第20話 みちなは立ち上がる 後編(谷底)
「あぁ!おいしい!
あったかいスープが身体にグッとくる!
生き返る!心も身体も生き返るわ!」
わたしの腹時計によると、今は16時くらいだろうか。
ペギルさんおすすめの薬膳鍋のお店で、わたしたちは、再度集って、早めの夕食を楽しんでいる。
今日は、巨大なハエを倒してから、お昼は食べずに、美ボディのペギルさんと長風呂しながら、沢山の話をした。
わたしは、魔法の属性のこと、この時代のこと、美味しいご飯や甘いもの、美容と健康について、恋愛の話など、いくら聞いたり話しても、尽きることがなかった。
それからペギルさんと、わたしのボロボロの服の代わりに、この街で手に入る1番かわいい装備を選びに行った。
便利な補助効果がついたアクセサリーも、値段を気にせず選びに選んで、最高に楽しかった。
そうして、わたしは、この数時間でペギルさんとすごく仲良くなってしまった。
ペギルさんが言うように、同じ生物の属性同士で気が合うのかもしれない。
ペギルさんは、キレイでおしゃれで身体も大人だし、精神は9000才以上!?という異次元に振り切った存在だ。
ゆきるは、パバリ王と一緒に装備を整えてきたみたいだ。
この格好は、なんなのだろうか、男の子の服装のセンスって、正直言って訳が分からない。
「何よ、その変な格好は。なんか忍者みたいね。
もっとおしゃれな選択肢はなかったの?
色も地味すぎるし。
でも、ゆきるには、妙にフィットしているような気もするから不思議ね。
今度は、わたしが選んであげるようか?」
「なんだよ!分かってないな。
この格闘スーツの素晴らしい機能、付与効果を!
家一軒買えるほどの価値がある、激レアのレベル5の装備なんだぜ!
やっぱりリーダーの装備は、こうだよな!
ふっふっふっふ!はっはっはっは!」
「何よ?それ!
そもそも、女の子がおしゃれしてきてるのに、なんの一言もないわけ?
ゆきる、そんなんじゃ、モテないわよ。
ちょっと!わたしの話ちゃんと聞きなさいよ!」
ゆきるは、これでもかと言うほどドヤ顔でパバリ王と装備の機能について盛り上がっている。
あっちはあっちで、男同士、盛り上がっているようだ。
パバリ王は、ゆきるを気に入っているのがわかる。
孫のように可愛がっているように見える。
「さて、今日のこれからと明日の話をしようかの。
ペギルと話して決めたんじゃが。
わしらは、今日明日でゆきる坊とみちな嬢をレベルXに限りなく近づける特訓を行うことにした。
それは、今は亡き、しょうこ嬢の依頼でもある。
しょうこ嬢の先見力は、末恐ろしいわい。
ハエの討伐にしても、ほとんどの戦略は、しょうこ嬢のイメージ通りじゃったな。
もちろん、具体的な戦術は、わしとペギルで決めたが。
そして、今もなお、しょうこ嬢の計画の上にわしらは、おる。
しょうこ嬢の話によると、どうやらこの世界を作った神々との約束がしょうこ嬢たちには、あるようじゃ。
そして、その神々の加護として水耐性だけすでにレベルXが付与されておる。
そして、ゆきる坊としょうこ嬢の異常な成長率は、違う世界からこちらに来ていることに関係しているかもしれない」
わたしは、しょうこがいつの間にそんな話をパバリ王にしたのか思い返す。
あぁ、あのレストランに向かう道の途中だろう。
たしかにあの時、しょうこは、パバリ王とペギルさんと何かを話していた気がする。
その時に、しょうこは、ハエの来襲が来る可能性があることをパバリ王に伝えていたのだろうか。
しょうこは、一体なにをどんな風に考えて、どこまで見えているのだろう。
もしかして、わたしのゆきるへの気持ちまで?!
パバリ王は、愉快そうに話を続けた。
「フォッフォ!
何より事実として、しょうこ嬢は、自らをも囮にして、ハエを倒す時間稼ぎをした。
そして、わしは、ゆきる坊の心意気もこの目で見た。
みちな嬢の底力も垣間見た。
ペギルの話によれば、魔法の才能に関して、みちな嬢はピカイチじゃな。
ゆきる坊の身体能力もなかなかのものじゃ。
そして、わしとペギルは、しょうこ嬢の計画を信じることにしたぞ!」
ペギルさんは、厳しい教官の役割を楽しんでいるように言った。
「これからニンゲンの国にいきなり向かうわよ。
ふふふふ。
その道の途中には、大地が裂けた狭くて深い渓谷があるわ。
ここには、レベルXのサイクロプスも含めてすでにモンスターがうじゃうじゃいるの。
光る苔の群生地で夜でもそこそこ明るいから、夜中でも大丈夫。
今夜は、満月だし。
ゆきるくんとみちなちゃんには、明日の夜明けまでにその渓谷の底から這い上がって来てもらうわ。
ヤミー殿下とプッチも、レベルXを目指して、よくここでトレーニングしてるわ。
まだクリアした事はなくて、毎回途中で死んじゃうみたいだけど。
これがクリアできて、やっとこの計画のスタートラインに立てるくらいよ」
「えー!おれたちは、今からそんな危険なところに?!
