第9話 ゆきるは悪魔の契約書に署名する
おれは、首と手に鎖のひんやりとした金属の冷たさを感じる。
兵士たちに、城の中の大広間に連れてこられてしまった。
カベには、大きな絵の書かれたタペストリーがかかっている。
空から無数の流星が落ちてきて、何体もの怪物が人々を襲っているように見える。
タペストリーの下部には、この絵のタイトルだろうか、「BML877.8.19レベルXボリュームXの日」と書いてあるのが分かる。
周りには100人以上はいそうな兵士に囲まれている。
みちなとしょうこもいるし、逃げるの難しそうだ。
王座だろうか、大袈裟な椅子に、まさにこの国の王さまであろう威厳のある老人が座っている。
兵士たちの取りまとめ役だろうか、王さまに報告しているのが聞こえる。やっぱり言葉は分かるようだ。
「ダブズル王にご報告致します。
館での作戦は、すべて完了しました!
兵士の損害は、特にありません。
今のところ、普通の子供たちのように思われます。
これまでのところ、魔法はおろか、大人以上の力は、一つを除いて確認されておりません」
「ふむ、ボッゲン兵隊長よ、任務と報告ご苦労であった。
大人以上の力とは、何かな?報告せよ」
「大きな危険として、一つだけございます。
それは、神々の博物図書館から取り寄せた本を読まれたことです。
まさか、言葉や字を理解して、読み込むことまでできるとは。
該当の書物は、こちらでございます」
「なに!これは3日後の光の国のとの戦争のために用意していた重要な書物だぞ。
読んだら3日で忘れてしまう魔法かがかかっておるから、まだ館に置いておったのじゃ。
これは困ったな。むむむむ。
しかし、まぁ、よいじゃろう。
城や街が消し飛ばされたり、兵士が殺されたり、すぐに国が危険になるようなことが、なくてよかった。
場合によっては、3日後に戦争どころではなくなる可能性も、充分にあったからな」
おれは、嫌な汗が止まらない。なにかやばい罪に問われてしまいそうな感じがする。
おれたちをここで殺すことも、簡単なことだろう。
すると、王さまと思われる老人は立ち上がった。
そして、広間全体を見渡して、よく響く声で堂々と話始めた。
「わしは、この暗がりの国のダブズル王じゃ。
コントン島の北東部を治めておる。そして、大穴の管理者じゃ。
まず、言っておこう。
わしには、お前たちが、味方なのか、敵なのか、今もわからない。
そして、今も、わしは、お前たちの敵でもなければ、味方でもない。
だが、この国で犯罪をした以上、この国の法律が定める罰を与える必要がある!」
おれは、ダブズル王に、気圧されて、声がでなかった。
たしかにそうかもしれない。
おれたちは、やり過ぎてしまったかもしれない。
もう今となっては、反省しても遅すぎるが。
しょうことみちなも、兵士たちも、王の話を固唾を飲んで聞いていた。
静まり返っている広間で、さらに暗がりの王の声が響いた。
「それでは、異例なことだが、この王みずから罪と罰を言い渡す。
ひとつ、王の私有地である草原に勝手にはいった罪
ひとつ、王家の館に不法な侵入した罪
ひとつ、王の自宅で勝手に食べ物を食べた罪
ひとつ、王家に伝わるコップを壊した罪
そして、何よりも一番重い罪は、国家機密である、王の本を読んだ罪だ。
ボッゲン兵隊長、本を持て!」
ボッゲン兵隊長は、召使いに長テーブルをもってこさせた。
そして、そこに、しょうこが館で読んだ本のうち、5冊ほどの大小さまざな本を並べた。
それから、本を開くと、ほとんど白紙か、または、見たことがない文字が、白紙の上に点々と残っているだけだった。
そして、よく見ると、背表紙や表紙の文字も消えていた。
「これがなによりもの証拠じゃ。神々の博物図書館の書物は、読めば字が消えてしまう。本に書かれた知識は、お前たちに盗まれた。これは、死刑でも足りないくらいの重罪じゃ」
しょうこは、それを聞いて青ざめていた。そして、しょうこは、重々しく口を開いた。
「本を読んだのは、私だけです。どうかその罪と罰は、私だけに!2人は、一冊も一文字も読んでないの!お願い。うがっ」
兵士は、しょうこの鎖を強く引っ張った。
しょうこは、首が締まってゲホゲホッと喉を詰まらせた。
ボッゲン兵隊長は、厳しい口調で言った。
「だまれ!王の前で、発言は許されていない!」
「まぁ、よい。
言いたいことは、言わせてやれ。
どちらにせよ、お前たち3人の罰は、決まっておる。
全員死刑じゃ。
死刑!
