Episode17
扉は開いていて、ボスはいない。
結局、二階層のモンスターとは一度も戦わずに来てしまった。
次第に緊張感も薄れ、なんかピクニックにでも来てる感じだなあ、とちょっと思ってしまう。
このまま三階層へと進むか、それとも少し戻ってモンスターを探すか。
俺は冒険者ライセンスで時間を確認する。
「二二時十五分……あまり時間がない」
戻る時間を考慮すると、それほど余裕は残されていない。
「このまま行こう」
階段を下って、三階層へと到達する。
空間に漂う気――のようなものが張り詰めていた。
二階層よりも一段と濃密で鋭く、硬い毛のブラシで肌を撫で回されているような感じで、緩んでいた気が即座に引き締まる。
たった一層で、ここまで変わるものなのか――。
「何だこの感じ……すごく胸騒ぎがする」
引き返すべきだろうか?
……いや、でも。
ここで引き返したら何のために覚悟を決めて来たのか分からない。
せめてこの階層のモンスターの一体ぐらいは拝んでいかなければ。
マップを頼りに前進して行くと、通路が二股に分かれていた。
左側が正解のルートで、右側が不正解のルートのようだ。
左側の通路を進もう――と思ったその時だった。
反対の右側の通路で、何かが蠢いている気配を感じた。
目測で150mほど先、背丈は小さく、どこか見覚えのある姿。
「ゴブリン……?」
はっきりとは見えないが、シルエット的にゴブリンのように思える。
そのままゴブリンらしき存在は、通路を右に曲がって見えなくなった。
「なんで一階層のゴブリンがこんなところに……?」
モンスターが階層を移動することはないし、同一のモンスターが階層を分けて出るということもない……はずだ。
俺もダンジョンに関する全ての情報を知っているわけではないから、もしかしたら新宿ダンジョンでは例外的に、第三階層にもゴブリンが出るのかも知れない。
――あるいは、単なる俺の見間違いか。
まあ、どちらにせよモンスターには違いない。一度確認して倒せそうなら倒そう。
俺は改めて周囲を見回してから、右側の通路に進入する。非正規のルートなだけに細心の注意を払いながら進んで行き、そのまま通路の曲がり角に辿り着く。
角から顔を出して先を伺う。
およそ100m先が行き止まりとなっていて、その壁の手前に――ゴブリンがいた。
「間違いない、ゴブリンだ」
やはり、新宿ダンジョンでは三階層にもゴブリンが出るのか。
でもゴブリンなら、俺は普通に戦える。
「やってみるか……」
と決心して、剣の握りを確認してから角から飛び出す。
一直線に向かっていく間、意識はゴブリンにのみ向けられている。
――おかしい。
そう感じたのは、半分辺りまで駆けた時だった。
――ゴブリンが、動かない。
ゴブリンはこちらを向き、明らかに俺を認識しているはずだがピクリとも動かない。
だらりと両腕をぶら下げて、こちらを見ているだけだ。
だが、ここで勢いを止めることはできない。
剣の射程圏内に入ったと同時に、横なぎに振るう。
ゴブリンは切り裂かれ――
そして――霧のように消えた。
俺の頭の中で驚きと困惑とが交錯する。
「なんだ、今の……」
エナジー(光の粒子)となったのではない。それは、黒い霧となって消えていった。
まるで、陽炎のように。
一体何が起きたのか、と自問自答をする。
――その瞬間。
身体が、重い粘膜に包まれるような感覚に襲われる。
全身の肌が粟立つ。
恐ろしい何かの気配――警鐘は、後ろから鳴らされていた。
息を吸うことも吐くことも許されずに俺は振り向く。
そこに、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます