第26話ゆきるは友を背負って植物王に会いに行く

「ゆきる、どうして泣いているの?」


おれは、気がついたら涙が止まらない。

ピーちゃんの道案内を頼りに、しょうこを背にして、もう3時間ほど歩いただろうか。


ピーちゃんは、調印式で魔素を使い果たしたそうだ。

今は、普通のネコの大きさになって、ニャーニャー鳴いていた。


しょうこは、背中で揺られるのが気持ちがいいのか、すやすやと寝ていた。


おれは、眠っているしょうこの重さを感じながら、弟のりゅうじのことを思い出していた。

おれは、りゅうじのことを赤ちゃんのころから面倒を見てきた。

おれは、りゅうじのおむつも代えてあげたし、離乳食だって、食べさせてあげたこともあった。

そして、こうやっておんぶをして、寝かせてやったのを思い出す。

最近だって、歩くのに疲れたりゅうじを、公園から家までおんぶして帰ったりしていた。

りゅうじは、まだ6才のくせに、色々と気を遣う子だった。

あぁ、おれは、りゅうじを助けたい。

飛行機の中で、キャッキャと笑うりゅうじの顔や声が、くっきりはっきり思い出せる。

このまま死なせるには、あまりに可哀想だ。

ケンカしたこともたくさんあったな。

意地悪して、泣かせたこともあった。

力任せにおもちゃと取り上げたり、りゅうじのおやつを食べてしまったこともあったよな。

歩く時、りゅうじは、小さな手でいつもおれの手を握ってきた。

そんなことを考えていたら、自然と涙が出てきてしまう。

思いがけず、みちなに涙の理由を聞かれて、ドキリとした。


「なんでもないよ」


「なんでもなくないわよ!

そんなに涙をポタポタ流しているのに。

大変だったら、しょうこのおんぶ代わるわよ」


「いやだ。

おれがおんぶするよ。

ちょうどいい重さなんだ。

だから、いいの。

本当に大丈夫だから。

身体が強くなったのか、全然平気なんだ。

前が見にくいから、涙だけ拭いてほしい」


「なによ、それ!

もう!しょうがないわね。

拭いてあげるわよ。

ちょっと待ってね、はい。

ほら、もう大丈夫。

あれ?

ねぇ!あれを見て!

なにこれ!

すごい!」


黒い森の入り口は、大きな谷間になっていた。

すり鉢のような谷には黄色い花がちらほらと咲いている。

道の左右には、つつじにも彼岸花に似た真っ赤な花が、見渡しても、振り返っても、真っ盛りに咲ていた。

空は、よく晴れて1つの雲もない。

気持ちの良い風が、草木や花々を揺らしている。

サラサラという草木のこすれる音が、ヒソヒソと内緒話をしているように聞こえた。

行く道もすべて一面赤い花、来た道も真紅で鮮やかだ。

見上げると、谷の斜面が全て真っ赤に染まっている。


おれは、あまりの美しさに怖くなった。

原色ばかりの光景に、目がチカチカする。

おれの足は、そろそろ限界がきたのか、プルプルと震えが止まらない。

それに、身体中が、強烈な筋肉痛みたいだ。


道案内をしていたピーちゃんが、足を止めて振り返って言った。


「ゆきる殿、よく頑張りましたね。

ここからは我輩の背にお乗りください。

黒い森には魔素が満ちておりますので、古代に絶えた魔法を使うことができるのです」


ピーちゃんは、ムクムクと大きくなると、見上げるほどの高さになった。

おれは、試しに身体強化をピーちゃんにかけてみた。

ちゃんと効果があるだろうか。

確かに魔素があるのか、感触は悪くない。


「むむむむ!

どうしたことでしょう?!

我輩が思ったより、ずっと大きく、力強くなってしまいました!?

これでは、森の番人サイクロプスを驚かせてしまいます!

警戒して、こちらを攻撃してくるかもしれません!」


ピーちゃんは、驚いて取り乱していた。

すると、さっそくサイクロプスがドシドシと急いでこちらにやってきた。


みちなは、サイクロプスと向き合うと、いきなり笑い出した。

それから、楽しそうにサイクロプスと話をしたようだ。


「ねぇ!

サイクロプスも一緒に道案内してくれるって!

わたしたちと一緒にきたユピテルは、雲にかけられた魔法を解いた後、砂に変わる前にサイクロプスに会いに行ったみたい。

久しぶりに会えて嬉しかったそうよ。

ユピテルが、わたしたちのことをサイクロプスに話をしてくれていたみたい。

ピーちゃんがいつもより大きすぎてびっくりしたって言ってるわ!

