第21話 ペギルは自分の宿命を知る。
「分かってるんでしょう?」
私は、パバリ王さまに、堪えきれなくなって、ついに聞いてしまった。
「ヤミーとプッチは、どうするかのぅ」
パバリ王さまは、見慣れた明るい満月を見上げながら、困ったように言った。
私とパバリ王さまは、地面が裂けた崖の上で、街から持ってきたイスに座って、焚き火をしている。
隣には、6時間計ることができる巨大な砂時計が置いてある。
そして、朝日までにゆきるくんとみちなちゃんが這い上がってくるのを待っているのだ。
100のうち1あるかないかに思える、薄い可能性を信じて。
私とパバリ王さまが大袋にきて、もう9000年以上、年月が経っている。
私たちは、きっと長くここに留まりすぎている。
今では、大袋に取り残されたパバリ王さまの部下たちは、精神が壊れて廃人になって、最初の街の市場の陰でうずくまるばかりだ。
私だって、廃人なりそうになったことが、何度もあるし、実際何度もなっている。
人間の精神に、9000年は、長すぎる。
私は、青空の日に生き返った瞬間、自分とパバリ王さまの脳に治癒をかけなければならない。
そうしなければ、私たちでさえ、おそらく5分と持たずに廃人になってしまう。
そして、数時間に1度は、脳への治癒を繰り返す必要がある。
まぁこれは、私のレベルに達していれば、どうという事はない。
私とパバリ王さまは、ざっくり9000年のうち、3000年は喧嘩をし、3000年は廃人か言葉も交わさず、3000年は愛し合ってきた気がする。
2、3年で、喧嘩と恋愛を繰り返しながら。
身体はいつまでも若いから、子供を作りたいと思うほど、愛し合った時もあるし、今もその気持ちはある。
でも、私の身体は、どんなに長くても3日でリセットされて、青い空の最初の街に戻る。
子供など、作れるはずもない。
不自然な形ではあるれど、愛し合った人と何千年も一緒にいれる幸福と、熟年の夫婦のような腐れ縁の感覚、全てを普通の人生の何十倍も、身体が若いまま味わってきた。
不老不死といえば、そうかもしれない。
地獄の3日間の囚人とも、言えるかもしれない。
地獄とは言っても、大袋に来て2000年経った頃にレベルXになってからは、レベルXボリュームXの日と言えど、楽しく過ごすこともできるようになっている。
私は、ほとんどの時間を自分が幸せなのか、不幸なのかも分からず、生死を繰り返していた。
パバリ王さまとの愛ある関係があったからこそ、9000年以上、私は、自分をギリギリ保っているんだろう。
でも、それにも限界がある。
そんなある日、私からすればつい最近のことだけど、ヤミー殿下とプッチが、この大袋の中にやってきた。
ヤミー殿下が9才、プッチが33才で私と同じ年だった。
一緒に90年ほど一緒にいるうちに、親友であり子供であり孫を持ったような気持ちに、お互いなっていった。
最近は、家族が増えたようで、楽しい時間が生死の間に感じられるようになった。
私は、ヤミー殿下とプッチに心から感謝している。
かけがえがない存在だ。
はじめはヤミー殿下の侍女だったプッチも、だんだん男女として、ヤミー殿下を愛すようになった。
ヤミー殿下の身体は、9才のままだけど、精神年齢は、とっくに大人を超えていた。
もちろん身体と精神の成長は、連動している。
ヤミー殿下は、完全に大人になりきることはないけれど、それがまた、プッチにとっては愛らしいようだった。
私は、プッチとたくさん恋愛やどういう関係を作ったらいいのか、話し合ってきた。
そうして、私は、そんな今も続くヤミー殿下とプッチとの関係もあり、最近は、結構楽しく過ごしている。
万が一、しょうこちゃんの計画が成功して、大袋の外に出れたとしても、私とパバリ王さまは、外には出れない。
