Episode18
それを一言で表すなら″異質″
黒い
身長は2mを優に超えるほど高く、その左手には今にも折れそうなほどに傷んだ銀の剣が握られていた。
「嘘、だろ……」
この世ならざる威容を放っている目の前の存在を――俺は知っていた。
見たことはない、だが知っている。
冒険者たちの間で流れる御伽噺のようなものだ。
ダンジョンには得体の知れない何かがいる。そいつは月のない夜の闇であり、静かに忍び寄る狡猾な悪である、と。
滅多に出会うことはない。だが、もしも出会ったら終わりだと誰かは言った。
「レイス……本当にいたのか……」
レイス――通称、死神。
死神はイレギュラーモンスターではなく、そしてモンスターですらない。
精霊と同じように、超自然的な存在だと言われている。
それから、ハッと気付く。
「あのゴブリンは、罠だったんだな」
ゴブリンは餌で、獲物の俺はまんまと誘き寄せられたってことだ。
――クソっ! もっと慎重になっていればっ!
自分の浅はかさに腹が立つ。だが、今更そんなことを言ったって仕方がない。
徐々に呼吸が整ってきて、思考を巡らす余裕がでてきていた。
死神は微動だにせずに、じっとこちらを見ている。
戦って勝てる相手だろうか? と自分に問いかけて、即座に無理だと否定を返す。
取るべき選択肢は逃げの一手しかない。しかし、退路は目の前の道のみ。
――駆け抜けるか。
と結論した時。
死神が――右腕を前に突き出した。
「なんだ……?」
何の意図があるのか分からず、動こうにも動けない。
すると、死神の身体から黒い霧が放出され、その霧が地面一帯に広がって巨大な魔法陣のようなものが描かれていく。
「あれは……!? ヤバいっ!」
その魔法陣を見て、何が起こるかを理解した俺は全力で駆け出した。
だが、死神の前まで行ったところで強烈な魔力の風が吹き荒れ、後方に弾き飛ばされる。
その内に完成された魔法陣が黒い光を放ち、地面からスケルトンの兵士たちが湧き出すように出現してきた。
「くっ……!」
すぐに立ち上がり、体制を整える。
出現したスケルトンの兵士はおよそ十体。レイスの前に横並びに整列し、通路が完全に塞がれていた。
――召喚魔法。
冒険者の中にも使う人はいる。
魔物や精霊、神獣を呼び出して使役することが出来る特殊なスキルだ。
「はは……これは、本当に詰んだかもな」
スケルトンの兵士それぞれの手には剣と盾が握られ、顔と胴以外の部分には鎧が装着されていた。
じわじわと獲物を追い込むかのようにこちらへ近付いて来る。
「どうしろってんだよ!」
シャレにならない。
スケルトンの兵士とは戦ったことはないが、この数を相手にして勝てるとは到底思えない。
戦うことも、逃げることもできない。ならやれることは――。
「……た、助けてくれええ!」
助けを呼ぶしかない。
思いっきり叫んで喉が張り裂けそうになるが、構っている場合じゃない。
「誰かああ、助けてくれええ!」
ここから通路の入口まで250mほど。
そこまで届いてくれるように願って、声を張り上げる。
「誰か――」
助けて、と言おうとしたところでスケルトンの兵士の一体が俺に斬りかかってきた。
慌てて剣で防いで、押し返す。
そのまま次々とスケルトン達が剣を斬り付けてくる。必死に防ぐが、あまりにも数が多い。
――本気で、ヤバい。
「誰かあああああっ!」
迫り来る剣を弾きながら、叫ぶ。
しかし斬撃の全てを防ぐことはできず、徐々に傷が増えていった。
――ちくしょう、なんでこんなことに……!
間合いを取りながらじりじりと後退していくが、それももう限界だった。後ろの壁が迫っていてこれ以上は下がれない。
助けがやってくる気配はなく、今更来てももう間に合わないのは分かっている。
だけど、最後まで声を出さずにいられなかった。
「助けて――」
――その瞬間、同時に振り下ろされたスケルトンの剣が突き刺さる。
肩と脇腹と足に深々と入った剣。それをスケルトン達が乱暴に引き抜く。
「が……はっ……」
俺は身体を支えられずに、背後の壁にもたれかかるように崩れ落ちた。
自分の周りに血が広がっていくのが見える。急速に体温が失われて、次第に感覚が薄れていく。
――終わった。
ここから生き残るのは、もう無理だ。
愚かな自分を責めながら、俺の心に抑えきれない悔しさが浮かぶ。
……どうして……こんなことに。
自分が原因だということは分かっている。
それでも、自らの過ちを受け入れ切れない。
……俺がもっと強ければ……。
……俺にスキルさえあれば、もっとやれたはずなのに……。
……せっかくリンさんとだって……仲良くなれたんだ ……。
……ちくしょう……俺はこんなところで……。
霞む目でスケルトン達を見上げると、後ろに下がり、中央で二つに分かれて道ができていた。その道を死神が悠々と歩く。
――はっ……最後は主が止めを刺すってか……。
死神が目の前で立ち止まり、ゆっくりと剣を振り上げる。
死がすぐ傍にあるのを感じていた。
朦朧とする意識の中で、全てが幻のように遠くへ流れていく。
もうあの日の誓いも、夢も叶えることはできない……。
……父さん、母さん、爺ちゃん、ごめん……。
……俺は……何もできなかった……。
涙が、零れ落ちる。
死神の剣が心臓を貫き、俺は命を失った。
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