Episode21
――西暦2042年4月6日、午前8時30分。
本日、と言っていいのか分からないけれど、二度目の訪問となる。
ダンジョンや冒険者に対して知識が集まる場所――日々数々の冒険者と対面し、実際にダンジョンで発生した多くの事例を記録しているはずの場所だ。
――足立ダンジョンセンター。
そこに俺は来ていた。
朝一ということもあって、昼に比べればかなり人影は少ない。
俺もこんな時間帯に来るのは久しぶりだ。
がらん、とした屋内を見回していると、丁度冒険者の案内を終えた女性がこちらへ振り向く。
俺の中では、数時間ぶりの再会だった。
「リンさん、おはようございます!」
「ミクルさん! おはようございます。お久しぶりですね」
やはり……リンさんの中で昨日の出来事はなかったことになっているようだ。
少し残念な、惜しいような気持ちになる。
それでも、こうしてリンさんと会って話していると、曖昧な世界に確かな存在を見付けた気がして安堵の気持ちが込み上げた。
「こんな朝早くから、珍しいですね」
「はい、ちょっと色々ありまして」
「何か、問題ですか?」
リンさんの問いかけに、俺は逡巡する。
こんなぶっ飛んだ話、急に話し出して頭がおかしくなったと思われないだろうか、と。
話すために来たはずなのに……いざとなると躊躇ってしまう。
もしも俺が逆の立場なら、とてもじゃないけど信じられるような話ではない気がするし。
どうしようか……と俺が口篭っていると――不意に、リンさんが呟くように言った。
「あれ……?」
何かに引っかかりを覚えたようだ。
そのままリンさんが俺の顔をじっと見つめてくる。
本来であれば、どうしました? と聞くべきところだが、しかし俺は、その視線を静かに受け入れていた。
リンさんのスキルが発動していることに気付いたからだ。
以前にも何度かリンさんにこうして何かを探られるように見つめられることがあった。
俺も詳しくは聞いていないので正確には分からない。
風の噂によると、相手のことが何となく分かるという、何ともふわっとした感じのスキルらしいのだけれど……。
と、そんなことを考えながらぼうっとしていると、何かを探り終えたリンさんがこんなことを言った。
「もしかしてミクルさん、スキル覚えました?」
え……? スキル……?
「スキルは……いや、覚えてませんよ」
相変わらず俺はスキルなしのはずだ。
身体能力が上がったわけでも、魔法が使えるようになったわけでもない。
「あれ、気のせいでしょうか」
と、リンさんが小首を傾げながら言う。
「覚えられたら嬉しいんですけどね。あはは……」
そう。スキルさえ手に入れることができれば俺はもっと上を目指せるし、誰からも馬鹿にされることのない冒険者生活を送れるはずだ。
……あれ? でも。
もう俺は冒険者を卒業したんだっけ。
ん? 昨日で終わる予定だったけど、昨日はまだ終わってないから、まだ俺はぎりぎり冒険者なのか?
いや、でも……。うーん、どうなんだろう。
そんな風に俺が悩んでいるとリンさんが再び、
「何か、身体に変化とかはありませんでしたか?」
身体に変化……はあったと言っていいのだろうか。
どう答えていいのか分からなくて、曖昧な返事になってしまう。
「変化というか異変というか、そんな感じのはありましたけど……」
「一応、チェックしておきましょうか」
リンさんがそう言って、センターの奥の方にあるエリアに目を向けた。
あっちの方には確か、冒険者が自分のスキルを確認する機械があったはずだ。
もしこれが本当にスキルなのだとしたら、俺に起きた謎の解明に繋がるかも知れない。
断る理由もなく、俺は返事をしてリンさんの案内に着いて行った。
――スキルチェッカー。
そのまんまの名前だが、見た目はATMのような形をしていて、上部に液晶画面、下の方に操作用のボタンが付いている。
最後に使ったのが半年ぐらい前で、その時にはもちろんスキルなしと判定された。
リンさんは個人情報の取り扱いということで後ろで見守ってくれているようだ。
まずは冒険者ライセンスを機械にかざす。
すると液晶画面に、
『柊 未来 18 歳 生年月日 4 月 6 日。この方のスキルを確認しますか? はい いいえ』
と表示された。
「はい」をタップして画面を見ると『只今からスキャンを行います』といったメッセージが表示される。
機械の中央部にある小さなカメラレンズのような物から青い光が俺の身体に照射され、身体情報が読み取られていく。
ほどなくして光が消えて、画面に『読み取りが完了しました。結果が表示されます』と表示された。
随分とあっけなく終わったが、これで変化の原因が分かるかも知れないわけだ。
微かな期待が、次第と大きくなっていく。
ドキドキとワクワクが入り混じる複雑な心境の中、液晶画面に目を向けて――結果を確認する。
『柊 未来 さんのスキル情報1
スキル名 ニューゲーム
スキルランク F
スキル内容 自身の生命が寿命以外で尽きた時、同日の午前7時に復活する
柊 未来 さんのスキル情報2
スキル名 スキル吸収
スキルランク F
スキル内容 自身の命を奪った者のスキルを一つ獲得する
柊 未来 さんのスキル情報3
スキル名 黒の魔気使い
スキルランク S
スキル内容 黒い魔気を自在に操る』
眼前の情報に絶句する。
見間違いか、それとも機械の故障か。
スキルが三つ……?
しかも、どれも聞き覚えのないものばかりだ。
というか1のニューゲームって、これはもはやスキルと言っていいのか。
信じ難い結果に、動揺が隠せない。
そんな俺の様子を見て、リンさんが声をかけてくれた。
「……ミクルさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。ちょっと予想外の結果で驚きました」
まさか、こんな結果になるだなんて。
必死に平静を呼ぶが、しばらく返事をしてくれそうにない。
「良かったら、リンさんも見てください」
とても俺一人では抱え切れないと思った。
リンさんにも見て貰って、この結果について意見を共有したい。
リンさんが俺の隣に来て画面を覗き込む。見た瞬間に、息を呑むのが伝わってきた。
「ミクルさん、これって!」
「ちょっと信じられないですよね……」
「はい……。とても、信じられないです」
さっきまで冒険者を諦めようとしていた男が、まさかスキルを三つも手に入れるだなんて。
しかもその内の一つは恐らく、自らを殺した死神のスキルでもある。
驚きもあるが、同時に喜びに似た感情も込み上げてきていた。
真暗な谷底に差した、一筋の希望の光。もしかしたら俺は、あのユウリさんと同じように成し遂げたのだろうか。
と感慨に浸っていた――その時だった。
「がっ……ああっ……!」
突如、胸に痛みが走る。
心臓を思い切り鷲掴みにされたような痛み。そして、強烈な苦しみ。
息が――できない。堪らずその場に蹲る。
「ミクルさん! 大丈夫ですか!?」
リンさんの声が聞こえる。
だが、返事をする余裕はなかった。
「ぐあぁ……かはっ……!」
まともな言葉を発せず、
その内に、意識が遠のいていく。
リンさんが俺の名前を必死に呼んでいる。それだけは聞こえていた。
その声に応えようとするけれど、さらに強まる苦しみがそれを許さない。
そしてついに、限界を迎える。
――くそっ……今度は……なんだってんだよ……。
今際の際にそう文句を垂れて、俺は本日三度目となる意識の消失を迎えた。
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