大袋の外に出れば、即、死んでしまうだろう。
それは、ヤミー殿下とプッチが来た時にはもう、わかっていた。
大袋の中では30倍のスピードで時間が過ぎているのだ。
私とパバリ王さまの精神は、大袋の外では、とてもじゃないが維持できないだろう。
9000年以上も飽きるほど生き死にを繰り返して、まだ生に執着する自分に、私は、心の底から驚いている。
早く終わりが来ることを、何度切望したか覚えていないほど、私はそう願っていたはずだった。
しかし、それでも私は、まだこの日々が続いてほしいと願っている。
そして、ヤミー殿下とプッチの幸せをも願わずにはいられない。
その幸せが、なんなのか、私には分からない。
分かるのは、今も、幸せを感じる時がちゃんとあるということだ。
そして、私は、それを失いたくないと、心から思わずにはいられないのだ。
でも、ヤミー殿下とプッチは、まだ私とパバリ王さまが外に出ればすぐに死んでしまうことを知らない。
ヤミー殿下とプッチは、精神年齢90年くらいなら、外に出てと、身体と精神のバランスは、なんとかギリギリ保つかもしれない。
だが、おそらく寿命は、それほど長くはないだろう。
なにより、大袋の外では、身分の違いがありすぎる。
王家の人間と侍女など、もってのほかだ。
不遇な扱いを受けるかもしれない。
でも、2人は、大袋の外で子供を持とうとすればできるかもしれない。
パバリ王さまは、そのことを言っているのだ。
私は、パバリ王さまの一言に、何も答えらずにいた。
すると、パバリ王さまが、立ち上がって豪快に笑った。
「ふっふっふっふ!はっはっはっは!
フォッフォッフォッ!」
「どうしたのよ?
急に笑いだして。
気持ち悪いからやめてよ」
私は、パバリ王さまの精神が心配になって、治癒の魔法の準備をする。
「おや?まさかペギルが気づいていないとはな。
さては、能力感知をおろそかにしておったな?」
私は、考え事に没頭して気づかなかった。
明らかにレベル5以上の気配が近づいてくる。
しかも、2つ!
するとそこに、ニョキニョキと巨大なツル植物が伸びてきた。
葉っぱの上には、ゆきるくんがみちなちゃんをお姫様抱っこして立っていた。
なるほど。
確かにゆきるくんは、良いところでちゃんと男を見せてカッコいい。
ふふふ。
みちなちゃんが気に入るのも分かる気がするわ。
ゆきるくんは、ボロボロで本当は自分も立つのがやっとなくせに、みちなちゃんを抱き抱えながら、ドヤ顔で言った。
「ふっふっふ!
パバリじいさん!ペギルさん!
サイクロプスとの勝負、勝ってきたぜ!」
「フォッフォ!
でかした!でかしたぞ!
とんでもない事を成し遂げたな!
前代未聞、史上空前の大偉業じゃ!
勇者よ!望むなら、王になる器量さえあるぞ!
もう、王妃も決まっておるのかな?
フォッフォ!フォッフォッフォ!」
「坊やのくせに、一丁前に目をギラギラ輝かせて!
まだ夜明けまで、だいぶあるわよ?
これはヤミー殿下とプッチが悔しがるかもね!」
そうだ。
私の思考回路は、老いに老いている。
若者たちは、老人の杞憂など、壁を突き破るように前に進んで行くのだ!
やめだ、やめだ!
ああだこうだ考えるのは!
考えるより、感じろ!
今はもう、前だけ見て進もう!
やれることをやればいいのだ。
やってみないとわからない。
私は、もしかしたら、この時のために、今ここにいるのかもしれないのだから!
そして、それは何千年ぶりだろうか、胸が躍るドキドキがあるのは!
あぁ!先がわからないことをやることがこんなにも楽しいなんて!
そして、なんて恐るべき3人の子供だ!
この数千年の常識や変わらなかったことを、出会ってからいくつ破り捨てただろう!
「フォッフォ!
第1ゴール到達じゃな!
見事じゃ!
