第19話 みちなは立ち上がる 前編(ハエ)

「わーたーしーのーごーはーんー!!!!

うぉぉぉおおお!!!」


わたしは、心の真ん中から真っ直ぐに突き抜ける怒りを久しぶりに感じる。

思えば最近は、周りに気を遣ったり、遠慮したりして、怒りを抑え込んだりすることばかりだった気がする。

しかし、これは、誰にも気を使わなくていい、抑え込む必要もない、わたしの純粋な正義の怒りだ。


お米1粒には、7人の神様が宿ることを、この下衆なハエは知らないのだろう。

太陽、水、土、風、虫、雲、そして作る人、何が1つ欠けてもお米はできない。

きっと、たくさんの人達の血のにじむような努力の積み重ねで、やっとこの一杯の器のご飯は、ここにあっただろう。

それは、自然の奇跡と人の必死の営みの結晶だったはずだ。


それをこのハエは、一瞬で腐らせてしまった。

もちろん、おかずもだ!

今、わたしが食べていた大事なご飯を腐らせた!!


「おおおおぉぉぉぉおおお!!」


どうしたのか、どうやったのかは、覚えていない。

ふと、倒壊した天井からアシダカクモの仲間だろうか、少し大型のクモが落ちてきた。

わたしは、とっさにクモを手で振り払った。

手がクモに触れた時、静電気がパチンとなったような感覚があった。


クモに何が起こったんだろうか。

クモは、ぐんぐんと大きくなってレストランの屋根があった高さと同じくらいになった。


「うひょひょひょひょ?

なんだなんだ?

いきなり大きなクモが出てきたぞ?

こいつ、我とやる気なのか?

身の程知らずめ!!!」


クモの前には、同じくらい巨大なハエがいた。

ハエは、もうこの巨大さでは飛ぶ気がないのか、どっしりと地面に座っていた。

足元には無数のゾンビのような人たちがいた。

ハエは、人々をゾンビにしてしまったのだろうか?


クモは、巨大なアゴでハエに喰らいついた。

ハエは、面倒臭そうに手足を動かすと、クモを振り払った。


クモは、一瞬でバラバラに切り刻まれてしまった。


「うひょひょひょ!

こんなクモなんか、我にかかれば屁でもないわッ!」


「いやいや、どうして、びっくりしたよ。

クモを巨大化するなんて、やるじゃん!

時間稼ぎには充分!

あとは、僕に任せて!」


ヤミー殿下とプッチさんは、5メートルくらい中に浮かんでいた。

そこから、ヤミー殿下は、ハエに向かって3本の槍を投げつけた。

飛ばされた槍は、明らかに人の力で飛ばせる速さではなかった。


ロジペさんは、ハエの腹に剣を突き立てた。

弾かれながらも、何度も何度も、斬撃を繰り返していた。


プッチさんは、ハエを縦に両断するように細いレーザービームを浴びた。

レーザーを浴びた周りの木の柱などは、切断されていった。


「うひょひょひょひょ!

我をどうしてそんなに弱く見積もるのか、理解に苦しむぞ!

これは攻撃か?痛くも痒くもないぞ!

うひょひょッ!うひょひょひょ!!」


ハエには、ロジペさんの剣もプッチさんのレーザーも、全く通らなかった。

ヤミー殿下が投げた3本の槍は、そもそもハエの頭上を飛び越えて行った。


ハエは、素早く手足を動かすと、一瞬でロジペさん、ヤミー殿下、プッチさんを手足で串刺しにしてしまった。

そして、ゴミを払い落とすように地面に振り落とした。


「やめてぇぇぇ!!」


わたしは、叫ぶしかできない。

もう、わたしには何もできない。

また、わたしは、死ぬんだ。

嫌だ。嫌だ、もう嫌だ。死ぬのも生き返って、また死ぬのも。

逃げたい、逃げれるなら、でも、逃げられない・・・。


ゆきるは、太い柱を巨大な槍のようにしてハエに投げつけた。

人間業とは思えないほどの力技だった。


「だーかーらー!

我を愚弄するのもいい加減にしてほしいぞ!

あぁ、つまらん、つまらん!

うひょひょひょひょ!」


やはり、ゆきるの物を投げるセンスは、素晴らしかった。

ゆきるの投げた木の柱は、ハエの腹に突き刺さるように的中した。

ハエの腹は、一瞬ベコッと凹んで、すぐに元に戻った。

木の柱は、ほとんどダメージも与えずに、ハエの身体に弾かれて地面に落ちた。


ゆきるは、その場で倒れ込んだ。


わたしも身体が言うことが聞かない。

力が抜けて、地面にへたり込む。

ものすごい眠気が一気に襲ってくる。


ゆきるは、ペギルさんに軽々と持ち上げられていた。

ペギルさんは、白目のゆきるを小脇に抱えたまま、わたしの方にきて、ゆきるを横たわらせた。


「坊やもお嬢ちゃんも良くやったわ。

一気に慣れない力を使いすぎたのよ。

しばらく動けないでしょうよ。

不思議ね。こんなに急速にレベルの段階を上げられるなんて。

初めての力の発現がレベル4なんて聞いたことがないわ。

たぶん、もう大丈夫よ。

お嬢ちゃんがクモを巨大化させて、時間を稼いだおかげで、あの巨大なハエを倒す準備ができたわ。

坊やとお嬢ちゃんは、使えそうだから、後でビシバシ鍛えてあげるわね。

今はまず、ちょっとここで休んでいなさい」


ペギルさんは、ハエの方に走って行った。


「お?お?

