少し迷った挙句、俺は自分の思い付いた提案を言葉にする。


「あの、昨日のお礼も兼ねて、俺のスキルのことをもう少し話したいんですけど、良かったら今度一緒にご飯でもいきませんか?」



 ――言ってしまった。



 一緒にご飯だなんて。言った後で、お前は何を言ってるんだと自分に突っ込みを入れたくなる。

 しかし、そんな俺の憂いを余所にリンさんは――


「え……? あ、是非! 私ももっと詳しく聞いてみたいです。えーっと、いつがいいでしょうか? 次の空いてる日を確認してからまた連絡してもいいですか?」


 意外にも、あっさりと受け入れてくれた。


「はい! よ、よろしくお願いします!」


 展開のスムーズさに、逆にテンパって舌が絡まってしまう。

 そんな俺を不思議そうにリンさんが見ながら、それじゃあリンクしておきましょうか、と右手を差し出した。

 俺も慌てて右腕を持ち上げて、そこではたと気付く。


「……あ、すみません。実は、俺の方ではもうリンさんとリンクしているんです」


 俺の言葉に、リンさんが目を丸くさせる。


「あれ、私、ミクルさんとリンクしてましたっけ?」


「いや、してたというか、なんというか……」


 うーん、なんて説明していいのか分からない。

 一から全部話すわけにもいかないし……とりあえず、今はもう強引に押し通そう。


「俺の勘違いかも知れませんけれど、リンさんのリンクの方に俺の名前があるか確認してもらっていいですか?」


「……? はい、分かりました」


 何かを察してくれたのか、リンさんは特に追求することもなくポケットからスマホを取り出して確認してくれた。


「フレンドの欄にミクルさんの名前は……ないみたいです」


 リンさんの言葉に、なるほど、と俺は心の中で頷く。

 どうやらデータが引き継がれるのは俺の冒険者ライセンスの中だけで、他の人のデータはリセットされるみたいだ。まあ……何となくそんな気はしていたけれど。


「すみません。やっぱり俺の勘違いだったみたいです」


 仕組みを理解した俺がそう訂正すると、リンさんがまた不思議そうな目で見ていた。


 俺は目を泳がせながら、右腕を掲げてリンさんとリンクを行う。

 正常にリンクがされるのか疑問ではあるが、とりあえずはお互いの指輪とブレスレットの動作に問題はないように見えた。


 俺の方では既に認証されているから、後はリンさんの方で認証がされればフレンドになれるはずだ。

 もし数日経っても連絡が取れないようであれば、またセンターに来て話をしよう。


「これで、いつでも連絡が取れますね」


「はい、ありがとうございます」


 どこかで見覚えのあるやり取りを交わした後、リンさんが何かを思い出したらしく、俺を待たせてどこかへと駆けていった。


 手持ち無沙汰になった俺は、天井から吊るされたモニターを見上げる。

 映されていたのは、チームペルセウスが再び新宿ダンジョンの攻略を始めたというニュースだった。


「凄い、もう行くんだな……」


 先週戻って来たばかりなのに、もう攻略を始めるだなんて……かなり早いような気もするけれど、それがトップチームの在り方というものなのだろうか。


 次は三十一階層を目指していくわけだ。新宿ダンジョンがどこまで続いているのか分からないけれど、恐らく一番最初に最下層に辿り着くのはペルセウスなんだろうなあ、と漠然と思った。

 そのままモニターを眺めていると、リンさんが戻ってきた。


「お待たせしました! お誕生日、おめでとうございます」


 そう言って、リンさんが青い小箱を差し出す。どれほど急いで来たのか、肩が揺れるほど息が乱れて、髪の毛も少し跳ねていた。

 そんなに急がなくてもいいのに、と思うけれど逆の立場なら俺も同じような格好になっているに違いない。


「ありがとうございます!」


 プレゼントを受け取って、喜びを噛み締める。何となく分かっていたけれど、やはり何度貰っても嬉しいものは嬉しい。笑顔が溢れてしまう。


「チョコレートなんですけど、ミクルさん好きでしたよね?」


「はい、大好物です!」


 これまた、どこかで見覚えのあるやり取りを交わし、その後もしばらく談笑を交えた後に頃合いを見計らって俺が切り出す。


「すみません、時間を取らせてしまって」


「いいえ、ミクルさんとお話しできるならいつでも大歓迎です。それでは、また連絡しますね」


「お願いします。それじゃあまた」


 リンさんの言葉に照れて、再び舌が絡まりそうになる。

 誤魔化すようにくるりと素早く身体を反転させて入口へと歩いていく。


 そんな俺をリンさんは、やはり不思議そうに見つめていた。

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