第22話しょうこの計画は悪魔を越えるか 前編(腕相撲)
「あぁ!申し訳ございません!
筋肉がちぎれるぅ!!
しかし、こうしてまた、筋トレができるのも、しょうこ殿のおかげです!
あぁ!」
「元気になったのは、いいんだけど。
ゆきるもそうだけど、男性って、どうして筋トレしながら話しをするのかしら?
私の大切な牛黄を少し分けてあげたんだから、感謝してよね。
パバリ王さんに、プップさんのダンベルをもっと重くしてもらおうかしら」
パバリ王は、ニヤニヤしながら、プップさんのダンベルに魔法をかけた。
隣でプッチさんは、プップさんの汗を拭いていた。
兄の復活を誰よりも喜んでいるようだ。
「フォッフォ!ほいっとな!
ちょいっと重くしてやるわい。
プップは、ゆきる坊に腕相撲で負けたのが、相当悔しいようじゃわい」
「魔法が使えない私やロジペさんやプップさんは、モンスターとの戦闘で、あんまり役に役に立たないわ。
悪いけど筋肉を鍛えても、無駄よ?
せいぜい、ベルゼビュートの時みたいに、囮になるのが精一杯だわ。
でも、あの時、プップさんも私の牛黄が効いて身体が動いたから、なんとかベルゼビュートの攻撃対象になったのよね。
転がって笑っているだけだったら、囮にもならなかったわ。
まぁ、やられるのは同じだけど。
なんとか私も命を役立たせることができたわ。
そして、ベルゼビュートも倒せたみたいで良かった。
ゆきるとみちなの修行もできて、私の予想を超えてレベルXにまで成長したみたいね」
「はぁぁぁ!
命の重さを今まさに感じでおります!
しかし、今回の青空の日は、レストランまでは同じでしたが、あのベルゼビュートをあっけなく倒せましたな!
ゆきる殿とみちな殿、恐ろしく強くなっておりました!
レベルX!なんと!もはや敵いませぬぅ!
ふん!ふん!ふん!ふん!」
私たちは、全員で青空の始まりの街に戻ってから、前回と同じように大道芸をして、レストランまでは全く同じように過ごした。
でも今回は、それからが全く違った。
巨大になったベルゼビュートがレストランを破壊した時、すぐにみちなは、ベルゼビュートを魔法で小さくしてしまった。
ゆきるは、小さくなったベルゼビュートを、またピカリ焼きの紙袋で捕まえて、閉じ込めた。
紙袋の中には、ゆきるがパワーアップさせたアシダカクモを入れていた。
アシダカクモは、小さくなったベルゼビュートを、ただのハエのように、むしゃむしゃと食べてしまった。
ベルゼビュートは、うひょひょとかギャアギャアとか言っていたが、あっけない最期だった。
でも、ベルゼビュートをのさばらせても、臭いだけだから、これでいいのだ。
「フォッフォッフォ!
しかし、ゆきる坊は、やりおるわい。
9000年以上、ここにおるが、魔法を混ぜるアイディアは見たことがなかった!
誠に天晴れじゃ!
ハエを食べたクモを、みちな嬢が巨大にして、ゆきる坊がパワーアップ、わしが軽くして、便利な乗り物にしてしまった!
これには、腰を抜かすほど驚いたわい!
おかげで、クモの背中に20人の部下たちと宿屋を乗せてここまで来れた。
楽ちん、楽ちんじゃわい!
しょうこ嬢には、お礼など言い尽くせないわい。
廃人と化した部下たちを助けてくれたこと、感無量じゃ。
その異世界の牛の胆石の粉、牛黄と言ったかな。
わしも少し飲んだが、とてつもない力を感じるわい。
この世界の者には、異世界のものは、特によく効くようじゃ。
レベルX以上とも言える信じられない効能じゃ!
