第7話 仕掛けられた館でしょうこは本を読む

私は、分厚い雲を抜けて、猛スピードで落下している。


雲の高度、上空2000メートルほどからの自由落下。

時間にして1分ほどだろうか。

その速度はおよそ時速120キロメートルにも達するだろう。


強い横風が吹いて、私は、落ちながら流されていく。


となりには、年の近い2人がいた。


「ぎゃーーーーーー」


「・・・・・・・・・」


私は、静かに目を閉じて、手を合わせる。


また私は、死ぬんだな。

やっぱり人の命は、はかないもの。

そうか、死んでしまえば、人も砂も同じ、ネコも水と同じ。

あるものもないものも同じになる。

母親も私もネコもりんごも、全ては、無から生まれて無に還るその途中。

意味や価値はあるのではなくて、自分が決めていただけ。

いいことも悪かったことも、生まれたことと死ぬことに比べれば小さなこと。

何かに執着しても、生死さえ、大きな宇宙の永い永い年月の中では、小さなこと。

全てはただの執着。されど執着。

執着をなくして無になるか、執着を最大化するとどうなるのだろうか。

すべてものに等しく執着することなど、人にできるのだろうか。

しかも、この孤独な私が。

雲の近くにいる今にかぎれば、雲をつかむ方がまだできそうだ。

流石に、1日に2回目の臨死体験をすると、達観してくるなと、私は少し自分に呆れながら思う。


みちな、と言っただろうか、ちょっと年上の女の子が叫んだ。


「きゃーーーー!!

わーーーい!!さいっこう!遊園地みたい!

わたし、これからどうなっちゃうの??

