第11話 ゆきるはネコに名前をつける
「これならできるわ。わたしに任せて。ゆきるも結構上手ね。あれ、しょうこ、もしかして不器用なの?」
「私、こういうのは苦手なの。なんか面と向かって言われると、恥ずかしいわ。私が作ったの、見ないでくれる?」
「そーかそーか、今日はしょうこの苦手なことがたくさん分かって、とても気分がいい日だな。
ロープ作りは、おれとみちなに任せてよ。
しょうこは、葉っぱを取り除いて表皮をはがす工程にしよう。
しょうこの作ったロープに命を預けられないよ。あ、命を預けるのは、しょうこですけどー!」
「何をニヤニヤしてるのよ!ムカつくわね!誰にでも長所と短所くらいあるわ」
2時間前、おれたちは、西の山を少し下ったあたりで、川に突き当たった。
おそらくコントン川の上流だろう、流れは早いが川幅は30メートルくらいだ。
川の真ん中に大きな岩がある。
100メートル先は崖になっていて、落差10メートルほどの滝になっていた。
おれたちは、しょうこの頭の中の地図、みちなの腹時計、方位磁石を使って、順調に西に向かっていた。
川さえ渡れば、光の国は、もうすぐだ。
泳いで渡るのに良さそうなところで、しょうこは言った。
「ごめんなさい。私、ぜんぜん泳げないの。どこか泳がずに渡れそうなところを探したいんだけど」
「なるほど。そうか。
おれなら、なんとか渡れそうだけどな。
上流に行っても、渡れるとは限らないし、今度は険しくなって登れないかもな。
そうだ、川を渡るには、ロープがあればいいよ。
おれがロープを渡したら、伝ってなんとか、渡れるかも。昔、じいちゃんに、教えてもらったんだ」
「おじいちゃんすごいね。
たしかにしょうこ、運動苦手そうだもんね。
わたしは、泳ぐの大好きだから、多分大丈夫。
でも、ロープなんか、どうするの?ゆきるも持ってないでしょう」
「ごめんなさい。私、足手まといで。
2人なら渡れそうなのに。
でも、ロープなら作れるかもしれないわ。
歩きながら見たの。
この山には、カラムシが群生しているわ。
この植物の表皮を使って、ロープを作れるはずよ。
作ったことはないけど、作り方は知ってるわ」
「わたし、ツル細工とか得意だよ。カゴとか色々作ったことあるの!やり方教えてくれたらできるかも!
でも、作ったことないのに、作り方を知ってるなんて、しょうこ、変人だね。
頭の中どうなってるのかしら」
「カラムシ、なんか聞いたことあるな。
そうだ、昔、おれ、キャンプの時に、ロープ作ったよ。
これまたじいちゃんに植物の皮からロープを作るの教えてもらったんだ。
もう作り方、忘れちゃったけど。しょうこの知識があれば、思い出せるかも。カラムシって、これ?」
「あなたのおじいさん、山に詳しい人なの?
その葉っぱは、違うわ。こっちの葉っぱよ。
葉っぱの裏が白いのがカラムシ。
葉っぱを切り落として、皮をはがすの。
作り方を教えるから、作ってちょうだい」
「おれのじいちゃん、長野で生まれ育って、山のこと、キャンプのこと、色々教えてくれたんだ。
去年、亡くなった時、すごく悲しかった。
でも、地元の人からも県外の人からも尊敬される人で、お通夜には、300人くらい弔問にきたんだ」
じいちゃんのことを思い出すと、涙が出てくる。
そうだ、おれには、山のことを教えてくれた、じいちゃんとの時間も刻まれているんだ。
そうして、おれとみちなは、ロープを作っている。
しょうこは、黙々とカラムシの皮をはいでいる。
おれたちのロープは、やっと15メートルくらいになっている。
「ねぇ、そろそろ13時だし、休憩してご飯たべない?」
「でた、みちなの腹時計!これが侮れないから、面白いよな。お米を少し持ってるから、今からおれが作るよ。
みちなは、もう少しロープ作ってて」
「ちょっと、ゆきる。あなた天才なの?
そのバックパックなんでも出てくるわね。
わたしのあんこは、入ってないの?」
「なんでも出てくるわけじゃないんだよ。
あんこなんか、ないよ。
あ、そういえば、おしるこサンドならあったな。
お父さんの地元の愛知で昔からあるお菓子なんだって。
あーでも、粉々になってるな。
お、ひとつだけ無事なやつ。
はい、あげる。
それと、食べ物は、あと即席麺が二袋だけだな。
夜には光の国につかないと」
「おぉ、なんだ、この素晴らしいお菓子は。
ビスケットとこしあんを合わせるだと!