次の修行の開始は、12時まで待たなくてはならん。
早くいっても魔帝マギルがすぐきて即死が確定しておる。
12時まであと、だいたい8時間ほどあるぞ。
ゆっくり休むとよい。
ちゃんと寝床も持ってきておる」
豪快なパバリ王さまは、町から宿屋一軒をを軽くして、丸ごとそのままここに持ってきていた。
レベルXとは言え、はちゃめちゃな魔法だ。
みちなちゃんは、おそらく崖を登るためにツル植物に巨大化の魔法を使ったのだろう。
その速度と大きさから考えると、レベル5は確実に到達していた。
もしかしたら、それ以上の可能性もあった。
私の能力感知は、自分のレベルの1つ下までしか測れなかった。
みちなちゃんは、力を使い果たしてぐったりしていた。
それもそのはずだった。
「ペギルさん、わたし、お、お腹空いた・・・」
「みちなちゃんのために、おにぎりをたくさん持ってきているわよ。
おいしい水もあるわ。
ゆきるくんも疲れたでしょう。
食べて、一眠りしたら?」
「いや、いや、ペギルよ。
ゆきる坊とみちな嬢を今一度、見るがいい。
もう倒れて寝ておるぞ!
フォッフォッフォッ!こりゃ傑作じゃ!」
ペギル王さまは、あえて、ゆきるくんとみちなちゃんを軽くしないで、おんぶしてベッドまで2往復して連れていった。
頑張った2人の体重をしっかり感じたかったのだろうか。
空を見上げると、もうレベルXボリュームXの落下が始まっていた。
ニンゲンの国の城では、おそらく魔帝マギルがエルフと一緒に、レベルXのモンスターと戦いを始めているだろう。
城には、推定レベルX Xの毛むくじゃらの巨人ユピテルもいるのが、ここからでも見えた。
ユピテルは、このあと大魔法の雲を空に造るだろう。
ニンゲンの国の上空に分厚い雲を造り、そこでレベル4以下のモンスターを消し去る大規模な死滅魔法だった。
モンスターには珍しく、ニンゲンの国に味方するユピテルは、エルフと共に魔帝マギルの相棒だった。
ヤミー殿下の話によると、のちに神々はこのユピテルの魔法をずっと上空に残したそうだ。
それはおそらく、ニンゲンの国の城があった場所に建国されたホウトウの国で、300年前、パバリ王さまを大袋に入れた張本人、王弟ピビルさまの仕業が影響したのだろう。
王弟ピビルさまは、大袋の中からあのユピテルを呼び出したのだ。
ユピテルは、王弟ピビルさまが勝手に大袋の外に自分を連れ出したことで、激怒したらしい。
王弟ピビルさまは、3人の天使に助けられて、その日のうちに大袋や魔法のイス、魔法の木の種など、宝物庫のレベルX以上の宝物を持ち出して、軍隊と共に、あの最初の街がある辺りに逃げ込んだらしい。
そして、王弟ピビルさまは、自らを王を名乗り、ピビル王として、その地に光の国を建国した。
ユピテルは、残された民に同情して、空にレベル4以下死滅の魔法の雲を造ってあげたのかもしれない。
そのあとユピテルは、砂になって消え去ってしまったが、魔法の雲は残った。
ピビル王が大袋からユピテルを連れ出したこと、国を2つに分けたこと、それを天使が手伝ったことを知った神々は、激怒したそうだ。
神々は、大袋や魔法のイスなどを光の国の宝物金庫に悪魔の呪いの契約とともに封印した。
魔法の木の種は、博物図書館に保管した。
そして、天使は悪魔に格下げされてしまった。
それから、コントン島は、神々の戒めによって、南、北東、北西に分断の魔法をかけられてしまった聞く。
そして、神々は、ユピテルの造った魔法の雲を利用して、ずっと消えないように手を加えて残したらしい。
そして、ヤミー殿下とピカリ殿下は、その神々の戒めである分断を解いて、コントン島を1つに戻そうとしていた。
ゆきるくん、みちなちゃん、しょうこちゃんは、更に悪魔をも倒そうとしていた。
私は、その歴史の1つの歯車として、役割があるというのだろうか?
「何を思いふけっておるのじゃ?
今はもう、あれこれ考えるのはやめて、この先の読めぬ可能性に、わしらも飛び込んでみようではないか?」
ペギル王さまは、私の肩にそっと手を乗せた。
「そうね。ちょうど私も、そう思っていたのよ」
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