第16話 しょうこは死ぬたびに開眼する
「ゆきるーーーー!!!
いやぁーーーーー!!!」
氷の塊になったゆきるを抱きしめて、みちなは、叫んでいた。
私は、恐怖で岩に隠れることしかできない。
ガタガタと身体が震えて、どうにも動けないのだ。
人間大の鬼は、そこら中にいた。
鬼からは、肉が腐ったような嫌な匂いがした。
鬼は、ボロボロの服を着て、ゾンビのようにうめきながら、ゆっくりと歩き回っていた。
鬼は、見えるだけで5体はいた。
近くの鬼が、ゆきるを氷にした小さなスライム状のびょんびょんはねるモンスターを美味しそうにシャリシャリと食べていた。
ロジペさんは、鬼と互角以上に闘っていた。
右に左に走り回って、斬撃を鬼に与えていた。
ロジペさんの剣の腕はすごかった。
鬼は、動きは遅いが強靭で、何度も剣で切られても、ロジペさんに向かってくるのを止めなかった。
ロジペさんは、飛んだら跳ねたりしながら、鬼の攻撃をよけていた。
プップさんも鬼に負けていなかった。
鬼よりも筋肉量は勝っているように見えた。
鬼が持っていた棍棒をブンブン振り回して応戦していた。
しかし、もう傷だらけだ。
私には、ピカリ殿下の姿は、見えない。
私の見えないところに隠れているのか、もしかしたら・・・。
空を見上げると恐ろしいほど真っ赤だ。
破壊された街は、廃墟ばかりで、生きた人間は1人もいないようだ。
遠くに巨人が10体くらいゾロゾロと歩いているのが見えた。
どれくらいの大きさなんだろうか。
家一軒など、一瞬で踏み潰せそうな大きさだ。
こっちには来ないでほしいものだ。
私たちは、ついさっき、大袋の中に来たばかりだ。
そう、絶望の中に輝く希望を握りしめて。
最初はよかった、ほんの最初の方だけは。
まず、私たちは、BML877年8月20日午前11時に到着した。
朝とは思えないほど、薄暗く、空は血のように不気味な赤一色だった。
地獄があるとすれば、こんな風だろうか。
廃墟の街に、腐敗臭がむせかえるほど満ちていた。
暑くも寒くもないが、辺りに漂う凶々しさに、悪寒が止まらなかった。
まだ何も起こっていないのに、私は、もう生きた心地がしなかった。
すると、大きなハエが、のこのこと後からやってきた。
これは、予定通りだ。
むしろ、このハエを大袋の中に誘い込んだと言っていい。
私たちは、川の中の大岩からずっとこのハエがついてきているのを知っていた。
そして、その正体が蝿の王ベルゼビュートだと言うことも。
目敏いみちなは、ハエをすぐに見つけると、ピカリ焼きの紙袋をゆきるに渡した。
ゆきるは、素晴らしい運動神経で、油断してるハエをピカリ焼きの紙袋で捕まえて閉じ込めた。
「まてまてぇ!
我は、お前たちを瞬殺できるくらい強いんだぞ!
うひょひょひょひょ!
ハエの姿のまま潰されたら力の見せ場がないぞ!
何も見えないぞ!
ここはどこだ??」
「よし!
今すぐ潰そう!
おれに任せて!」
ゆきるがトレッキングシューズで思いっきり踏むと、ベルゼビュートは「ぎぎゃッー!!」っと、うめき声を上げた。
ゆきるは、鼻を覆いながら、顔をしかめて言った。
「このハエ、なんかすごく臭いな。
うげ。汚い便器の匂いだ。
最悪だな。
うん○丸って名前をつけてあげよう!
ほい!」
ゆきるは、両手でギリギリ持てる重さの岩を紙袋の上に置いた。
「げぎゃー!!
ふざけるな!
我は、ベルゼビュートだぞ!
うひょひょー!!
お前たち、覚えてろよ!
絶対に許さないぞ!!」
岩の上にみちなが乗って立つと「プチッ」と何かが潰れる音がした。
私は、あっけない3大悪魔の1人の最期に呆れてしまった。
「死んだみたいね。
私は、ベルゼビュートにもっと手こずると思ってたわ。
一番弱い悪魔だったのかしら」
ロジペさんは、興奮して拍手をしていた。
「おお!いきなり武勲とは幸先がいいですな!
