Episode14
北千住駅から電車を乗り継ぎ、一時間ほどで新宿駅に到着する。さらにそこから十分程度歩けば目的の場所が見えてくる。
――新宿御苑、そこに新宿ダンジョンはあった。
苑内の中央部に縦横二十mほどの大穴が空き、モンスター達の住処が地底深くまで続いている。
大穴の手前にはセキュリティゲートが設置され、さらにその手前には沢山の野営キャンプや篝火が置かれていた。
このダンジョン前のエリア――いわゆる野営エリアと呼ばれる場所は、冒険者たちが準備を整えたり、改めて作戦会議を行ったりする場所でもある。そのため、どこのダンジョンの野営エリアであっても独特の緊張感に包まれているものだ。
ものだけど、これは……今まで経験したことのない異様な空気感だった。
「これが、新宿ダンジョンの野営エリア……」
足を踏み入れた瞬間に、鳥肌が立つような感覚に襲われる。
チームを組んでいる人達、あるいは単独で挑みに来ている人も、その装備は全て一級品ばかりで、漂わせている空気感も尋常ではない。
それもそのはずだ。
現時点の日本で確認されている六百以上のダンジョンの中でも、最難関とされる新宿ダンジョンに挑もうとする冒険者は、当然日本トップクラスの豪傑であり猛者達なのだから。
「はは、は……来ちゃいけない場所に来ちゃったかなあ」
まるでライオンの群れの中に入っていく三毛猫のような気分だった。時々、他の冒険者がこちらをちらりと見てくる度にビクッとなってしまう。
ここはお前の来る場所じゃねえんだよ、と言われているようで、変な汗が出てきた。
その汗を拭ってから、深呼吸をして気持ちを整える。
「い、行くぞっ!」
押し潰されそうな雰囲気の中、一歩ずつ全力で歩みを進めて行き、何とかゲートへと辿り着いた頃には息が上がってヘトヘトになっていた。
「おい、大丈夫か?」
乱れた呼吸を整えている俺にゲートにいた守衛のお兄さんが心配そうに声をかけてきてくれた。
「はあ、はあ……。だ、大丈夫です……!」
軽く目眩を覚えながらも何とか俺が答える。
――ただ野営エリアを歩いて来ただけなのに、灼熱の大地を歩いて来たみたいだ。
「そ、そうか」
と守衛のお兄さんが苦笑いを浮かべながらも納得してれたようで、それからは事務的な流れに入っていった。
まず初めに冒険者ライセンスを提示し、次に装備の持ち込みの確認が行われる。
これは自分の装備を持ち込むか、レンタル品を借りるかという確認だ。
いつもの俺なら自分の装備を持ってくるのだが、今日は質の良いレンタル品を借りることにした。
レンタルは一回五千円で、冒険者ライセンスで支払いを済ませたら、近くにある巨大な仮設テントに行って装備を選択する。
選んだ武器はショートソード、防具は軽めのレザー装備一式を選択した。
早速防具を装着して、再びゲートに向かう。
「日付が変わるまでには戻ってきます。日を過ぎても戻って来なければ何かあったと判断して貰って構いません」
「承知した。余裕を持って零時十五分を超えたら救援の依頼を出そう」
「はい、お願いします」
ダンジョンの中では不思議な力によって一切の通信機器が使えない。予めこうして時間を決めておくことで、何かあった時のレスキューをお願いすることができる。
「初めてのダンジョンでは事故も多い。決して無理をしないように」
「ありがとうございます、気を付けます」
受付が完了し、軽く目礼してからゲートをくぐり抜ける。
それからもう一度、念のために装備を確認しようとした、その時。
「おっと、そうだ」
守衛のお兄さんが思い出したように言った。
「これはあくまでも噂なんだが……ここ数ヶ月、イレギュラーモンスターがよく発生するらしい」
「イレギュラーモンスター、ですか」
通常、その階層には出現しないモンスターが現れることがある。そういったモンスターを冒険者達はイレギュラーモンスターと呼んでいた。
「ああ、しかも特に発生しやすいのが満月の夜なんだとさ」
そう言ってから、守衛のお兄さんが空を見上げる。
その視線を追って俺も顔を上げると、そこには……夜空に煌々と輝く満月があった。
「……いや、どんなフラグですかっ!」
あまりの展開に、つい突っ込んでしまう。
「まあただの噂だから、気にしない気にしない」
そして、気にすることもなく軽く笑ってみせる守衛のお兄さん。
「ええぇ……なんか凄くイヤな予感がしてきた……」
ダンジョンの入口を改めて見ると、巨人が大きく口を開けて侵入者を呑み込もうとしているようにも見えてくる。
あの穴に入ったら、俺はもう……。
思いがけず変な妄想をして、身体に震えが走った。
――ダメだ、呑まれてはいけない。
「ビビるな俺!」
思い切り頬を叩いて気合いを入れる。
「よしっ、行ってきます!」
何かを振り払うかのようにその場に言い残して、俺は初めての新宿ダンジョンへと潜って行った。
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