第31話みちなの魚心あれば水心

「んんー!?」


寝坊して昼過ぎに起きると、わたしの顔の前に、ゆきるの寝顔があった。

触れてしまいそうなくらい、くちびるとくちびるが近い。

あぁ。

ゆきるの口からは、さっき噛んだみたいに、ミントのいい匂いがした。

身体の中が熱くなって、肌の感覚がいつもと違う。

ドキドキして、胸がどうにかなりそうだ。

頭の中が白くなって、力がうまく入らない。

しかも、身体が小刻みに揺れている。

んん?

なんだ?


「ゆきる!

ねぇ!」


ゆきるがパッと大きく目を見開いた。

急なことにわたしは、ドキリとする。

わたしたちは、同時に同じ言葉を口にした。


「地震だ!」


何かとても低い声のような大きな声みたいなものが聞こえる。


「ゆきる、危険だって、何かが言ってる!」


ゆきるは、驚いて起きて、海に向かって走り出す。

そして、大慌てで帰ってきた。

それから、わたしを起き上がらせて、バックパックを背負った。


「大変だ!

海にモンスターがいる!

たぶん、モササウルスだ!」


巨大なワニの口を持った鯨のようなモンスターの群れが見えた。

3匹だろうか、島を囲んで泳いでいた。


すると海の中に巨大な魚の尾ビレが突き出した。

島は傾くくらいに大きく揺さぶられている。


「まったく野暮だねぇ」


声の主の尾ビレなのだろうか。

尾ビレは、モササウルスを次々と遠くに弾き飛ばしてしまった。


わたしたちは、島の低い木にしがみついた。

でも、何かがおかしい!

わたしたちは、海に投げ出された。

海の中に潜ると、巨大すぎる魚の顔があった。

顔の一部に草木が生えていた。

わたしたちが島だと思っていたのは、巨大な魚の顔の一部だったのだ。


「なんて大きい魚なの?!

豪華客船よりも大きいくらいだわ。

それに、どうして顔に草木が生えているの?

あなたはだれ?」


「ほほほ。

私に名前なんかないよ。

人間は、私たちのことを大鵬と呼ぶけどね。

私たちは、個にして全。

生も死も気にしない。

せっかく初々しい若者のいちゃいちゃを聞いていたのにねぇ。

とんだ邪魔が入ったよ。

あと、もう少しだったのにねぇ。

おや、ちょっとひと眠りしている間に、顔に草木が生えたみたいだね。

よくあることだよ。

しかし、初々しい恋ほど、心が揺さぶられるものはないね。

あまりの恥ずかしさに、100年の眠りから覚めたよ。

恋に弾む心の声の大きいこと、大きいこと」


ゆきるには、大鵬の話が分からないのがせめても救いだ。

魚にまで、冷やかされるなんて。

恥ずかしすぎる。

でも、悪い魚じゃなさそうだ。


「みちな、何を話しているの?

こんな大きな魚みたことないよ。

鯨の何倍、何十倍あるんだ」


「わ、わたしたち、コントン島に戻りたいの!

そうね、植物王のところまで!

助けてほしいの。

お願い!」


「ほほほ。

出会ってばかりの相手に、いきなりお願いかい?

不作法だねぇ。

ま、盗み聞きをした私もよっぽどか。

でも、楽しい時間を分けてもらったから、いいよ。

植物王だって、知らないわけじゃない。

それに、そうさ。

そりゃあ、応援したくもなるさ。

お急ぎみたいだしね。

久しぶりに、鳥の姿にでもなるかな。

さて」


大鵬はグルグルと横に回転して、スピードを上げて行った。

ものすごい量の気泡を撒き散らして、目の前が真っ白になった。


すると、魚のいた場所に、今度は、旅客機くらいの巨大な鳥が浮かんでいた。


「ほほほ。

私は、魚であり、鳥でもあるのさ。

まだ子供だから、鳥になると小さいけどね。

大人になると、もっともっと大きくなるよ。

抜け落ちた羽毛1枚は、人間1000人を乗せる船にすることもできるくらいさ。

さぁ、早く乗らないか。

コントン島なんて、ひとっ飛びだよ」


わたしたちは、海の上から大鵬の背中によじ登る。

ゆきるが先に登って、背中に引き上げてくれた。


今度は鳥の背中に乗って飛ぶなんて、どんな感じだろう。

思えば、クモ、ネコ、サイクロプス、色々な生き物の背中に乗ってきた。

どれも揺れが激しいけど、振り落とさないように加減してくれているのが分かって、すこし優しい気持ちになる。


大鵬が羽ばたくと、海には大きな波がたくさん立った。

なんて力と風圧なんだろう。

バッサバッサと飛び立った。

大鵬は、ゆっくりと高度を上げていく。

それでも気圧の変化で頭がキリキリする。

それに、力いっぱいしがみついていないと振り落とされそうだ。


ゆきるは、高いところが苦手だから、青い顔で羽毛にしがみついている。


すると、大鵬は、アクロバットを始めた。


「ほほほほ。

そぉれ!!

