第12話 しょうこはどん詰まりで笑う

「だずげでぶれー・・」


「見て!あそこに人が溺れてる!」


山の天気はすぐに変わってしまった。

ポツポツと降り始めた雨は、気がつくと雷雨になって土砂降りになっている。


澄み切った川の水は、みるみると濁って、カフェオレのような色になってしまった。


私は、マムシを焼いて粉にしている場合ではなかったと、後悔した。

天気がいいうちに渡っておけばよかった。

濁流は、凶暴な怪物のように恐ろしい。


そんな時、みちなは、人が溺れているのを見つけた。


溺れている人は、川の深いところに突き出た岩にしがみついていた。

まだ生きているみたいだけど、今にもまた流されていきそうだ。


しかも、その先は落差のある滝になっていた。

この雨では、どうすることもできない。


私は、泳げない。しかし、泳げる大人でも、助けることなどできないだろう。


それでも、ゆきるが助け出そうと言い始めた。


「ただ見ているのは、イヤだ!おれたちで助けよう」


「ダメよ!ゆきる。

私たちには、無理よ。

あなたにだってわかるでしょう?

悪魔に食べられるどころか、今死んでしまう!」


「わたし、泳ぐの得意!」


みちなは、いつのまにか緑色の水着に着替えていた。

すぐにも川に飛び込みそうだ。


「そういう問題じゃないの!

泳げる人でも、こんな川で人を助けることはできないわ!」


「じゃあ、どうやって助けるんだよ!

もう、おれたちだけが生き残ることに、意味あるのかよ!

分かってないのは、しょうこの方だろ!」


ゆきるは、強く言い、それに、と続けた。


「ずっと気になっていたんだけど、

最初この世界に来た時に、高いところから池に落ちて無事だっただろ?

しょうこなんか、池に沈んでいた。

暗がりの王もそれで俺たちを怪しんだわけだし」


たしかに私は、池に沈んでいた。

水が身体にいっぱい入って苦しかったけど、平気だった。


普通なら、どうだったろう。もう、普通がわからなくなってきている。


「なにか、水の中では、おれたちに分からない作用が働いている気がするんだ。すぐには死なないようになっている気がする。そうでなければ、今頃とっくに死んでるはずだよ。とくに、しょうこは」


「で、でも、そんなこと不合理すぎるわ!」


「たしかに不合理だけど、試してみる価値はある。

おれはやってみようと思うよ」


「あ!しょうこの仮説とも繋がるかもね。わたし、身体の70%は水でできてるって聞いたことがあるわ」


「2人とも、落ち着いてよ。どうかしてるわ。

多少なにか水に対する耐性があったとしても、いきなり今試すのはリスキーすぎるわ。

ぶっつけ本番でやるのは無理よ。無事な保証がないわ!」


ゆきるは、イライラしながら言った。


「やっぱり赤の他人は、知らない人は助けるべきじゃないのかよ。頭でっかち!」


「違う!助けたいわよ!ばか!できるなら。でもうまくいく可能性が低すぎるわ」


「じゃあ、何%なんだよ」


「な、なにがよ!?」


「あの人を助けるのが成功する見込みだよ」


「き、聞いてどうするのよ!ばからしいわ」


「言えよ!」


ゆきるは、キツイ目でこちらをにらむ。ゆきるも本気なのだ。


「そ、そうね、よくて5%ってとこね。

まず、普通に私たちが川で大人を助けられる可能性は0%に近いわ。絶対無理。

でも、空から落下した件、私が助かった件は、ゆきるが言う通りよ。

たまたま起こる可能性は0%よ。

ほぼ100%未知の力が働いたはず。

この国の人たちの言葉や文字を、なぜか分かることもそう。

なにかの力を神さまから付与されていると私も思う。

だけど、それがまた都合よく機能するかはわからない。

回数制限があるかもしれないし、なにか条件があるのかもしれない。

私は、10に1つも、うまくいかないと思う。

5%、あるかしら、当てずっぽうの見込みではね」


「よし!俺も同じくらいの確度だと思ってたよ。案外気が合いそうだな」


「5%は無謀よ!あの人もいつ流れて行くかわからない。川は、水量も流れの速さも、さっきまでと全然ちがう。雨もまだどんどん降ってる。流されたら、滝から落ちてしまう!」


「だから、今行くんだよ!

5%の可能性に賭けられなくて、おれたちの困難を打開することなんかできやしないよ。

おれたちの宿題を解決できる可能性は、5%より高いのかよ。

絶対低いよな。

それに、助けられるのは、今しかない」


「でも、無理よ!行かないで!」


「行くぞ!」


「待ってました!」


「待って!」


私は、2人を失いたくない。

生きてほしい。

青ざめて、絶叫して、号泣して、2人の手を掴む。

でもただ、ここで泣いているだけでは、何も解決しない。

行動しなければ。


生と死は合わせてしまえば同じかもしれない。

宇宙の小ささなことかもしれない。

でも、その小さなことの積み重ね、小さなことが実際起こるためにこの宇宙はあるんじゃないのか。

そうでなければ、最初から無のままでいいはず。


すべてが無価値なんじゃなくて、全てに価値がある。

全てを等しく愛せばいいのだ。

全てを愛することなどできるだろうか?