死ぬまで修行ってそういうことなの?
せっかく生き残ったのに。
命がけすぎない・・・?」
絶句しているゆきるを無視して、ペギルさんは、修行の話を続けた。
「私とパバリ王さまは、何十万回とニンゲンの国の宝物庫にチャレンジしてるわ。
宝物庫の門番になっている赤ドラゴンと大蛇は、レベルXよ。
レベルXのわたしとパバリ王さまもノーチャンスで赤ドラゴンと大蛇にやられていた。
相性が悪いのね」
「え?相性ってなに?そんなのがあるの?」
わたしは、お風呂でペギルさんに教えてもらったことをドヤ顔でゆきるに教えてあげることにした。
「ゆきる、そんなことも知らないの?
魔法にはね、生物、エネルギー、物理の3種類があるの。
例えば、生物は、身体強化、生命の治癒と死滅、巨大化と縮小化の3つに枝分かれしているわ。
それぞれ特化能力があって、身体強化は超回復、治癒と死滅は能力感知、巨大化と縮小化は精神操作ね。
そして耐性も水耐性、熱耐性、反射の3種類があるの。
例えばペギルさんは生物属性で、枝分かれは治癒と死滅。そして、熱耐性ね。
生物属性は、エネルギー属性と水耐性と相性が悪いわ。
ちなみに、わたしは生物属性の巨大化と縮小化よ。
ゆきるも生物属性だけど、枝分かれは、身体強化よ。
この魔法の属性、枝分かれ、特化能力、耐性は、変わったり増えたり減ったりはしないわ。
あとは、レベルの差があるだけね」
ペギルさんは、私の説明を聞いてニヤリと笑った。
「そう言うことね。
ちなみに、パバリ王は、物理属性で質量変化、計量が特化能力、そして熱耐性よ。
ヤミー殿下は、物理属性で速度操作、時計が特化能力、そして耐性は反射。
プッチは、エネルギー属性で光量操作、浮遊が特化能力、耐性は反射よ。
そして、赤ドラゴンはエネルギー属性で熱量操作、水耐性。
大蛇は、生物属性で治癒と死滅、反射ね。
ちなみに物理属性は、生物属性が苦手よ。
本当に、私とパバリ王さまは、赤ドラゴンと大蛇との相性最悪だわ」
わたしは、得意げに説明を加える。
「でも、そもそもレベルが1から5、そして更に上にXとXXがあるの。
耐性はレベルが同じじゃないと機能しないわ。
それに、自分よりレベルの低いものからの魔法攻撃は、極端に効果が薄いの。
逆にレベルが高ければ、相性を無視して攻撃できる。
装備も同じよ。
わたしとゆきるは、これからレベルXのモンスターと戦うのよ。
だからレベル5の装備でも機能はほとんど発揮できないの。
装備は、デザインで選んだほうがいいわよ。
つまり、わたしとゆきるはまず、今のレベル4からレベルを上げる必要があるわ」
「みちなちゃん、ちゃんと私がお風呂で話した事が身についているのね。
うふふふふ。
そういうことよ。
それで、ヤミー殿下とプッチがレベル5になってから、この5000回くらいは、なんとか赤ドラゴンと大蛇を倒せることもあった。
でも、まだ犠牲も時間もかかりすぎるのね。
モタモタしていると、ニンゲンの国の城の周りのモンスターの駆除にひと段落したレベルXXの魔帝マギルが、直接宝物庫を見にくるわ。
いつも背中に乗っているエルフは、おそらくレベルXで生物属性、枝分かれは治癒と死滅、水耐性ね。
今回は、ヤミー殿下がいないから正確な時間は測れないけど、12時から15時の3時間だけ、魔帝マギルは、モンスター駆除で宝物庫にこれないことが分かってる。
魔帝マギルとエルフがきたら、もう最後ね。
魔帝マギルお得意の光量操作のレベルXX暗闇攻撃で、いきなり全員視力を失ってしまう。
それからはエルフのレベルXの死滅魔法で全員、瞬殺ね。
きっと私たち4人とも、そのあと生首にされたりしたのかもね」
「え?生首?なんのこと??
ってか、これ無理ゲーじゃない?