なんだ?なんだ??

うひょ?うひょひょひょ?」


巨大なハエの周りには、無数のヒモが巻き付いていた。

そして、その紐がとんでもない重さになったかのように巨大ハエを地面に押しつけていった。


パバリ王は、屋根の高さをふわふわ浮かびながら、勝ち誇ったように、号令をかけた。


「フォフォフォ!

まだまだ重くしてやるぞ!!

今じゃ!皆の衆!

このハエになんでもかんでも投げつけろ!」


気がつくとゾンビのようになっていた人たちは、元通りになっていた。何十人という人が巨大ハエに手当たり次第物を投げつけた。


「フォフォフォ!

投げつけろ!投げつけろ!

わしが巨大ハエの上で重さを1000倍にしてやるわい!

潰れろ!潰れろー!!

あれ?」


パバリ王のお腹をハエの巨大な前足が突き刺した。

あっという間に、しょうことピカリ殿下、プップさんも串刺しになっていた。

いまいましいハエの攻撃は、早すぎて1つも見えなかった。

ハエは、大切な人たちをあっという間に、いとも簡単に殺してしまった。


わたしは、感情が全く追いつかない。

もうダメだ。心が折れそう。

しょうこ、死なないで。

ピカリ殿下も、プップさんも、パバリ王も!

人の死が連続しすぎて、死が軽くなっていくのが嫌だ。

大切な人を失うことが、こんなにも、こんなにも・・・。


「うひょひょ!

お前たち!これは流石に効いたぞ!

また我を押し潰そうとするなんていい度胸だ!

このじいさんは、油断しすぎたな!

いい気味だぞ!

雑魚は、串刺しがお似合いだな!

お!さっそくイケニエを1人食べてやろうか!

アスタロトを差し置いて、こんなところまできた甲斐があったぞ!

抜け駆けして1人横取りして2人イケニエを食べてやろう!

ルシファーさまは、怖いから1人を生捕りでお渡しすればいいな!

うひょひょ!うひょひょ!

あれれ?

むむむむ?

ウゲッ!!なんだなんだ?

身体が!身体が熱い!!

あぁぁぁ!

うぉぉぉおおお!!」


ハエの手足は、朽ちたようにバラバラと地面に抜け落ちた。


パバリ王は、巨大なハエの足をズルリと身体から引き抜いて、風船のようにふわりと着地した。

しかし、パバリ王は、ひどい出血だった。

しょうことプップさんは、ハエの足が刺さったまま、ぐったりと地面に倒れていた。


ハエは、どうしたのだろう、様子がおかしかった。

手足を失って、身体中をガクガク震わせていた。


「うひょひょ!

お前たち、我の身体に何をした?!

熱い、あ、つ、い!

あ、う、ひ、ほ、ぞ、めぇーー!!!!

あがぁ!!」


ハエは、ガラガラと崩れ出した。

自重に押しつぶされて、ただの臭い塊になってしまった。


ペギルさんが歩いてこちらに戻ってきた。

ペギルさんの全身は、ハエの体液だろうか?ドロドロに汚れて、きつい異臭を漂わせていた。


「ああああ!!!

なんなのこいつ!臭い!臭すぎる!

最っ悪!!

でも、やっと死んだわね。

私が超過剰回復で、身体をボロッボロッにしてやったわ。

でも、時間稼ぎのために、犠牲が多すぎたわね。

全滅する可能性も充分あったわ。

最低なハエだったけど、侮れない相手だったわね。

マチガイなくレベルXね。

パバリ王さまを治癒したら、お風呂に入ろう。

そうそう、この街には、いい薬湯があったわね。

あぁ、早くお風呂に入りたいわ!」


わたしは、呆気に取られて言葉がでない。


たくさんの人が死んでしまった。

しょうこもやられた。

ピカリ殿下もロジペさんも、ヤミー殿下もプッチさんも。


わたしは、ペギルさんに泣きながらすがりつく。

ペギルさんの身体についていた、気持ち悪いハエの体液がべたりとわたしの身体にもまとわりつく。


「ねぇ、お願い!

ペギルさん、お願い、みんなを助けて!

まだ間に合うかもしれないわ?

ペギルさんなら治せるかもしれない?!

友達が死にそうなの!お願い!」


「はぁ?

わたしの治癒は、ボランティアじゃないのよ?

なんで大安売りみたいに、みんなを助けないといけないのよ!

ばかばかしい!

分かる?分かんないでしょうね!

私は、今もう何百人分も瀕死を救うほどの治癒の力を使ったのよ!

