Episode2


 時刻は午後十時過ぎ。

 風呂に入って弁当を食べ終えた俺は、朝と同じようにソファーに座って考えていた。


 今日は色々あったけれど、お陰で抱えていた疑問はほとんど解決したと言っていい。

 どうやら俺には、殺されたら朝に戻るという力があって、さらに殺された相手の力を獲得するという力があるらしい。


 「ニューゲーム」と「スキル吸収」というスキルだ。


 その力を使って、死神に殺された時に「黒の魔気使い」というスキルを獲得したということなのだろう。


 「ニューゲーム」と「スキル吸収」というスキルをいつから俺が持っていたのかは分からない。

 もしかしたら何ヶ月も前から持っていたのかも知れないし、死ぬ直前に目覚めたのかも知れない。


 憧れの、念願の、待ち焦がれたスキルが手に入って嬉しい……のは間違いないけれど、素直に全力で喜べないのは、やはりその内容の異質さだ。


 死んで生き返るという異常さ、そして俺の命を奪った相手のスキルを獲得するという奇怪な力を手に入れても、どう活用すればいいのか分からない。


 死んだらスキルを獲得できるので死にましょう、と言われても、はいそうですかと死ぬことはできない。

 そんなことをして死にまくっていては、俺の精神状態がどうにかなりそうだ。



 「ニューゲーム」と「スキル吸収」という、こんな壊れ性能のスキルが何故Fランクなのだろうか……。

 死ぬという条件があまりにも厳しいからなのか、それとも他に理由があるのか。


 だが考えてみれは、このスキルの二つとも単体で見れば、冒険者にとってはそれほど有用なスキルとは言えないのかも知れない。


 「ニューゲーム」のリセットは確かに脅威的ではあるが、いくらリセットされたところでダンジョンの三十階層に進めるわけではないし、「スキル吸収」に至っては、死んでスキルを獲得したとしても生きていなければ意味がない。


 それならCランク辺りの魔法や、力を強化させるスキルを獲得した方がいくらかマシというものだ。


 ただ、二つ揃った場合は恐ろしいほどの威力を発揮する。それこそまさにチートだ。理論上はこの世に存在する全てのスキルを獲得できるのだから。


 死んで復活したら新たな力を得て、再びやり直す。

 この常軌を逸した力は、まるでRPGゲームのシステムのようだと思う。


 一度ゲームを終えたキャラクターが再度ゲームを繰り返す際に、最後に持っていた能力の一部、または全てを引き継ぐというシステムだ。



 ――強くてニューゲーム。



 時空を超えて少年と少女たちが旅をするゲームが切っかけで一気に広がり、今ではそう呼ばれることが定着している。

 プレイヤーからしてみればこんなに有り難いシステムはなく、敵からすればこれほど迷惑なシステムはないだろう。


 俺はもしかしたら……とんでもない力を手に入れたのかも知れない。

 考えれば考えるほど、喜びは影を潜めて不安が顔を覗かせる。


 しかも、よりにもよって俺は死神のSランクのスキルまで獲得してしまっている。


 今日の胸の痛みは、この強力過ぎる力の副作用だと言われてもおかしくはない。


 まあそこは、憶測に過ぎないから何とも言えないのだけれど。



 明日もう一度センターに行って話してみよう。


 ……いや、でも。


 話していいのだろうか?


 もし話したら俺はどうなる? 実験台にされるなんてことはないだろうけど、大騒ぎになることは間違いない。


 目立ちたくないということもないけれど、なるべくなら平穏に暮らしたいと思う。


 あ、でもリンさんがもうセンターの誰かに話しているという可能性もあるんだよな。

 そうなったら話さざるを得ないわけだけれど……。


 まあ、それならそれで仕方ない。


 俺がスキルを発見できたのはリンさんのお陰だ。

 そして、俺が倒れた時もリンさんは……。


 と、そこで俺が倒れた時のリンさんの姿がフラッシュバックする。

 鬼気迫る表情で、俺の名前を必死に呼ぶリンさんの姿が蘇る。

 あんな顔を見るのも、あんな声を聞くのも初めてだった。


 ――俺は、リンさんに……。


 そこで考えるのをやめて、張り詰めていた息を吐いた。

 ペットボトルに残ったお茶を一気に飲み干してから、時間を確認しようとしてスマホを持ち上げる。

 その時にふと、ある事を思い出した。



「あれ、そういえば」



 そのままスマホを起動させて「リンク」のアプリを開く。

 まさかとは思いつつも確認する。

 新着のメッセージが来ていた。


 『めえ さんから一通のメッセージが届いています』


 俺は息を呑みながらメッセージを開封する。

 そこには――。



 『こちらこそ長い間付き合ってもらってありがとうございました。チョコレート期限が短いので早めに食べてくださいね』



 衝撃が走る。

 思わずスマホを落としそうになった。


「マジ、か……」


 何の変哲もないリンさんからのメッセージ。俺が送ったメッセージに対する返事だろう。

 しかしそれは昨日の、起きていないはずのものだ。


 何故、起きていないはずのことがここに?

 履歴を見れば確かに俺のメッセージが送信されていて、リンさんの既読を表すアイコンも表示されている。


 一体、どういうことだ……と思索してから、そういえば、と思い至る。


 右腕の冒険者ライセンスを起動させて、収集エナジーの値を確認する。

 そこには「32」と表示されていた。

 昨日俺が新宿ダンジョンでゴブリンを倒して得たものだ。



「エナジーも消えていない」



 それを見てある一つの仮説を立てる。

 もしかして、冒険者ライセンスの中のデータの一部はリセットされずに引き継がれるのかも知れない。

 リンクのアプリのデータは冒険者ライセンスと繋がっているし、この説が真実だとしたら辻褄は合う。


 あとは、リンさんの方がどうなっているかが気になるところだ。

 リンさんの方でも俺がフレンドに登録されていて、このやり取りが残っているのかどうか……。


 まあ、それも明日リンさんに会ったら確認してみよう。


 その後も今日の出来事と俺のスキルについて延々と考えごとをして、十一時過ぎに二階の寝室に行ってベッドに入った。


 それから時刻が零時を過ぎて七日になったのを確認して眠りに落ちる。

 日付が変わる瞬間に何かが起こるのではないかとドキドキしていたけれど特に何もなく過ぎて行き……こうして、俺の長く、驚きに満ちた四月六日は終わりを迎えたのだった。

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