私を傷つけたすべてのものも?

ネコを殺した車も?

苦痛も?残酷も?誰かを傷つける人も?戦争も?犯罪も?


確かに愛すことより、無にする方が楽で簡単で、現実的だと思えるかもしれない。

でも、難しいから、簡単な方を選ぶのはどうなんだろう。

それに、全てを無にするのも難しいことだ。

神さまにしかできない。

全てを無にするのも、全てを愛すのも、どちらも難しいことなら、私は、愛を選ぼう。

私は、2人の無事を願う。

そうだ、願いだ。

願うこと、それから全て始まる。


私はもう、賢さを隠したりするのはやめようと決めた。


何もかも全力で行動しよう。

2人を助けるために。

大切な友達のために。その家族のために。

そして、見知らぬ誰かと、その家族のためにも、何もかもなりふり構わず、できることをしよう。

それが、山火事を小さな雫で消そうとするようなことだとしても。

人は毎日争い、地球のどこかで戦争をしている。

殺し合っている。

願いが、たりないのだ。

利己的で、戦争をしたり、人から何かを奪うような考えを越える願いが。

人の願いは弱い。

自分のことばかり。

もっと欲張りにならなくては、自分だけでなくて、人や環境をも巻き込むくらいに。


ねがえ!ねがえ!ねがえ!

愛せ!愛せ!愛せ!


いかに、私がその理想から今遠くても。


私は、無力だ。

泳ぐことさえできない。なにかできることはないか。


川の真ん中の岩まで遠すぎる。この流れでは、泳げる人でも、岩にたどり着けずに滝に落ちるだろう。


岩は大きくて、登ることもできない。

おまけにこの大雨だ。つるつる滑る。

溺れている人は、見るからに身体が鍛えられている。

それでも、岩の端に掴まるのが精一杯だった。

じゃあ、どうするか。


私は、覚悟を決めて言う。


「私も行く!」


「はぁ?!しょうこは泳げないじゃない!わたしたちに任せて、避難してて」


「しょうこまで助けることになってしまうぜ。

おれたちが泳いでいくよ」


「考えがあるの!足手まといにならないから!」


私たちは、上流に全速力で走る。

そして、狙いを定めて、川に飛び込むポイントを決めて、ロープで3人を繋いだ。

そうだ、泳げはしないが、流されることはできる。


わたしの予想どおり、あの岩に向かって、流れができている。


普通なら溺れて死んでいただろう。

不思議と苦しくはあるが身体は動く。

水で死なないように、不思議な力が働いているのは間違いない。


やっとのことで、私たちは、岩に流れついた。


私たちは、協力して、岩にロープを巻き付ける。

雨が降り注ぐ中で、濁流と闘いながら、私たち3人でなんとか巻き付ける。

これでつるつるとした岩に登れるだろうか。


みちなが最初に岩に登った。


「行けるよ!ゆきる、その人にロープを巻き付けて。首を絞めないようにね。わたしが引っ張り上げる!

なんか力があふれてくるわ!」


「よしきた!

出来立てのマムシの粉末を飲んでおいて、よかったのかもな!」


私は、ロープの端を自分の身体に巻き付ける。

私の体重も使って、みちなもロープを引っ張って、ゆきるが持ち上げて、人を岩にあげる。


「うんとこしょ!どっこいしょ!」


それでも人は持ち上がらない。


「しょうこ、なにそれ?うんとこしょ?」


「どっこいしょ!おれはどこかで聞いたことが」


「私も分からないわよ!!」


私たちは、何度も何度もかけ声を合わせた。

小柄な人でよかった。

なんとか、溺れていた人を岩の上に上げることができた。


岩の上で、私たちは、力を使い果たして、ただ激しく息だけをした。


溺れていた人も、自分で水を吐き、うずくまり荒く息をしていた。

なんとか助かったみたいだ。


私は、泣きながら、ゆきるとみちなを抱きしめる。


「やばかったね。危険すぎるけど、わたし、楽しかった!うんとこしょ!どっこいしょ!!」


「水は、やっぱり大丈夫そうだな。普通ならおれたち死んでたぜ。

火も大丈夫かもしれない、試してみるか」


「滝から飛び降りたら楽しいかも!行ってみる?」


「絶対だめ"ー!!」


私は、泣きすぎでぐちゃぐちゃになってしまっている。


みちなは、「ごめんごめん。しょうこは、小さくて泳げないのに、よく頑張りました」といいながら、私を抱きしめてくれた。

それから、ふと気づいたように、みちなは言った。


「あれ?でも、この岩からどうやって向こう岸に渡るの?この人どうするの?」


「いや、おれ1人でも無理だよ。さらに水量増えてるし」


「しょうこなら、何か考えがあるんでしょう。わたしには、わからないけど。ねぇ、しょうこ?」


私は、思わず笑って答える。


「ふふ。それは今から考えるのよ。たしかにどん詰まりね」


少し小雨になった岩の上で、私たちは、大笑いした。

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