それ以外は、ないぞ。
王の敷地に、勝手に入っただけでも、その場で殺されても仕方がないほどの罪じゃ」
ボッゲン兵隊長は、改めて言った。
「レベルXボリューム2に、罪状を言い渡す。
この国の法律に公平に則り、
国の重要な情報を盗んだ罪とその他の罪で、明日朝城門にて、3人を公開死刑とする!」
おれたちは、だまってうなだれた。
そこで、暗がりの王が、笑うのをこらえるように口を開いた。
「しかーし、お前たちは、空から落ちてきて何も知らなかったことでもあろう!
ふふふ、わしは、寛大な王じゃ。
特別に、この約束の書類にサインするなら、鎖を外して、国の外に放してやろう。
これは、わしからできる、ささやかな手助けじゃ。
そうでなければ、法律に従って、明日の朝城門で、公開死刑になるじゃろう!」
おれたちの前に、大きな巻物が置かれ、コロコロと開かれた。
約束の書類には、こう書いてあった。
「ベルゼビュート、アスタロス、ルシファー、この3人の悪魔は、3日後にレベルXボリューム2の3人の命を食べることを条件に、3日後の光の国との戦争で暗がりの国に加勢する」
しょうこは、絶句していた。
それから、しょうこは、目を皿のように書類を読んでいた。
おれも、なんとか目を通す。
すでに、約束の書類には、悪魔3人と暗がりの王のものだと思われる署名が、記入してあるようだ。
読めない文字が多くて、おれには正直よくわからない。
みちなは、喜びさえして、あっけらかんとして言った。
「やったー!いいじゃん!すぐに署名しよう!わたしは、もう一度お腹いっぱいご飯を食べたい!」
「何をバカなことを言ってるのよ。
私は、絶対にいやよ!
こんな理不尽な契約に署名なんて!
なにもかもうまくいかないことばかり!
あまりに運がないわ!
このままでは、なにもどうすることもできない。
もう終わりだわ。
どうしたらいいの?
あぁ、また、どん詰まりだわ」
しょうこは、誰にともなく、文句を垂れている。
おれは、みちなの声を聞いて、はっとして目を見開く。
そして、ゆっくりと、目を閉じる。
そして、サーフボードの上に座って、プカプカと波待ちをしている海の上で、父に言われた言葉を思い出す。
晴れた早朝の空では、トンビがピーヒョロロと鳴いていた。
「いいか、ゆきる。
今日みたいに、全くいい波が来ないこともある。
それでも、海の上にこれたこと、今があることは、自然の恵みだ。
海に、文句を言うな。
命があることに感謝して、チャンスを待つ時間も楽しめば、そのうち、いい波が来ることもある。おっ!」
そう言って、父は、思いっきりパドルした。
そして、その日、結局一回きりだった波に、父は乗った。
朝日に光る父の姿を、おれは、はっきりと色彩豊かに脳裏に焼き付けた。
おれは、ゆっくりと目を開くと、2人に言う。
「たしかに、こうなったら仕方がない。前に進むしかない。おれたちには、まだ何か可能性があるはずだ」
しょうこは、案の定「いやよ!絶対ダメ!」と言った。
おれは、それに構わず、しょうこの名前と合わせて3人の名前を約束の書類に書く。
署名した瞬間、おれは、冷たいものが全身に触れたように、背筋が寒くなって、ゾクリとした。
しょうこは、怒りを通り越して、あきれながら抗議した。
「ちょっと勝手なことしないでよ!こんな不当な契約に署名するなんて!!」
おれは、冷静に言う。
「じゃあ、明日の朝、処刑されるのがいいのかよ。
それにお前が本を読んだせいで、罪が重たいんだぞ」
「ケンカしないでよぉ」
みちなは、オロオロと泣いている。
しょうこは、絶望して、言葉を失っているみたいだ。
おれは、決意をして2人に言う。
「必ずチャンスはめぐってくるさ。
チャンスを引き寄せるしかない。
今は、おれたちに明日があることに感謝しよう」
ボッゲン兵隊長は、約束の書類におれたちの署名がしてあることを何度も確認していた。
それから、約束の書類を巻いて収めると、ゆっくりと歩いて、ダブズル王の玉座の前にひざまづいた。
そして、ボッゲン兵隊長は、ぎょうぎょうしく両手でその巻物を王に献上した。
ダブズル王は、巻物を手に取ると、コロコロを開き、約束の書類の一文字一文字内容を改めて確認した。
もうすでに暗がりの王は、満面の笑みを隠していなかった。
玉座から立ち上がると、大きな声をとどろかせた。
「あっはっは。よしよしよし!
よーーーし!うはははーー!!!
これですべてうまくいく。
兵隊長、皆のものご苦労であった!特別に褒美を取らせる!
この3人にも、そうじゃな、水と寝床くらいは、用意してやれ。
城外に放すのは、明日でいいじゃろう!
しっかり見張っておけ!」
おれたちは、ボッゲン兵隊長と数人の兵士に連れられて、簡素な寝床に案内された。
疲れ果てたおれたちとっては、充分なベッドだった。
おれは、そのまま気を失うように眠った。
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