始まりの邂逅

Episode1


 心地好い微睡みの中で、柔らかな風が顔を撫でるのを感じる。

 微かに触れる日の光は暖かい。

 ずっとこうしていたいと思った。この安らぎの中にずっといたいと。

 でも、そういうわけにもいかない。

 俺は楽園から這い出るように、ゆっくりと目を開く。



 まず目に映ったのは、知らない天井だった。

 そして左側には点滴のスタンドがあって、そこからチューブが俺の左腕に伸びているのが見える。


 朧気な意識の中で、何が起きたのかと記憶を辿る。


 確か……センターに行って、リンさんに会って、スキルをチェックして……ああ、そうか。そこで突然胸が苦しくなって倒れたんだ……。


 ということは……ここは病院? 天国ではない、と思いたい。

 それから、おもむろに右手を上げてみる。

 何の変哲もない、いつも通りの手だった。



 ――と思ったら、手が徐々に黒い霧に変化していく。



 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 しかし黒い霧はすぐにまた変化し、元の手に戻っていった。

 最初よりも驚きは少ない。これが恐らくは「黒の魔気使い」のスキルの効果なのだろう。


 静かに息を吐いてから、身体を起こす。


 白い壁に、白いカーテン。少し開いた窓から風が抜けて、日の光が注いでいた。

 ベッドは一つで、個室部屋のようだ。


 自分の状況を確認して、とりあえず無事でいることに胸を撫で下ろす。

 そして、この身に起きた現象に困惑する。

 あんな苦しみは初めてだったし、明らかに普通の苦しみではなかった。


 死んでいてもおかしくはない激しい苦痛。もしかしたら俺は、何か重い病気なのだろうか……。と、ついネガティブになって慌てて振り払う。


 右腕の冒険者ライセンスを起動させて時間を表示させた。



 『4月6日 11:48 日曜日』



 といった文字列がホログラム状に浮かび上がる。

 確かセンターに行ったのが八時半頃だから、三時間ぐらい気を失っていたのか。

 かなり長い気もするが、特に身体に異常は感じられない。何処にも痛みはなく、意識もハッキリしている。


 眠気もすっかり取れて、さて、どうしようかと考える。……といっても、すべきことは一つしかないのだけれど。

 俺はナースコールのボタンを押して、看護師さんを呼んだ。



 その後に聞いた話だと、やはり俺はセンターで倒れて救急車で運ばれて来たらしい。

 俺が気を失っている間に行った検査では特に異常はなく、何故倒れたのかは原因が不明とのこと。

 この時点で俺は、きっと死神やらスキルやらが関連しているんだろうなあ、と何となく思っていた。


 午後にまた再検査をしてもらったが、結果は変わらない。

 やはりそうだろうな、と俺の予測が確信へと変わっていく。

 医者からはこのまましばらく入院して様子を見るか、帰宅するかどうかと聞かれたが俺は帰ることを選んだ。


 きっと何度検査しても結果は変わらないし、俺自身、身体に違和感や問題を感じていなかったからだ。

 あとあまり、入院費用をかけたくないというのがあった。

 というか、これが一番の理由かも知れない。


 そして、なんだかんだと手続きを済ませていると、病院を出る頃にはすっかり夜の帳が落ちていた。


 途中でスキルについて話そうとも思ったが、変に騒がれたり誤解されるのが嫌で、結局医師には何も言わなかった。


 家に帰る前にコンビニに寄って、昨日と同じように弁当とお茶と冒険者ライフを買って、家に着いた頃には午後八時半を過ぎていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る