Episode19
光の中を彷徨うのは、無数の意識の欠片。
それは徐々に集結し、やがて白い塊となる。
その白い塊が自分なのだと気付いた時に――何かは目覚めた。
思考が停止していた。
真っ白だった。
それから少しずつ色を取り戻していく。
――え。
何が起きたのか、理解できなかった。
――どうなってるんだ。
しばらく動けずにいた後で、今の自分の置かれた状況を把握しようと辺りを見渡す。
自分の家だった。リビングに俺は立っている。
窓から明かりが差し込み、外からはスズメの鳴き声が聞こえていた。
「なんで、生きてるんだ……」
鈍く錆び付いた思考が徐々にクリアになっていく。
俺は、新宿ダンジョンに行って……死神に出会って……心臓を貫かれて……。
そこで、ハッとして胸を触る。
「傷が、ない……」
確かに貫かれたはずの胸には、傷跡も痛みもなかった。
「夢だったのか?」
いや、ありえない。
「そうだっ、時間」
今の日付と時刻が分かれば、何か掴めるかも知れない。
テーブルの上にあるスマホを手に取って確認する。
『4/6 7:01 日曜日』
表示された日付は今日で間違いない。そして時間は――。
「朝に戻っている……?」
再び、頭の中が混乱する。
まだ夢の中にいるような感覚が残っていた。
「落ち着こう、こういう時はまず深呼吸だ」
二、三回、深い呼吸を繰り返す内に冷静さが戻ってくる。
我ながら落ち着きを取り戻すスピードの早さに、心の中で呆れてしまう。
色々なアニメや映画を見てきたからだろうか。
ともかく、今の状況が分かったところで少し余裕が出てきた。
俺はソファーに座ってしばらく思考した後、あえて口に出しながら事態を纏めていく。
「俺は新宿ダンジョンに行って、三階層で死神に出会って殺された」
俺の感覚としては、ついさっきの出来事だ。
「そして次に目覚めたら、何故か家にいて時間が朝に戻っている」
間違いはない。
リビングのダイニングテーブルの上には、俺が朝食べたはずの食パンの袋が残っていた。
そして部屋の片隅には、俺が前日に用意しておいた、両親の墓参り用の桶や線香などがそのままの位置で置かれている。
今日の午前中にお墓参りに行って、そこで俺が使ったはずの物だ。
ないはずのものがあり、起きたはずのことが起きていない。これはまるで――。
「リセット……されたのか?」
始めに思い浮かんだ可能性を言葉に出してみて、そんなことがありえるのだろうか、と更に類推を進める。
「死神に殺されたら、その日の朝に戻る……そんな話は聞いたことがないけど、そもそも死神に関する情報はそこまで出回っていない」
もしかしたらだけど、死神に殺された人達が黙っているだけで可能性としてはないわけではない。
まあ、限りなく低い可能性ではあるのだけれど。
「そもそもダンジョンなんてものがある時点で色々とおかしいわけで、人が死んで生き返るってことも不思議じゃないのかも知れない」
……いや、全然不思議だけれども。
だけど実際に起きているのだから仕方がない。
俺は確かに死神に殺された。でも、何故か死なずに生きている。
――そう、もう終わりだと覚悟していたのに。
急な展開に忘れていたけれど、段々と実感が湧き上がってくる。
「俺は、生きているんだな……」
それから一気に全身の力が抜けて、ばさっとソファにもたれかかった。
命がある、ということの有り難さを身に染みて感じる。
そのまま安らかな気持ちでソファに身を預けていると――不意に、右手の辺りに違和感を感じた。
何かむず痒いような、不思議な感覚だった。
その原因を知ろうと右手を持ち上げた……その瞬間、俺は跳ねるように身体を起こした。
「何だ、これはっ!?」
俺の右手の半分ほどが黒い霧状に変化していた。
絶句して、息を呑む。
一瞬、時が止まったかのような衝撃。
恐る恐る自分の手を動かすと、黒い霧もその動きに合わせて滑らかに動いた。
「なんでっ……! どうなってんだよ!」
パニックになって腕を振ると、やはり黒い霧も合わせて動く。さらに左手で右手に触ってみると、黒い霧の部分はすり抜けた。
理解が追い付かない、しかしその一方で俺は気付いていた。
この黒い霧は、見たことがある。
しかもついさっき、見たばかりだ。
忘れようにも、忘れられない。
それは――俺を殺した、死神と同じ黒い霧だった。
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