わたくし、感服いたしましたぞ!」
私たちは、無邪気に戦果を誇って喜びあった。
しかし、良かったのは、この時までだった。
気がつくと、私たちは鬼や氷スライムに囲まれていた。
もう、今は絶望しかない。
ロジペさんとプップさんは、フラフラしながら、なんとか鬼を1体ずつ倒したみたいだ。
倒した鬼は、血も流さずに灰になって散っていくのが見えた。
しかし、鬼は、まだまだいるどころか、15体、いやもっと、増えている気がした。
私は、岩を力強く掴みすぎて、爪から血が出てきている。
赤い空を見ると、まだまだ空からモンスターが雨のように落ちてきている。
ロジペさんは、3体の鬼に噛みつかれてしまった。
ロジペさんの身体はみるみるうちに、緑になり鬼になってしまった。
ここにいる鬼は元々、この街に住む人間だったのかもしれない。
そこに、ゆきるを氷結させた小さなスライムの何十倍もの大きなスライムが、ビョンビョン跳ねながら岩陰から出てきた。
ビョンと跳ねると、無造作に鬼4体を丸ごと包み込んで、一瞬で氷の塊にしてしまった。
ぼとりぼとりと、氷の塊を吐き出した。
よく見るとロジペさんも氷の塊にされて、ぼとりと吐き出された。
プップさんは、青ざめてそれを見て、棒立ちしていた。
その目には、少しの希望も宿っていないように見えた。
ビリビリッと空気が振動して、鬼たちは逃げて行った。
すると、空から異形のモンスターが猛スピードで飛んできた。
象より大きいライオンの身体、巨大なワシのような頭と翼、蛇の尻尾。
あれは、まさしくグリフォンの姿だ!
羽ばたく風圧で、砂が舞い散った。
私は、砂が目に入らないように、手で顔を覆い隠しながら、グリフォンを見る。
グリフォンは低空飛行でぐるりと飛び回って、砂煙をあげて着地した。
グリフォンは、大きなスライムをシャーベットを食べるようにジャリジャリと食べ散らかした。
グリフォンを前にして、プップさんさえも、恐怖で足がガクガク震えていた。
みちなは、グリフォンのそばにへたり込んでいた。
私は、何の声さえも出ない。
地獄だ。私の計画は、何もかも甘かったんだ。
計画が順調に進み、何もかもうまくいくかのように、勘違いしていた。
すでに、計画の実行など到底無理だ。
計画では、これからニンゲンの国の宝物庫に行き、魔法の木の種と大袋を見つけて、大袋に入る前の世界に帰ることになっていた。
そんなことは、不可能だ。
そもそも、1%どころか、万に一つも、この瞬間から生き延びる術はない。
何万回繰り返しても、結果は同じだ。
これがレベルXボリュームXなのだ。
赤い空の下、人間は、ただエサのように食い散らかされるだけだ。
あっという間に、グリフォンは、ネズミでも食べるように、みちなをくちばしでくわえて飲み込んだ。
「み、みちなぁーーー!!」
息を殺して隠れていた私は、思わず叫んだ。
やはりグリフォンは、私を見つけた。
もうお終いだ。
私は、あのグリフォンに食われて死ぬんだ。
そこに、空を駆けるようにして、白いケンタウロスが飛んできた。
背中には、翼の生えた女の子が座っていた。
物理法則をすべて無視したような軽やかな動きに、目を奪われた。
凶々しい黒い鎧に、血で染めたような真っ赤なマント。
王者の風格だ。
恐ろしいことに、左手には、4つの人間の生首の髪の毛が握られていた。
「プッチ!お前なのか?!」
「ヤミー!!!なぜだぁぁ!!」
ピカリ殿下とプップが、生首を見て絶叫した。
あの生首が、ヤミー殿下とプッチさんなのだろうか。
もうだめだ。全滅しかない。
ケンタウロスは、大きめの馬くらいの大きさだ。
グリフォンに比べると、半分にもならない小ささだ。
それでも、ケンタウロスは、グリフォンと戦い始めた。
私たちを助けてくれるなんてことはあるだろうか?