わたしがピーちゃんをサイクロプスよりも大きくしちゃったのね。

ちょっとやりすぎたわ。

でも、この森、本当に魔素があるのね!

大袋の中よりは、ずっと薄い魔素だけど」


サイクロプスがピーちゃんの背中に、おれとしょうこを乗せてくれた。

おれは、もう怪獣の背中に乗っているような気分だ。

幼い時の夢が叶ったような光景だけど、とにかく揺れがすごい。

しょうこが転がり落ちないかヒヤヒヤして、楽しむどころではなかった。

巨大なピーちゃんは、崖や険しい高低差も簡単に乗り越えていった。

疲れた身体でしょうこをおぶって行くには、険しすぎる道だった。


「もう着いたって!

見て!

大きな湖の近くにある大きな木のあたりみたい!

わぉ!ずいぶん早くついたわね。

まだ17時前よ!」


みちなは、サイクロプスの手の平の上に立っていた。


森の中を普通に歩いたらきっと、たどり着けたとしても深夜になっていただろう。

おれたちは、森から突き出るほど大きな木のふもとに、下ろしてもらった。


「それで、シラカシ王ってどこにいるのかな。

なんだろ、金木犀みたいな、甘くていい匂いがするね。

でも、見渡しても、湖と木しかないよ。

おれには、どんな姿かも想像できないんだけど。

おじいさんの姿、なのかな?

この巨大な木が、お城なのかな?」


「どうやら、違うみたいよ。

きっと、この大きなどんぐりの木そのものが、シラカシ王なのよ!

眠っているような、起きているな・・・。

あ、でも何か、話をしようとしているみたい!」


おれは、高さ60メートルはありそうなどんぐりの木を見上げる。

サイクロプスと同じくらいの大きさだ。

周りの木はだいたい20メートルほどなのに、明らかに特別な存在だとわかる。

幹の太さは、10メートルはありそうだ。

幹の中は大きな空洞になって、光が差し込んでいた。

葉っぱは生い茂って、無数のどんぐりが地面に落ちていた。

周りには、確かに金木犀のようなオレンジの花もたくさん見えた。


気がつくと、ヒザ下くらいの背の小人が周りに集まってきた。


「あれ!このどんぐり小人たち、エイゴンとそっくり!

大袋の中の地面の裂けた谷で友達になった、あのエイゴンよ!」


「あぁ、確かに!

みちなは、どんぐり顔の小人と仲良くなってたよね。

鬼にいじめられているのを、みちなが助けてさ」


「そうそう。エイゴンを助けたことで、あたしたちサイクロプスと仲良くなったのよね!」


すると、大きなどんぐりの木は、幹に大きな顔をあらわした。


「おやおや。

直接会うのは、初めてじゃな。

わしは、シラカシ王じゃ。

植物王と呼ばれておる。

しかし、わしが小人だった時の名前を知っておるものが、この時代にいるとはな。

エイゴン、懐かしい名前じゃ。

2000年前、わしは、確かに地面の裂けた谷でサイクロプスに守られて暮らしていた。

しかし、わしは、お主たちに会ったことはないはずじゃが?

はてはて」


「シラカシ王さま、お目覚めになられたのですね。

我輩は、ピカリ王の使者とともに、今ここに戻りました」


「よきよき。

プトレマイオスよ、ご苦労であった。

北東が晴天を取り戻し、北西にも雨が降るようになったようじゃ。

自然が本来の循環を取り戻して、わしの体調もこれから良くなるじゃろうて。

ゆっくり休ませてやりたいが、お主たちには、時間がないのであろう。

しかし、どうやら3人とも、体力の限界のようじゃな。

魔素も使いすぎておる。

愛しいわしの娘たちよ、この者たちを休ませよ。

おや、ナツメしかおらぬな。

ピオーネとソルダムはどうした?

まぁいい。

それそれ」


シラカシ王がそういうと、同じ年くらいの女の子がひょっこり出てきた。


「シラカシ王さま、ピオーネもソルダムもおしゃべりばかりして、どこかへ行ってしまったの。

妹たちは、面倒なことを全部私に押し付けてばかり。

一度、ちゃんと叱ってほしいわ!

私の言うことは、全然聞かないんだから!

