Episode10


 ん? 約束……?



「あれ、なにか約束してましたっけ?」



 慌てて脳細胞を叩き起こし、高速で思考を回転させる。

 ……が、俺の脳細胞は怠け者らしく、またすぐに眠りに就いてしまった。


 そんな俺を見兼ねてか、リンさんが答え合わせをしてくれる。


「今日の訓練が終わったら話しかけて下さいって言いましたよ」



 ――あっ! そうだ。思い出した。



 訓練場に行く前に話しをして約束したんだ。ヤバい、完全に忘れてた。


「あああっ! すみません、忘れてました!」


 よりにもよってリンさんとの約束を破るだなんて――。


「俺としたことが……! なんということを……!」


 俺が頭を抱えながら、ぬわああああと唸っていると、リンさんが笑いながら、


「仕方ないです、大事な訓練の後でしたから」


「うう、本当に申し訳ないです……」


「いえいえ。本当はその時に渡そうと思っていたんですけど」


 言いながら、リンさんが鞄の中から小箱を取り出して俺の方へと差し出した。

 丁寧に青の包装紙でラッピングされて、なにやらメッセージの書かれたカードが付いている。



「お誕生日おめでとうございます」



 え……?


 何が起きたのかと二秒ほど固まってから、慌てて声を出す。


「ふぁ?! あ、ありがとうございます」


 突然のサプライズに戸惑いながらも受け取った。

 見間違いか? それともこれは夢なのか?

 軽く脇を抓ってみると普通に痛かった。どうやら現実のようだ。


「俺の誕生日、覚えていてくれたんですね……」


「もちろんです。チョコレートなんですけど、ミクルさん好きでしたよね?」


「はい、大好物です!」


 甘いものは何でも好きだけど、中でも一番好きな物がチョコレートだった。

 まさか俺の好きなものまで覚えていてくれるなんて……。


「誕生日に家族以外からプレゼントを貰うのは初めてです」


 涙を堪えながら俺が言った。


「え、そうなんですか? 私なんかが初めてで良かったでしょうか」


 リンさんが驚いて、目を丸くさせる。


「良いに決まってますよ! というか、もう最高すぎます」


「ふふ。良かったです」


 いつの間にか、さっきまでの苦悩はどこへやら。俺はすっかりご機嫌になっていた。


 ――間違いなく、今の俺は地球上で一番幸せだ。


 きっと、天にも昇る気持ちとはこういうことを言うのだろう。


 ううぅ……頑張って生きてて良かった……。


 なんて思っていたら、俺は天すらも突き抜けて成層圏へと飛び出すことになる。



「あの、良かったらリンクしましょうか?」


「リンク……?」


 聞き慣れない単語に思わず聞き返してしまったが、すぐに理解して返事をする。


「あっ、お願いします!」


 ――リンクとは、冒険者ライセンスやその他の機器端末でお互いのコードを交換し合うことをいう。要するに、連絡先の交換だ。


 俺がリンさんとリンク? こんなことがあっていいのだろうか?

 もうなんか、わけ分かんなくなってきた。


 意識が宇宙を彷徨っている俺の方へとリンさんが体を近付けて、右手を差し出してくる。その手の小指にはシルバーの指輪がはめられていた。


 応じるように俺がブレスレットをしている右腕を掲げて、リンさんの右手へと近付ける。

 そのままジッとしていると、リンさんの指輪と俺のブレスレットが光を放ち、そして、ゆっくりと光を失う。


 これで後はスマホなどの携帯端末でお互いに認証し合えば連絡先の交換が完了となる。


「これでいつでも話せますね」


 リンさんが笑顔でそう言って、


「はい、ありがとうございます」


 と、俺が返す。


 リンさんとの急展開に気持ちが付いていかない俺は、その後のやり取りもどこか上の空だったように思う。


 そのまま二人で少しだけ話をした後、そろそろ行きましょうか、とリンさんが促して途中の別れ道まで二人で歩いていった。


 別れ際、リンさんが、それじゃあまたです。と言って、俺も別れを告げてから自転車に乗って走り出す。


 少ししてなんとなく後ろを振り返ると、リンさんがまだ見守ってくれていたようで手を振ってくれた。

 その姿を見て俺は手を振り返しながら、心の中でまた感謝を告げるのだった。

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