こ、これは無限に食べれるやつだな。
でかした!でかしたぞ!粉になってるやつもくれ。
よし、ロープはわたしに任せろ!」
おれは、石を集めて風よけを作って、小枝を集める。
燃料もあるし、メスティンでお米を炊けるだろう。
3人分には少し足りないから、少し具材を足して、お粥にしよう。
やっぱり、外でご飯を炊くのは楽しい。
そうだ、まだおれたちは、生きている。
おれたち3人だけのように心細いときもある。
でも、これまで出会った人たちの知恵や経験が助けてくれることもある。
我ながらお粥作りは、順調だ。
持ってきた塩で味を整える。
バックパックには、紙コップと割り箸も入っている。
いつか何かに役立つことを想像して準備していたものが、活躍することが、心から嬉しい。
あぁ、最高の気分だ。
「ありがとう。あったまるわ。
ゆきるがいれば、至れり尽くせりね。
でも、私たち、こんなに呑気でいいのかしら。
あぁ、また胸が苦しくなってきたわ。
あと35時間以内に悪魔が来るのよ。
それなのに、ロープ作りなんて。あぁ」
「しょうこ、悲観しても状況はよくならないよ。
ロープは作れたら、また何かの役に立つよ。
そういえば、またネコどこかに行ったね。
でも、あのネコさ、わたしに全然懐かないのよね。なんでかしら。しょうことゆきるには、懐くのに」
「みちなはいちじくが好きで食べてたでしょう?
ネコにはいちじくは、毒なのよ」
「え?そうなの?じゃあバナナは?おれバナナ好きなんだけど」
「あのネコは、バナナは好きかもしれないわね。
食べ過ぎなければ、猫にも栄養になるわ。
あのネコ、なんとなくゆきるのことが好きな気がするわ。
食べ物くれる人は、ネコにとって大事だしね」
「おぉ!あのネコ、見る目があるな。
それにしても、しょうこは、すごい知識量だよね。
人間飛び越えて、宇宙人みたい。
できないことも多いけど。
無人島に行ったら、最初に死ぬのはしょうこかも」
しょうこは、急に立ち上がると、不機嫌な顔で離れたところに歩いて行ってしまった。
「あれ?おれなんか変なこといったかな?」
「トイレでしょ。ゆきる、あなたもう少しデリカシーを持った方がいいわよ」
しばらくすると、ネコを抱き寄せて、しょうこが帰ってきた。
おれとみちなは、ロープを完成させつつあった。
思いつきで、おれは、ネコの名付けを提案してみる。
「そういえば、そのネコ名前つけてなかったね。
そうだ、このおれが素晴らしい名前を付けてあげようではないか!」
しょうこはキョトンとしていた。
「名前?なんで名前なんてつけるの?一匹しかいないのに」
「いやいやいや、名前はまずつけるでしょう。
だって、しょうこは、前ネコを飼っていたんでしょう?
なんて名前だったの?
わたしだったら、なんて名前にしょうかなー」
「私、名前、つけなかった。ネコって呼んでたわ。他にネコはうちにいないし」
おれは、正直、こいつはヤバいやつだと思った。
でも、おれは、変わってるやつは嫌いじゃない。
じいちゃんがよく言っていた。
よそ者、変人、若者を大切にするチームは、強い。と。
おれは、言いたいことを飲み込んで、まずは名前をつけることを優先することにした。
「よーし、それはそれとして、じゃあとにかく名前をつけよう。まず、しょうこの案を聞こうかな」
「もしどうしても名前をつけるなら、どうしようかしら。
しょうこを並べ替えてこしょう、こしょうの成分にピペリンというものがあるの。
分子構造もネコみたいでかわいいし、ピペリンなんてどう?」
「はい、意味不明!
却下だよ、そんなの。
ピペリン?なにそれ、覚えにくいし」
しょうこは、フキゲンそうに俺をにらみつけた。
おれは、しまった言い過ぎたと思った。
「だーかーらー!ゆきるは、もっとデリカシーを持ちなさいよ。
さっきわたしが言ったばかりでしょ?
それに、アイディアの出し合いに、ダメだしはNGよ。
そんなんじゃ、リーダーは任せられないわ。
ま、おしるこサンドの件もあるし、大目に見てあげるわ。
じゃあ、ピーちゃんはどう?」
「ピーちゃん、ピペリンのピーね。いいわ。私は賛成よ。ゆきる、決めてちょうだい」
「いいね!決定!ピーちゃん!
そして、リーダーは、おれに決定だな。
おしるこサンドは、もうないよ」
「なんで、おしるこサンドがもうないのよ!やっぱりリーダー失格だわ!
それより、ねえ、しょうこの足元にいるの、何かしら」
「あぁ、これは、マムシよ。さっき見つけたの。
たまたま見つけて、頭を踏み潰したわ。
ラッキーね。これは最高の回復サプリメントになるわ」
「いやだーー!!わたしは蛇こわいよ。しょうこ、なんで平気なの?大丈夫?かまれてない?」
「いつの間に!?
蛇をやっつけるなんて、しょうこにしては、やるじゃん。
蛇なんかどうするの?なんのサプリメントになるの?」
「ブーツだったから、余裕よ。
作るのは、マムシの粉よ。滋養強壮ね。
私、ちょっと仮説があるのよ。
ここにきて、傷の治りが早いわ。
額のキズももう、治ってる。
もしかしたら、漢方も普段より、効くかもしれない。
リーダー、皮と内臓を取って、焼いてちょうだい。
私、できないから」
「おぉ!リーダーに任せておけ。やり方ちゃんと教えてくれよな」
「ゆきる、あなたは、単純なところが長所ね。
それに、たしか、しょうこのお母さん、漢方薬剤師って言ってたよね。なんか、すごいね。
わたしは、無理。絶対無理だわ」
おれは、気がついたら、マムシをさばいている。
でも、きっと、これでいい。
おれたちは、うまく行きそうな気がする。
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