それはそうと、はじめまして。

シラカシ王さまの3つ子の1人、長女のナツメよ。

確かに、あなたたち3人ともお疲れの様子ね。

あら、1人は目が見えないのね。

強力な魔法というか、これは呪いなのかしら。

残念だけど、私では、とても治せそうもない。

でも、疲れくらいは取ってあげるわ。

恥ずかしいから黙って見ていてね。

それ!」


ナツメは、銀色のキラキラしたワンピースをひらひらと舞わせて、湖の上を飛び回ってダンスした。

くるくると飛び跳ねて、体操選手のようだ。

すると、蛍のようにキラキラと緑色に光る宝石のような蝶がちらほらと集まってきた。

だんだんと、森中から数え切れない光る蝶の群れが飛んできた。

夕闇の中で、湖面に無数の光が映って美しい。


おれは、あまりに美しい蝶の群れとナツメの舞いに、見入ってしまった。

そして、気がつくと身体の痛みや疲労がなくなっている。


すると、みちながおれの右耳を強く引っ張って言った。


「ちょっと!ゆきる!

何を見惚れているのよ!

でも、本当にキレイね。

妖精みたい

それにエイゴン、こんなに大きくなって、植物王にまでなっていたのね・・・」


しょうこは、目を覚ましたみたいだ。

おれは、しょうこを地面に下ろす。

でも、しょうこは、この光景を見ることできないだろう。


そうだ、おれは、シラカシ王から早くカギをもらわないと。

そして、早く宿題をクリアして、みんなを助けて、神さまにしょうこの目を治してもらおう。


ナツメは、舞を終えて、シラカシ王の近くに立っていた。


「あら、残念。

私、ゆきるのことちょっとタイプだったんだけどな。

弟を想って涙するなんて、いい男じゃない?

私までウルッときちゃった。

でも、もうお相手がいるのね。

ソルダムは、3日もお手紙をくれないピカリ王なんか嫌い!って、ピオーネと話をしていたわ。

今度は、ピカリ王のハートを狙ってみようかしら。

うふふふ。

あら、そんなに警戒しないでちょうだい、みちな。

冗談よ。じょ・う・だ・ん。

あなたのゆきるを取ったりしないわ」


みちなは、顔を真っ赤にして抗議した。


「ちょっと!何を訳のわからないこと言ってるのよ!

勝手に人の心を読まないでよ!

せっかく舞を褒めてあげようと思ったのに!

疲れを癒やしてくれたお礼もしないわよ!」


ナツメは、みちなをからかうように笑って言った。


「あらあら、さっき私が咲かせた、森の入り口に咲いているツツジ草のお花みたいにお顔が真っ赤ね。

うふふふ。

でも、お礼をしたいのは、こちらの方よ。

私たちは、あなたたちに感謝してもしきれないわ。

これまで誰も暗がりの国を晴らす事ができなかった。

おかげで、シラカシ王さまも元気になってきたわ。

この森を代表して、お礼を言うわ。

ありがとう」


「よきよき。

では、行くがよい。

たくさん話をしたい気持ちもあるが、今はこれ以上の引き止めはしまい。

あの博物図書館にあるのは、1回目から3回目の地球の創生から今までの全ての情報だけでない。

宇宙の創生から今からまでの、神々の全ての情報が保管されていると伝えられておるぞ。

博物図書館の辺りは、夜でも常に魔法の光が満ちておる。

中はどうなっておるのか、分からんが。

できるだけ早く行く方がよいじゃろう。

そして、魔法のカギは、すでに渡してある。

実は、プトレマイオスこそが、神々から預かったカギなのじゃ。

プトレマイオスは、この島ができるより、はるか昔からいる不思議なネコじゃ。

さぁ、博物図書館の奥にたどり着いたものは、まだ誰もおらぬ。

心して試練に挑み、そして、乗り越えるのじゃ!」


ピーちゃんは、しれっとしていた。

しょうこは、シラカシ王に1つだけ質問をした。


「シラカシ王さま、私は、目が見えません。

試練を乗り越えたとして、石板を読むことができるでしょうか。

ゆきるとみちなに読めればよいのですが」


「ほうほう。

もう石板にたどり着いた時の心配をしておるのか。

気の早いことよ。

だが、それこそ使者の自覚であろう。

残念じゃが、わしもその石板を見たことがないから、分からん。

しかし、神々は、考えるな感じろ、と石板に言葉を刻んだと伝えられておる。

奇跡の先にあるものは、等しく奇跡じゃ。

己と友を信じて、進むが良い。

サイクロプス、皆を博物図書館まで連れて行っておくれ。

それそれ」


「考えるな感じろって、いいな。

おれは、そういうの得意だから、大丈夫!」


「たしかに、ゆきるってそういうところがあるわよね。

身体も元気になったし、空腹も感じないわ。

準備はオッケーよ」


「ゆきるとみちなと一緒なら、きっとうまく行くわ。

行きましょう!」

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