見て!草原の向こうに大きな黒いお城があるよ!ほら!街もある!」


私たちは、三者三様に小さな池に、真っ直ぐに落ちた。

その勢いで、池の水は大量の水しぶきになった。

池にもし小さな魚やカエルがいたら、一緒に宙に飛び散っただろう。

しかし、池には、これといってなんの生き物もいなかった。


私は、手を合わせたまま、胸までの水位しかない池に沈んでいる。


「く、苦しい。死んでいるはずなのに」


私は、ゆきるとみちなに池から引きずり出される。


私は、うっすらと目を開けると、すぐに四つんばいになって、バーっと水を口から出す。

私は、な、なぜ生きているんだろう?いや、死んでいるのかもしれない。いや、2人を見ると、それは無さそうだ。


私は、2人と名前だけの自己紹介をした後、しばらくの間、どうしていいかわからずに、1時間ほど、池の周りでじっとしていた。


すると、みちなが何かを見つけて指差した。


「ねぇ、あれを見て!けむりが立ち上っているわ!」


私たちがいる池は、小高い丘の上にあるようだった。その丘の下には、何か石造りの立派な建物が見えた。

そこにいけば、温まることができる火があるのだろうか。

噛むは、煙突からモクモクと出ている。

私たちは、もちろんまだ友達でもなんでもなく、話すこともなかった。


私は、ゆきるが「まず行ってみよう」と、つぶやくの聞いて、何となしについていく。

気候は、少し寒いくらいだ。

このままでは、カゼをひいてしまうかもしれない。


私たちは、何も言わずにその館を目指して歩き始めた。

ずぶぬれで、よろよろ歩きながら、周りをながめていた。

急展開にまだ心がついてきていないのか、まだほぼ初対面でどうしたらいいのかも分かない。


歩く足が背の低い草にぶつかる音だけが鳴っていた。

不思議なほど、生き物の気配がしなかった。


私は、歩きながら、頭を最大限働かせて、考える。

7日間で問題を解決するということは、どういうことだろう。

規模はわからないけど、そんな短い時間で国と国との問題を解決できるはずがない。

しかし、初めから無理な話ならそもそも話が成立しない。

やはり、何か可能性があるのだろう。


とにかく、まず、情報が少なすぎる。

遅くとも今日か明日で解決に必要な情報を手に入れて、解決にできるだけ多くの時間を割きたい。

0の状態から7日で解決できる問題ということから逆算してもいいかもしれない。

それとも、事態を一気にひっくり返す、一発逆転のヒントを探さなくてはいけないのかもしれない。

なにごとにも、結果には原因がある。

まずは、原因を探そう。


空は、厚い雲がどこまでも続き、重々しかった。

雲は、何ヶ月もそこにあるかのような重厚感があった。

平原の草木は半分枯れて、花もひとつも咲いていなかった。

すっかり秋になっているかのようだった。


くねくねと迷いながら30分くらい歩いただろうか。

私たちは、煙の立ちのぼる建物まで、なんとかたどり着いた。

庭の入り口に大きな門があった。大きくて重厚な門のとびらは、少しだけ開いていた。

門の中には、大きな庭と大きな建物があるのが見えた、


「失礼しまーす」


「ごめんください」


私は、どんどん勝手に入っていく2人の3歩後ろで「勝手に入ってはいけないよ」と小さな声でつぶやく。


「じゃあ、なんでここまできたんだよ。

それにおれの服は、アウトドア用だから、歩きながら乾いたんだ。

ほら、もうぬれてないんだぜ。

お前たちは、ぬれた服のままでいいのかよ

風邪ひいたらどうするんだ?」


私は、ゆきるが自分の小さな声をちゃんと聞いていたことに、まずびっくりした。

私は、なにも言えず、ついていく。


結局私たちは、キョロキョロしながら、館の門をくぐり、庭に入っていった。


私は、植木や芝を見て、きちんと手入れされた庭だなと思う。

不安で仕方がない私は、通ってきた門がまだ半開きになっているのを振り向いて確認する。

何かあったら、ここから走って出れるだろうか。

大きな館の入り口には、なぜかカギがかかっていない。

灯りはついているし、人の気配はするような気がするが、どうやら無人のようだ。

私には、館の中が手入れが行き届いているように感じられる。

この館は、クツは脱がずに入るタイプのようだ。

よほど位の高い人の館なのだろうか、上品な内装だ。

館の外は、曇りでうす暗かったが、館の中は、ロウソクの灯りで調光されて、居心地がいい。

今は、お昼なのだろうか。少し空腹を感じる。

そして、この先から食事のいい匂いがする気がする。


大広間には、大きなダンロがあり、ちょうど衣服を干せそうな台が置いてある。


ソファには、身を包むのにぴったりな毛布が3つ置いてある。

誰がどうして置いたんだろうか。


大きなテーブルには、食べ物が用意されている。

私は、テーブルの上に残されたメモを見つける。「レベルXボリューム2用」と書かれていた。業務連絡用の走り書きのような字だ。

色々考えていると、私は完全に置いていかれてしまった。

私は、空腹にまかせて食事にかぶりつく2人を、止めることができない。


大きなトリ肉のグリルはよく火が通って、いかにもジューシーで、骨がすぐに外れるほど柔らかい。

みずみずしいフルーツとサラダは、この上なく新鮮だ。

パンは、こんがりと焼き立てになっているし、いい匂いだ。

ホワイトシチューは、湯気をたてて温かかい。


ゆきるの食べ方は、見ていて気持ちがよかった。

他人の家の食べ物を勝手に食べているとは思えない、図々しい食べっぷりは、もはや見事だ。

ゆきるは、右手にグリルチキン、左手にパンを持って、シチューにパンをつけながら、バクバクと口に放り込んでいた。

モグモグしながら、コップに水を注いで、ゴクゴクと飲んだ。


「はぁー!うまい!生き返る!」


みちなも、他人の家の食事を勝手食べていることを、もう忘れているようだった。


「すごーい!ホテルのブッフェみたい!

フルーツいっぱいある!

このいちじくは、絶対美味しいやつだわ。食べる前から分かるもの!

チーズもあるし、パンに乗せて食べよう!

