Episode13
ソファーの前のローテーブルまで行って、置いてあるスマホを手に取る。
それから〈リンク〉のアプリを開いた。
するとそこには、
『めえ さんとリンクを行いました。承認しますか? はい いいえ』
といったメッセージが表示されていた。
「めえさん……?」
――あ、
恐らくリンさんがリンクで使っているニックネームなのだろう。アイコンには可愛らしいヒツジのイラストが表示されていた。
迷わず「はい」をタップすると、既にリンさんが承認していたようで『お互いの承認が完了しました。フレンドに追加されます』といったメッセージが表示された。
「リンさんとフレンドに……!」
これで俺はいつでもリンさんと連絡が取れるんだ。
さっきまでの落ち込みは一瞬で消え失せ、夢のような現実にニヤニヤしてしまう。
今の俺の顔を他の人が見たら、引くか殴りたくなるかのどちらかだろう。
そのままぐへへ、と気味の悪い笑みを浮かべたままメッセージを送信する。
〈今日は俺の話を聞いてくれてありがとうございました。誕生日プレゼントまでもらって幸いです〉
ちょっと硬いような気もするけれど、丁寧に書いておけば悪いようには取られないはずだ。
温め終わった弁当をレンジから取り出し、ついでにコンビニで買ったお茶と冒険者ライフも持ち出して、今度はソファの縁に背中を預けるように、ラグマットの敷かれた地べたに座る。
ローテーブルの上で弁当のおかずをつつきながら、冒険者ライフをパラパラと捲っていく。
一番のトップニュースはやはり「ペルセウス」の新宿ダンジョン三十階層への到達のようで、見開きで大々的に掲載されていた。
これまでの新宿ダンジョンの最高到達階層は二十九で、そこのフロアボスがなかなか倒せずに次に進めずにいた。
しかし今回ついにそのボスを撃破し、三十という大きな節目に辿り着いた、と記事に書かれている。
そんな偉業を成し遂げたのは――チーム、ペルセウス。
四ヶ月前に結成されたチームにも関わらず、驚異的なペースでダンジョンを攻略し続けているチームだ。
五人のメンバー全てがSランク以上のスキルを持っていて、中でもエースである――
最近ではテレビなどにもよく出ていて、端正な顔立ちと誠実な性格から世界中の注目を集めている人気者だ。
「凄いよなあ……」
自分とはあまりに違う世界に、他人事のような感想が漏れる。
さらにページを捲っていると、ユウリさんの特集が組まれていた。
大まかな生い立ちから、冒険者になった経緯など様々な情報が記載されているようだ。
ユウリさんの素性はマスコミなどでもあまり明かされていないため、自然と活字を追う俺の目にも熱が入っていく。
そしてその途中で――ユウリさんがスキルに目覚めた切っ掛け――の書かれた文面を見た俺は、とある疑問を抱くことになる。
――そこには、こう書かれていた。
『宮征優利は2041年8月12日に単独で新宿ダンジョンに潜り、八階層にてゴーレムと遭遇。そこで死闘を繰り広げ瀕死のダメージを負った際に国内初となるSSランクのスキルに目覚める』
「新宿ダンジョンの八階層……?」
……ウソだろ?
新宿ダンジョンは日本における最高峰のダンジョンで、出現するモンスターも他に比べて強力なはずだ。
「一人で八階層なんて、いけるものなのか?」
俺がいつも行っている六町ダンジョンといわれる下級ダンジョンでさえ、俺は四階層までしか到達できない。
いや、今のユウリさんなら八階層の攻略なんて朝飯前だろう。
だがSSスキルを得る前の――何もスキルを持っていない状態のユウリさんでそこまで辿り着けるものなのか……?
俺は一度浮かんだその疑問を、脳内で展開させていく。
ユウリさんがSSスキルを得る前に、何もスキルを持っていなかったというのは有名な話だ。
〈無能力者から奇跡の覚醒〉と、ユウリさんがマスコミに露出し始めた頃に騒ぎ立てられ、全国のスキルなしに大きな希望を与えた。
――かくいう俺も、そんなスキルなしの一人だ。
もしかしたらユウリさんは、とてつもなく強力な武器や魔道具を使っていた可能性もある。
だがもしそれだけの装備を揃えるお金を持っているのなら、護衛の一人や二人は付けて行くのではないか……?
わざわざ八階層までソロで乗り込んで、死にかけるなんて真似はしないだろう。
――ユウリさんは本当に一人で、武器や魔道具も、スキルもなしに行ったのか。
俺の中の疑問が膨れ上がる。
それは――ユウリさんに対するものでもあったし、自分に対するものでもあった。
これまで俺は自分の身の丈に合っていないと新宿ダンジョンを敬遠していた。スキルを持っていない俺が行ったところで、無様に逃げ帰るだけなのだ、と思っていた。
――俺は、本当にやり切ったのか……?
自分に対するその問いかけに、ユウリさんの可能性を見た俺は素直に頷くことができない。
もしかしたら俺の可能性を潰していたのは、自分自身だったのか……と、考えてしまう。
「ユウリさんが行ったのに俺は……」
もし冒険者としての自分に、やり残したことがあるのだとしたら。
僅かな望みが見えた途端、微かに残っていた諦めきれないという火種が燃え上がる。
「やらずに後悔なんて、できないよな」
今日で俺は冒険者を辞めると決めた。
だけど――。
時計を見れば、針は七時ニ七分を指し示している。
――今日はまだ終わっていない。
「最後にもう一度だけ、試してみよう」
決意を固めた俺は、急いで弁当を食べ終わりお茶を流し込む。
それから手早く準備を整えて、最寄りの駅へと自転車で走って行った。
――この時の突発的な決断が、後に俺の人生を大きく変えて、果てには世界を救うことになろうなどとは……もちろん、この時の俺には知る由もなかった。
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