第24話ルシファーは恐怖を根付かせる
夜明け前の満月の下、ルシファーとダブズル王は、王城にある東の塔にいた。
ダブズル王は、バルコニーに置いてある、大きな銀色の望遠鏡をのぞきこんでいた。
それは、夜でもはっきり見える特別な望遠鏡だった。
宝石が散りばめられたルシファーの黒いドレスの背中からは、大きな翼が突き出して、月光で白く輝いている。
ルシファーの顔は、女性のような男性のような、どちらとも判らない美しさだ。
ルシファーも空を見上げると、ピカリと光った雲の中から何かが落ちてくるのが見える。
ルシファーは、すぐに33の人影を数える。
ダブズル王は、焦りながら兵隊長に伝えた。
「カテゴリーXボリューム3じゃ!
巨大なモンスターを含む33の落下物!
大至急、対応の準備にかかれ!」
「クフフフッ!
しかし、あんたの予感はよく当たるね。
まー、あたしが行って、すぐに皆殺しにしてやるよ。
あたしのイケニエもいるみたいだしさ」
「なんじゃって?!
カテゴリーXボリューム2が、なんでボリューム3になって、また雲の上から落ちてきたんじゃ?
何が起こっておるのか、全く訳がわからんわい」
「何が起こっているのか聞きたいのはこちらのほうさ。
クフフフッ!
でも、あたしにとっては、イケニエの3人とご馳走が増えただけだけどね。
さぁ、落下地点に行くよ。
あんたも連れて行ってやろう!」
ダブズル王は、落下点をルシファーに伝えた。
「小高い丘にある古代遺跡のあたりじゃ。
かつて、ニンゲンの国の城がそこにはあったと伝えられておる・・・うがッ」
ルシファーは、ダブズル王の首根っこをかぎ爪のある足で掴むと、落下地点に向かって飛び立った。
すぐに遺跡に着くと、ルシファーは、もがき苦しむダブズル王を無造作に地面に放った。
そこには、イケニエの3人だけがいた。
他には誰も見えなかった。
「カテゴリーXにしては物足りなかった子供たちは、どうやら美味しそうに実ったようだね。
他のやつらはどこに行ったんだい?
まー、いい。
あたしが用があるのは、まずイケニエのあんたたちだよ。
しかし、泳がせておいた甲斐があったね。
不甲斐ないベルゼビュートとアスタロトは、してやられたみたいだけどさ。
同じようになんとかなると思ったら、大きなマチガイだよ。
あたしは、格が違うんだからさ。
そして、誰よりも美しいの。
クフフフッ!
どれ、小さなお嬢ちゃんがどれだけ実ったが確かめてやろう。
どれどれ、心の中を視てやろうか?」
ルシファーは、ズズズッと身体を大きな木くらいに膨らませる。
そして、その顔を巨大なライオンにねじれたツノが生えた異形に変化させた。
そして、大きな3つの目がギョロギョロギョロと動いた。
黒いドレスは、ちぎれ飛んて、宝石がバラバラと飛び散った。
そして、ルシファーは、かぎ爪のある手で、いとも簡単にしょうこをつまみ上げる。
ダブズル王は、首を押さえて、地面にへたり込んでいた。
「私の名前はしょうこよ!
ちゃんと名前があるの!
お前を倒してみせるわ!
ゆきる、みちな、私は大丈夫よ!」
「どこが大丈夫なのさ。
図に乗るんじゃないよ。
あんたなんかひとひねりだわ。
あんたは、傲慢で無知な大馬鹿ものだね。
全てを等しく愛してみせるだって?
そんなことは、無理だ。
あんたには特にね。
あんたを傷つける人まで愛せるのかい?
例えば、あたしさえも?
クフフフッ!
人間はね、そんなに大きな愛など持ち合わせていないんだよ。
自分勝手で、強欲で、自分のことが大好きなのさ。
動物を殺し、ゴミや汚物をまき散らすばかりの人間よ。
飽きずに喧嘩したり、憎しみあったり、戦争をして殺し合いばかりしているしね。
親でさえ、赤子でもないあんたを無償で愛したりなどしない。
人間はね、執着を捨てて無心になることさえ、できやしない卑しい生き物なんだよ。
他でもない、神が人形である人間をそういう風に作ったのさ。
自分たちがしないことを、人間がする様子を見たいがためにね。
人間なんて、さっさとみんな死んでしまえばいいのさ。
その方が世の中、少しはマシになるってもんだよ。
それに、あんたは、神にでもなるつもりか。
天使でもなく、悪魔でさえなく、人間の中でも特に何もできない人間の子よ。
まだ嘘をつくなら、嘘を見破る地獄の火をくれてやろう!」
「お前が私を試めしたいなら、望むところだわ!
神にしかできないなら、私は、神になる。
私は、神さまに会ったわ。
そしてどうやら、神を超える存在もあるかもしれない。
存在するなら、だれかにできることなら、私にもできる可能性はあるはずよ」
「クフフフッ!