私がなんの代償もなく治癒してると思ってんの?

どうしても治癒したいなら、お嬢ちゃんがやりなさいよ。

できないでしょう?

どうせ死んでも、また生き返るんだから、放っておけばいいのよ。

私が何十万回、死んで生き返ってきたと思ってんのよ。

いちいち、1回死ぬごと、取り乱してんじゃないわよ。

あんな弱っちいなら、少なくとも戦闘では役に立たないしね!

弱いやつは、すぐ死ぬ、ただそれだけよ。

すぐに死にそうなら、そのまま死なせときゃいいのよ!

そのほうが楽なんだから!

それに、残念だけど、もう、死んでるわ。

用事があるから最後の力を振り絞って、パバリ王さまだけ治癒するわ。

それに、もう今はそれで私の身体の限界よ。

これ以上したら、私が死ぬわ。

私たちは、なんとかギリギリでハエを倒して生き残ったの。

お嬢ちゃんたちが連れてきた、この臭いハエにね!

勘違いしないで。

別に、お嬢ちゃんの友達がどうでもいいわけじゃないのよ。

でも、ここではね、大袋の外とは、価値観が違うのよ。

分かったら離れてちょうだい!

お嬢ちゃんまで、こんな汚物にまみれることなかったのに!

もう!あとで一緒にお風呂に行くわよ!

さぁ、どいて!

どいてちょうだい!」


わたしは、ペギルさんに突き放されて地面にへたり込む。

わたしとペギルさんとでは、死と生の感覚が違いすぎる。

頭では理解しようとしても、心がついていかない。


ペギルさんが言う通り、しょうこやプップさん、ハエにやられたみんなは、サラサラと砂のように崩れていった。


大袋からきた人は、ここでは死ぬと砂に変わるのだろうか。

むしろ今は、心が壊れてしまったプップさんの気持ちが分かる。

もう声も涙も枯れて出ない。

あぁ、ダメだ、壊れる、わたしも壊れてまう、心が・・・。


いきなり、わたしは、ゆきるが抱きしめられた。

ゆきるは、ドロドロのボロボロになっているわたしを、強く強く抱きしめた。

涙をダラダラ流しながら、ゆきるは、自分だけのおでこをわたしのおでこにくっつけて言った。


「なぁ、みちな、おれたちは生き残った。

だから、きっと、やらなきゃいけないことがある。

でも、弱いままでは誰も助けられない。

おれは、弱いまま誰も助けられないのは嫌だ!

見ろよ、また、みんな死んだ。

おれの目の前で。

守るどころか守られて、おれは、惨めに生き延びた。

どうする?

みちなは?

おれたちは?

おれは、恥ずかしいよ。

無様に弱いまま自分だけ生き延びて。

じゃあ、死んだ方がマシだったのか?

生きてる意味なんかないのか?

なぁ、違うだろ、みちな!

それじゃ、なんど繰り返しても弱いままだぜ!

おれたちは、強くなろう!

おれは、強くなる!

みちなは、どうする?

みちな、お前もおれに力を貸せよ!

力を合わせて、前に進もうぜ!

みちなが必要なんだ!」


あぁ、ゆきるは、どうして目にこんなに強い希望の光を宿らせているんだろう。

わたしは、もうダメだと思いかけているのに。

でも、ゆきるのこんな姿を見せられたら、ここで引き下がるわけにはいかない。


わたしより2才も年下のくせに、ゆきるもしょうこも果敢に戦っていた。

そうだ、今しょうこが死してなお、しょうこの計画は、生きていた。


やらなければ。

わたしは、計画を進めなければ。

きっとそのためにわたしは、生かされた。

みんな計画を進めるために死んだんだ。


「坊や、良いこと言うじゃない!

弱っちい坊やくせに!

しっかし、揃いも揃って、臭いわね。

さぁ!お風呂に行くわよ!

パバリ王さまもいつまで寝転がってるの!

もうとっくに治したわよ!

パバリ王さままで、どうして何を泣いているのよ!

さっさと起きて!

いい?お風呂に入って、ご飯食べて、昼寝!

そして、起きたら、夕方から修行よ!

坊やとお嬢ちゃんたちは、時間がないんでしょう?

生き残ったからには、死ぬまで修行よ!

坊やとお嬢ちゃんの成長次第では、あの小さい嬢ちゃんの奇跡みたいな計画、100に1つくらいはありえるかもよ?

さぁ、みんな、いつまで泣いてんの!?

私は、お母さんでも学校の先生でもないんだよ!

甘えてウダウダ言うなら、ここで私がじわじわ殺して、命の大切さをまざまざと教えてあげようかしら?」


わたしは、歯を食いしばって、立ち上がる。


「あぁ、臭くてたまらないわ!

ペギルさん、一緒にお風呂に入りましょ!

わたし、ずっとお風呂に入りたかったの!

それに、お腹が空いた!

お風呂!ご飯!昼寝!修行?

とにかく、お風呂に行きましょ!今すぐに!」

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