この生ハムも!」


私は、一人でおしゃべりしながら食べているみちなをみて、感心する。

きっと、全然打ち解けない、気まずい空気を、どうにかしたい思いも少しあるのだろう。


私は、部屋の壁がぐるりとすべて本だなになっていることに気づく。

ここには、何百冊あるのだろうか。

あとで館の主人になんて言えばいいのだろう。

もう常識の通じないことばかりで、感覚がマヒしている。


それにしても、子供だからといって、こんな勝手なことが許されるのだろうか。

まるで、私たちのために準備したような感じも不思議だ。

いったい館の主人は、どこに行ったのだろう。人はいないようだが、気配はするともしないとも言えない。

2人の様子を見ると、食事に毒が盛られていることは、なさそうだ。


私は、服を干しながら、毛布に身を包み、少しだけ食事をする。


みちなは、お腹がいっぱいになって安心したのか、寝心地がよさそうな1人用のソファを見つけて、すやすやと昼寝している。

ダンロの火があたたかく、気持ち良さそうだ。

これなら、服も着ながら乾いていくかもしれないと、私は思った。


ゆきるは、気が休まらないのか、ダンロに木材を投げ入れたり、バックパックの中身を確かめて、ごそごそしていた。


私は、気になる本を見つけて、ダンロの近くの明るいソファで、何冊かを開いてみる。


「あれ?読めるわ。どうして?」


思わず、私は、驚きが口から出てしまった。

本を開くと、みたことがない文字だ。

しかし、驚いたことに、読むことができる!

読めない文字もあることから考えると、日本語でも知らない文字は読めないのだろうか。

ここにあるのは、難しい本が多く、私でも一部しか理解できない。

それでも、なぜか字を読めるところをみると、この国の人たちと言葉が通じるかもしれない。

それはそれで、不思議なことだ。


本だなから、私は、気になる本を取り出す。

特に小さなテーブルの上に重ねられた本は、面白そうだ。

他にもたくさんの本が床に崩れ落ちたかのように置かれて、イスの上などに乱雑に置かれている。


よほどの本好きか、片付けるのが苦手なのだろうか。

本だな以外は、召使いでもいるかのように、きちんと整理整頓された館の中で、本の散らかり方は、異質だ。

まるで、まさに片付ける途中で、あわててバラバラに床に落としてしまい、急ぎの用が入って中断し、放置されたようにも見える。


私は、そんなことより、本が気になる。

本だなには、気になる本がたくさんある。


コントン島の地理と気候

落下物の目録AML1200年〜AML1500年

ネズミになる秘薬 改訂版

知恵の実はりんごかバナナかいちじくか

コントン島の歴史

巨大なネコについて

ピビル王の自叙伝

鍛冶屋と悪魔

レベルXボリュームXの日について

光の国の宝物庫目録

コントン島の植物と薬学について

など。


私は、周りが見えなくなるくらい集中して本を読しまった。気がつくと、もう夜になっている。

私がダンロに干していた衣服にふれると、あたたかくてサラサラとしている。

乾いた服にやっと着替えることができて、私はホッとする。


テーブルでは、ゆきるとみちながもうとっくに、夕食を食べている。

私は、色々な疑問は、一度割り切ってしまうことにした。

私も、2人と同じテーブルで夕食を食べることにする。

ゆきるがダンロで温めてくれたおかげで、トリ肉が入れられたシチューは、再び湯気を出して、美味しい匂いがする。


そうして、私たち3人がまた同じテーブルについた。

すると、みちなが、唐突に話を切り出した。


「ねぇ、そろそろ、ちゃんと自己紹介しない?わたしたち3人で、力を合わせる方がいいみたいだし」


「そうだな。巨大な隕石が発見されてから、何もかもめちゃくちゃだよ。

お互いのことを話しながら、状況を整理しよう」


私は、キョトンとして、ここで初めて巨大隕石のことを聞く。


「え?巨大な隕石ってなによ?私たちの乗っていた飛行機を壊したものじゃないの?私は何も知らないわよ」


「え??わたし、巨大な隕石のことは、みんな知って飛行機に乗ってると思ってたよ」


「そこからかよ。

じゃあなんで、しょうこは、あの飛行機に乗ってたんだ?

家族の誰かと一緒じゃなかったのか?

家族の誰も隕石について知らなかったってこと?」


私は、青ざめる。空港があんなに異常な雰囲気だった理由が、やっとわかったような気がする。


「私は、隕石のことを何も知らずに一人で飛行機に乗ってたの。

理由は、、あとで話すわ。

まず、その隕石の話、詳しく聞かせてほしい」


ゆきるとみちなは、たどたどしく、ニュースで聞いた話を私に話し始めた。

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