ケンタウロスは、呪文のようなものを唱えると、黒い霧を出した。
黒い霧はグリフォンの頭を覆ってから、グリフォンの目に集まっていった。
グリフォンは、目が見えなくなってしまったようだ。
見えないケンタウロスを探して、狂ったように暴れ回る。
ケンタウロスの背中の女の子は、パタパタと少し上空に飛んで戦いを避けたみたいだ。
ケンタウロスは、グリフォンを剣で攻撃した。
グリフォンの爪がケンタウロスの脇腹を切り裂いた。
しかし、ケンタウロスは、負傷しながらグリフォンを退けた。
グリフォンは、逃げるように飛び去っていった。
ケンタウロスは、こちらを見てよく響く声で言った。
「我が名は、マギル。
ニンゲンの国の守護者である!
やはり、この罪人の生首に見覚えがあるか!
正体不明の者どもよ!
お前たちも決して許さぬ!」
ケンタウロスは、私たちに明確な殺意を持って怒っていた。
ケンタウロスがニンゲンの国の守護者なの?!と、私は思った。
しかし、そんな疑問を持っている場合ではない。
そこに、ずぬっと、巨人が現れた。
でかい。なんて大きさだ。
巨人から見たら、私なんてネズミくらいの大きさだろう。
5階建のビルのような大きさだ。
そして、巨人は、虫を払うようにケンタウロスと翼の女の子を手で叩いた。
ケンタウロスと翼の女の子は、地面に激突した。
見るからに重傷を負っていた。
しかし、なんとかケンタウロスは、起きあがろうとしていた。
力を振り絞って、何か呪文のようなものを唱えると、黒い霧が巨人の顔を包んだ。
グリフォンの時のように、視力を奪うつもりなのだ。
巨人は、頭を2、3度振ると、黒い煙はどこかに消えてしまった。
巨人は、意地悪そうにニタァと笑った。
ケンタウロスの黒い霧は、巨人には効かないようだ。
「くっ、相性が悪すぎる!」
ケンタウロスは、苦々しく吐き捨てた。
巨人は、ケンタウロスと翼の女の子をつまみ上げると、おもちゃで遊ぶように弄んだ。
そして、口の中にパクパクと入れて食べてしまった。
巨人は、逃げまどうピカリ殿下とプップさんを見つけると、簡単に捕まえて、つまみ上げた。
プップさんは、巨人につまみ上げられながら、壊れたように笑った。
「アヒャッ!ヒャヒャヒャヒャッ!アヒャッ!」
巨人は、ピクピク震えながら笑い続けるプップさんをジロジロと不思議そうに見ると、ゆっくり口の中に入れて、もぐもぐと食べてしまった。
巨人は、何かに気づいたように空を見上げると、ゴミのようにピカリ殿下を地面に投げ捨てた。
「あぁあぁ!!!」
私は、もう何も言葉にならない。
あの高さから地面に叩きつけられて、生きている人間はいないだろう。
空高くから、赤いドラゴンをくわえたグリフォンが、凄い速さで飛んできた。
さっきよりも、更にひと回り大きいグリフォンだ。
無傷のこのグリフォンは、絶命しているドラゴンを地面に放り投げると、巨人の足に噛みついて、押し倒した。
巨人が倒れると、地震のようにグラグラと揺さぶられる。
バリバリと地割れが起こって、すでに崩れかけた街の家屋は、さらにガラガラと崩れていった。
私は、もう1体の巨人につまみ上げられながら、それを見る。
あぁ、私は、この数日で、何度死にかけただろう。
しかし、今回は、本当に死ぬ。
何の役にも立たず、何の価値も成果もない。
大袋に入って、ここに到着してまだ30分も経っていないだろう。
無力のまま、虫ケラのように私は、死ぬんだ。
最後にもう一度、母親に会って仲直りしたい。
でも、何をなんて話せばいいんだろう。
どうして、母親は、あの日あんなに私に冷たかったんだろう。
私の母親をするのは、辛いことだったんだろうか。
もっと私にできることがあったはず。
もっと伝えたいことがあったはず。
「お母さん・・・・ありがとう」
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