魔帝マギルがきたら誰も勝てないよ・・・。
パバリじいさんでも瞬殺なんて!」
「ゆきる、王様にじいさん呼ばわりなんて、もう孫にでもなったの?!
生首のことは、わたしも直接は知らないわ。
ゆきるもわたしも、初日、魔帝マギルが来る前にモンスターにやられてしまったから知らないのよ。
そうね、魔帝マギルは、強すぎるわ。
会ったら最後、ノーチャンスね」
ペギルさんは、ここからが核心とばかりに言葉を強めた。
「そう。その通り。
魔帝マギルが来たら、もうおしまい。
でも、もし、魔帝マギルが宝物庫に来るもっと前に、短時間で赤ドラゴンと大蛇を倒せたら、しょうこちゃんの計画通り、宝物庫の中から探し物を見つけることができるかもしれないわ。
それは、ゆきるくんとみちなちゃんのレベルアップ次第よ。
そして、わたしは、その可能性は、100に1つくらいならあると思う。
神々からの宿題を任された自分たちを信じれるならね」
「フォッフォ!
しょうこ嬢は、死してなお、神々の宿題を本気でクリアするつもりじゃぞ!
痛快!痛快!
しょうこ嬢は、神々を相手取って、ギャフンと言わすつもりなんじゃ!
ゆきる坊とみちな嬢は、さぁ、どうする?
聞くまでもないようじゃが?」
「やるしかないっしょ!!
次の青空の下でしょうこに会ったときに、驚かせてやろう!
しょうこにいいとこばかり、持って行かれている場合じゃないし!
おれは、まだまだ強くなれるのを感じるぜ!」
そうだ、わたしも前を向こう。
悲観は、わたしらしくない。
もうやるしかない。
それに、せっかくならこの状況を楽しんでやろう!
「ゆきる、勢いばかりでわたしの足を引っ張らないでよ?
わたしは、お風呂でペギルさんから色々教えてもらったんだから」
「な、何を教えてもらったんだよ!?」
「そんなの内緒よ!
ヤミー殿下とプッチさんが付き合ってることとか・・・うふふふふ!」
「えー!!!そうなの?!
年の差すごくない?
あぁ、でもここではもう90年くらい過ごしてるのか。
いや、90年ってもう付き合うどころか夫婦超えてない?」
「うぉっほん!
食事も話もひと段落ついたところじゃな。
わしとペギルの馴れ初めも話してやりたいところじゃが。
よし!
では、行こうかな。
ゆきる坊とみちな嬢よ!
その瞳に満ちた希望を、力に変えるのじゃ!
修行の第1段階は、渓谷の底から、明日の朝日が昇るまでに這い上がってくること!
第2段階は、赤ドラゴンと大蛇討伐の時間短縮への挑戦じゃ!
本番は、次の青空の次の黄色い空の日。
宝物庫中でしょうこ嬢が探している魔法の木の種と大袋を見つけだし、元の時代に戻れば成功じゃ!
では、まず明日の明朝、わしとペギルは、ニンゲンの国の城側の大地の裂け目の上で待っておるぞ!
そこが最初のゴールじゃな!
必ず、這い上がってくるんじゃ!
それじゃあ、いくぞ!!
ほい!ほい!」
パバリ王がわたしたちに手をかざすと、わたしたちは、ふわふわと空中に浮き始めた。
気がつくとどんどん街が小さくなっていった。
「えええ?これはどういうこと?ってか、絶対また、おれたち高いところから落下するよな。
パバリじいさん、これってもしかして、おれたちぶっ飛んで行くの?」
「お!ゆきる坊は、察しがいいのう!
よしよし!
なぁに、ちゃんと水の上に落としてやるわい!
そぉれ!それそれ!!」
「ひーーーやっほーーぅ!!!
最高!!!
行っけーーーーぇ!!」
わたしは、風を切って飛んでいくのが爽快でたまらない。
空は、もうすぐ夕焼けで、ほんのりピンクになっている。
高いところには薄い雲、低いところには小さなモクモクとした雲が織り混ざって、見惚れるくらい壮観な空だ。
わたしとゆきるは、渓谷に吸い込まれるように飛んでいく。
そして、あっという間に谷底の水溜まりに突っ込む。
わたしは、体操選手のようにキレイに直立して着地を決める。
何度も落ちるうちに、着地にも慣れたものだ。
ゆきるは、横で倒れていた。
それでも無傷なのは、さすが水耐性レベルXだ。
わたしは、周りの異変に気がついて、ゆきるの手を掴んで、急いで引っ張りあげる。
「ゆきる、さっさと立ち上がって!
また、真っ先に氷漬けにされちゃうわよ!?
わたしたち、もうモンスターに囲まれてるわ!」
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