この大嘘つきめ!!!
神に作られた人形が神になどなれるはずがない。
ましてや神を超えるなど!
狂った女め!
傲慢にもほどがある!
傲慢さで神に認められた、このあたしさえ呆れるほどさ!
あんたになれるのは、せいぜい疫病神くらいだね!
そんなに欲しいなら、地獄の火をくれてやろう!
あんたに嘘があるなら、全身黒焦げになるのさ!
残り2人もよく視てから、火で焼いて、3人まとめて食べてやろう。
人間は、少し焼いた方が美味しいからね!」
「しょうこッッッ!!!!」
ルシファーは、しょうこを青い炎で包み込んで投げ捨てる。
ゆきるは、しょうこを受け止めた。
しょうこの身体は無傷だったが、両目が焼けただれていた。
どう見ても視力を失っていた。
次にルシファーは、右手でゆきるを掴み上げる。
しょうこは、ドサリと落ちて、地面に横たわった。
「今度はこのゆきるとかいう男の子を視てやろう。
なんだって?
何か自分の命よりも大事なものを持っているね。
これを絶対悪魔に食べさせてはいけない?
特に丸呑みされたら絶体絶命?
ほうほう、悪魔がパワーアップしてしまうのかい?
心の底から強く恐れているね。
みちなのことが好き?
それは、今すぐ仲良く死ぬんだから、どうでもいいね。
あたしは、心が読めるのさ。
恐れば恐るほど、強く明確に分かるのよ。
りんごの食べかすにしか見えないけど、何かの切り札なのね。
そうかい!では、そいつをいただくとしようか!!」
ルシファーは、りんごの食べかすをゆきるから奪って飲み込むと、左手でみちなをつまみ上げる。
ゆきるが力一杯暴れても、ルシファーの力には全く敵わなかった。
ゆきるは、苦しい声を上げた。
「くそ!もう魔法も使えないし。
しょうこ、どうなってるんだよ。
もうこの先、打つ手が何もないのかよ!
このままじゃ、おれたち全滅だぜ!」
いつの間にか、ルシファーの身体の周りには、木の根っこが絡まり始めていた。
お腹を突き破って、枝が伸びているが、ルシファーの自由をほとんど奪えていないようだ。
ルシファーは、自分のお腹を木の根っこが突き破るダメージに対して、全く気にする様子がない。
「クフフフッ!
絶望に向かう人間の苦しい悲鳴は、悪魔にはご馳走なのさ。
あんたたちは、ここで虫ケラのように死ぬんだ。
それに、まさかこれが切り札なのかい?
つまらないね。
貧弱!貧弱ゥ!
こんな小細工どうということはないさ。
こんな細い木の根っこなど!
でも、おや?
どう言う訳か、なかなか消滅させられないね」
すると、目を焼かれたしょうこは、ゆっくりと立ち上がった。
もう目は見えていないように見えるのに、ドヤ顔で人差し指を真っ直ぐルシファーに向けて言い放った。
「ルシファー、お前は、私たちに油断しすぎた。
私の計画は、ボロボロになるほど想定外ばかりだったわ。
宝物庫では、魔法の木の種も見つからなかったしね。
ポケットに入れたままだった、飛行機で食べたりんごの芯が、役に立つなんてね。
でも、最後の最後にまさか、ちゃんと帳尻が合ったわ。
ふふふ。
ルシファー、お前は次に、あんた!あたしに何を食べさせた?!と言う!!」
身体から突き出た木の根っこは、ルシファーに絡みついて、だんだんと自由を奪っていた。
ルシファーが飲み込んだ、りんごの芯に特別な力が宿っていたことは、明らかだった。
「あんた!あたしに何を食べさせた?!
はっ!
なぁにぃぃッ!?」
みちなは、力を込めて言った。
「種よ、育て!ルシファー、お前は、もう死んでいるッ!」
みちなの掛け声で、ルシファーに絡まっていた木の枝は、急速に成長し始めた。
ゆきるとみちなは、地面に放り出されたが、うまく着地した。
「急いで離れた方がいいぜ!
みちなは、しょうこをおんぶして。
おれは、ダブズル王をなんとかするから!」
「わかった!わたしに任せて!」
ルシファーは、爆発したように、一気に身体を木に乗っ取られていく。
どんどん木に飲み込まれて、もうルシファーの原形をとどめていない。
太い根っこが無数に伸びて、大地を突き刺して盛り上がっていく。
あっという間にみるみる成長して、雲まで届く大樹になった。
雲までいくと、雲に満ちていた魔素を取り込んでいるのか、更にぐんぐん幹が太くなっていく。
そのせいか、雲は晴れ、300年ぶりにコントン島の北東部に朝日の陽光が差し込んだ。
ゆきるは、しょうこをおぶってそれを見た。
ダブズル王は、太陽の光が黒い城を照らすのを見て、へたり込んだまま、はらはらと涙した。
ルシファーは、もはや悪魔ではなくなり、太陽の陽を浴びて、天まで届く巨大樹になった。
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