楽しいだろう?

おまけに遊んでやろう!」


横ひねりしてから急降下して、急上昇からの自由落下。

もうめちゃくちゃだ。

さすがのわたしもこれは、怖い。

ゆきるはどんな顔をしてるか見ると、ゆきるがいない。


「大鵬!

ちょっと!やりすぎよ!

ゆきるが落ちちゃった!」


「ほほほ。

落ちても海なら平気なんだろう?

でも、急降下したら、受け止めれそうだ。

そぉれ」


大鵬は、大きく羽ばたくと、脅威のスピードで降下した。

わたしは、悲鳴を上げる余裕もない。

そして、水面スレスレで急停止した。

絶妙なタイミング滑り込んで、ふわりとゆきるを受け止めた。

それから、ゆっくりと低空飛行機した。


ゆきるは、もうだめだ。

一言も話す余裕がない。


「ほほほほ。

楽しい、楽しい!

でも残念、もう植物王のところに着いちゃったよ」


「あ、ありがとう。

どの遊園地のジェットコースターよりすごかったわ。

もう2度と乗りたくない気もするし、やっぱり、わたし、もう1回乗りたい・・・」


「やめて・・・

おねがい・・・

ここでおろして・・・」


ゆきるは、もう死んだような顔で言った。


「ほほほ。

おや、ちょっとやりすぎたかな。

私も楽しかったよ。

またいつでも乗せてやろう。

どこでも呼んでくれたら、すぐいくよ。

私は、耳がいいのさ。

しかし、これだけ海面が上昇すると、コントン島も様変わりだね。

北部は、水没してるね。

それに、なんだい?

空まで届く大樹があるね。

見たことがない土地と繋がっているように見えるね。

これは一体?!

ひとっ飛び、見てくるか」


わたしたちを、木の上に下ろして、大鵬はコントン山の頂上に飛んで行った。


暗がりの国と光の国に暮らす人たちは、ちゃんと避難できただろうか。


木の上から見下ろすと、数万人が湖の周りに集まっていた。

暗がりの国の人と、光の国の人が集まっているのだ。

ピカリ王、ヤミー殿下、ロジペさん、プップさん、ポンコさん、プッチさん、パバリ王、ペギルさんもいる!

でも、なんだかみんなドレスアップしているように見える。

明るいカラフルな照明がたくさん置かれて、楽しそうな音楽まで聞こえてきた。

避難しているというよりは、お祝いかお祭りのようだ。

大小無数のテントが森の中に設営されていた。


「これこれ。

いつまでわしの頭の上にいるつもりじゃ。

寝坊助の若い大鵬め、イタズラがすぎるぞ。

このめでたい日に。

それそれ」


木の枝が手のように伸びてきて、わたしたちを地上に運んでくれた。

これは、シラカシ王の手なのだ。


わたしがゆきるを横に寝かせていると、ニヤニヤしながらナツメがやってきた。

やっぱり来たか、この女。

しかし、どうして白いドレスなんて着ているんだろう。

まるでウエディングドレスだ。

ナツメの髪は、ゴージャスに結い上げられて、生け花のように飾り付けられていた。

どんぐり顔の小人たちもお揃いの衣装をていた。

ナツメのドレスの長いすそを6人の小人が持って支えていた。


「おお!

みちな、やったわね。

やるじゃない!

お・め・で・と。

すっかりデキちゃってるじゃない。

どこまで済ませたのかしら?

うふふふ」


「ちょっと!やめてよ!ナツメ!

絶対そんなこと言ってくると思ったわ。

何なのよ!

みんな、寄ってたかって!

それに、その格好は、どうしたの?

コントン島が大変な、こんな時に?!」


「うふふふ。

祝福しているんだから、素直に受け取ればいいのよ。

結局会ってしまえば、ソルダムもピカリ王にデレデレしてるし。

みんな、お熱いわ。

でも、確かにピカリ王は、短期間で男を上げたわね。

そうそう。

わたしは、ソルダムとピオーネと一緒にピカリ王のお嫁さんになるのよ。

もともと、3人とも婚約者だったしね。

祝福してよね?

そして、明日は、その結婚式なのよ!

もちろん、分断の呪いが解けたお祝いでもあるわ。

島は水没してしまっているけど、そんな日こそ、明るい希望が必要なのよ。

あれ?1人足りないわね。

どうしたの?

しょうこは、明日に間に合うのかしら。

まぁいいわ。

あなたたちに、ちゃんと主賓席を用意してるのよ」

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