ペギルの治癒なしでも、すこぶる体調も精神も調子がいいぞ!」
もともとのパバリ王の部下で、市場の隅で廃人になっていた20名に、私の牛黄を飲ませたところ、立ちどころに意識を取り戻したのだ。
それから私たちは、みんなでお風呂に行き、準備をした。
前回は、服を着替えたりしたみたいだけど、今回は元のままの服装だ。
大袋を出た時に、砂に代わっては困るからだ。
私たちは、大きく地面が裂けている渓谷の上に宿屋を持ってきて、そこでゆっくり過ごして英気を養っていた。
明日12時、黄色い空の下、レベルXボリュームXが降り注ぐ中、私たちは本番に臨む。
成功すれば、大袋中に閉じ込められている全員を助け出すことができる。
全てうまくいけば、の話だけど。
今日は、これから焚き火を囲んで夕食だ。
始まりの街からご馳走様を持ってきている。
ロジペさんとペギルさんが焚き火を準備してくれているはずだ。
私は、焚き火を囲みながら、本番の計画の詳細をみんなに伝えなければならない。
他のみんなは、渓谷の谷底にトレーニングしに行っていた。
私は、ゆっくりしていた方がいいと言ったのに。
明日の本番は、誰が欠けても成功率が下がってしまう。
誰かが負傷するのも、ペギルさんが治癒の力を消費するのも避けたかったのに。
私は、明日のシミュレーションをイメージして、リスクが高いところがどこかを入念に洗い出して、作業に没頭して紙に書き出す。
時間を忘れて書き出した計画は、すでにプランY21に達している。
「ゆきる殿?!これは何事でしょう?!
ええっ?こ、これは筋肉が盛り上がるぅ!!!」
外で、プップさんが大きな声で何かよく分からないことを言っている。
たしかに、外がなにやら騒がしい。
宿屋の外に出ると、みんな揃っているようだったが、なんだか変なのも色々見える。
「僕とヤミーは、もちろん、ゆきるに賭けるぞ!
プップもさぁ!賭けて!さぁどっちだ!」
ピカリ殿下は、大はしゃぎしていた。
岩のテーブルの周りに、モンスターたちが大小さまざま100以上は、集まっていた。
真ん中には、ゆきると人間大の青いサイクロプスがいた。
あれ?
パバリ王の話では、サイクロプスって巨人じゃなかったっけ?
それに、これから何をするんだろうか?
「しょうこ、やっと出てきたのね!
もう勝負が始まるところよ!
この渓谷の谷底の王様サイクロプスとゆきるは、なんか友達になったのよ。
私もこの子と友達になったわ。
植物の精霊みたい。
今日のサイクロプスとの勝負は、ゆきるの2勝2敗ね。
岩の持ち上げ勝負、岩のカチ割勝負、短距離走とか色々やってきたわ。
今から最後の勝負を、腕相撲で決めるところよ」
みちなは、大きなソーセージを右手に、左手にポップコーンを持ってお祭りを楽しんでいた。
気がつくと、みちなは、観衆にまぎれてどこかに行ってしまった。
肩にはどんぐりみたいな顔をした小人を座らせて、仲良く会話をしているように見えた。
ゆきるもみちなもモンスターと友達になった?
サイクロプスと腕相撲?
どうして?
みちなの説明で、私は更に訳が分からなくなった。
何が起こっているの?
パバリ王は、いつのまにか大道芸人モードになって、観客を盛り上げていた。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
世にも珍しい、人間とサイクロプスの腕相撲勝負じゃ!
赤コーナー、人間代表、ユーキールーミーヨーシー!
生物属性身体強化、水耐性のレベルX
青コーナー、モンスター谷代表、サーイークロープス!
生物属性身体強化、反射のレベルX
賭けの受付は、もうすぐ締め切りじゃ!
急いだ!急いだー!
現在オッズは、ゆきる勝利1.17倍に対して、サイクロプス勝利は1.75倍!
引き分けが13倍じゃー!」
気がつくとペギルさんとロジペさんも派手な格好で、賭けの受付をしていた。
パバリ王の部下たち20名も、私の牛黄がよほど効いたのか、もう盛り上がって、観客になっていた。
なにやらピカピカ光る魔法を操る人がいるのか、カラフルな提灯がたくさん出て、にぎやかなお祭り騒ぎになっていた。
歌を歌うモンスターやダンスを踊る人たちもいた。
人とモンスターが声を合わせて歌い、ダンスを踊るなんて。
人だかりの少し離れたところにいたヤミー殿下とプッチさんが、この経緯を教えてくれた。
「僕は、このモンスター谷のモンスター達とは何度も戦っていたんだけど、ただただ凶暴なモンスターだと思っていたんだ。
実際、毎回僕とプッチは、モンスターにやられていたしね」
「そうそう、私とヤミー殿下は、この谷のモンスターたちを、特に凶暴な群れだと思い込んでいたの。
でも、この谷のモンスターたちは、人間を恐れて、自分たちや谷を守ってるんじゃないかって、ゆきる殿が初めて谷で戦った時に気付いたみたいなの。
巨人サイクロプスは、谷のモンスターたちを守りたいだけなんじゃないかって」
ヤミー殿下は、熱を込めて説明を続けた。
「そんなこと、信じられるかい?
それで、ゆきるとみちなと一緒に、僕とプッチは、出来るだけモンスターを傷つけないで、サイクロプスのところまで行ったんだ。
それで、不思議なことが起こったんだ!
何を思ったのか、突然ゆきるが巨大なサイクロプスの前で大岩を持ち上げたんだよ。
そうしたら、それに応えるように、サイクロプスがもっと大きな大岩を持ち上げたんだ!
それから勝負を重ねるうちに、なんか友情みたいなものが生まれたんだ」
「私は、自分のマチガイを恥じたわ。
本当は、この谷のモンスターは、それほど攻撃的ではなかったみたい。
私が平和を望むモンスターの住処を荒らして、モンスターを怒らせていたんだわ。
気がついたら、みちな殿がサイクロプスと話を始めたのよ!
会話ができたの!サイクロプスと!
みちな殿の特化能力は、精神操作だから、レベルXに達して一部のモンスターと会話ができるようになったのかしら。
はっきり言って、奇跡だわ!」
「それで、最後の勝負は、サイクロプスの力はそのまま、身体の大きさだけ人間の大きさにみちなが変えて、腕相撲することになったんだ。
それで、モンスターたちをここに案内して、気がついたら、パバリ王さまが祭りの準備を始めて、この有様だよ。
僕は、こんな光景見たことがないよ。
あ、もうすぐ始まるよ!」
ゆきるとサイクロプスは、みんなが息飲んで見守るなか、岩のテーブルの上で、腕相撲の開始姿勢になった。
静けさの中で、パバリ王は、威勢よく開始を告げて、カーンとゴングを鳴らした。
「始め!!!」
モンスターたちも、サイクロプスを応援して、吠えまくっていた。
野獣の咆哮は、迫力がありすぎた。
人間たち負けじと声援を送って、大盛り上がりだ。
みちなは、ゆきるに一際大きな声援を送っていた。
ゆきるの腕は、ものすごい力が宿っているのが見てとれた。
血管は浮き出て、ものすごい筋肉の盛り上がりだ。
身体全体の筋肉の量と密度が、もはや人間離れしていた。
サイクロプスは、そもそも人外だ。
これまで無双してきた力自慢なのだろうか、匹敵する力を持つゆきるの挑戦を楽しんでいるようだ。
観客の盛り上がりは、ピークに達しているようだ。
しかし、モンスターがこんなに近くにいるのに、平和なのが不思議だ。
人とモンスターが、こんな景色も作ることができるなんて、
グググっと力が拮抗して少し押しては、少し戻すを繰り返していた。
その時、爆発音と共に、腕相撲の台にしていた岩が砕けた。
ゆきるとサイクロプスの強大な力に、岩が耐えられなかったのだ。
砕けた岩が弾丸のように観衆に飛んで、悲鳴が上がり、大騒ぎだ。
「静まれ!静まれ!」
パバリ王が、今日1番の大声で逃げ惑う観衆を制した。
カンカンカンとゴングを強打した。
ペギルさんは、すぐに負傷者の手当てをしていた。
「皆のもの、落ち着いてこれを見よ!
公正な審判のもと、勝負は定まった!」
パバリ王は、ゆきるの右手とサイクロプスの左手を高く高く持ち上げた。
「岩のテーブル粉砕により、この勝負、引き分けー!!!
ゆきる坊とサイクロプス、2人とも優勝じゃ!!!」
地面が揺れたかと思うほど、大歓声が爆発した。
人間の観衆も、モンスターも、ゆきるとサイクロプスを胴上げし始めた。
みちなは、感動して泣いているみたいだ。
お祭りのどんちゃん騒ぎは、夜まで続いた。
こうしてモンスターと人間が仲良く過ごす選択肢も、ここにはあったんだ。
パバリ王が話していた、魔帝マギルの相棒、毛むくじゃらの巨人ユピテルのように。
あぁ、私は、まだまだ分かっていないことばかりだ。
よし、また少し計画を練り直そう。
そうだ、私には、それしかできない。
まだまだ、できることがあるはずだ。
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