第6話 暗がりの王は戦争の勝利を確信して笑う


「むむむむむ」


早朝から暗がりの国のダブズル王は、城の西側の塔にいた。

そして、バルコニーから外を見渡して、どうにも落ち着かない。


どんよりと薄暗くて分厚い曇り空の下に、コントン島があった。

直径50キロほどの小さな島で、真ん中には1000メートルの山があった。

島の南側半分は、黒々とした森が広がっていた。

島の周りは、グルリと海で囲まれていた。


そして、北東側に広がる草原の真ん中に、モクモクと湯気を上げるポカンと空いた大穴あった。

直径1500メートルにもなりそうな大穴の側面には、無数の灯りがついていた。

大穴は、無数の亀裂から海水が侵食しており、深さは300メートルほどで、海面に達した。

その海水は、地殻あたりでマグマに温められて、いつでも湯気を上げていた。

大穴からは、名産の塩が採れた。


大穴には、大きなクレーンのような、滑車のついた大型の塩を採るための仕掛けがいくつも設置されていた。

また、大穴には無数のロープが張り巡らされていた。

アミ目になっているところもたくさんあった。

まるで上から落ちてくるものを、できるだけ受け取ろうとしているかのようだった。

大穴の入り口の縁は、街になっていた。

Qの字のように、穴の中に突き出た丘の上には、大きな黒い城が立っていた。

10を越える三角の屋根の上には、数メートルはありそうな長大なトゲが何百と生えていた。

トゲのいくつかには、巨大な怪物が身体を貫かれまま骨になっていた。

中央には、ひときわ大きな三角の屋根があった。

城の四つの角には、それぞれ10階建分はありそうな高い塔が立っていた。

日中でも薄暗い空の下、黒い城は、無数の灯りによって、彩られていた。


兵隊長ボッゲンの報告によれば、コントン山の山頂に住む怪鳥も、黒い森のサイクロプスも、特に異変は見られない。

海の巨大魚たちも、落ち着いているようだ。

大穴で行っている塩の採掘も問題ない。


今日の天気は、曇りで風は強いが、気温は低めだ。

この300年、この島では曇りと雨ばかりだ。


この日、朝から何かが起こりそうな胸さわぎがしていた。

良いことか、悪いことかはわからないが、なにか大きなことが起こりそうな予感がしたのだ。

3日後にひかえた、光の国との全面戦争に向けて、気が立っているからかもしれない。

両国の建国300年という節目の戦争だ。


暗がりの国も光の国も、それぞれ国民1万人、兵士500人くらいの規模だ。

武器は、剣や弓などで、基本的に歩兵だけだった。

この島には、戦争用に飼い慣らされた人が乗れる家畜もいない。食べるために、わずかな牛や豚、ニワトリなどの家畜がいるばかりだ。


実は、暗がりの国も光の国も、空から降ってきた恐ろしい武器や爆弾や魔法兵器を多数、所有していた。

しかし、これらの使用は、戦争といえど、禁止だった。

お互いが使えば、島の人も動物も全滅になってしまうからだ。

残るのは、規格外の化け物たちだけだろう。

そんなことは、誰も望んでいないのだった。


これまで、お互いの国を滅ぼして、島を統一するために何度も戦ってきた。


ダブズル王の願いは、ただ1つ。それは、島の統一によって、暗がりの国の天気を晴れにすることだ。

この晴れる日のない、曇りと雨ばかりで昼と夜がはっきりしない天候の呪いを解くことだ。

しかし、このままでは、明確な勝敗がつかないだろう。


この300年続く天候の呪いによって、作物は育ちにくく、食べられる動物も減り、病気が流行った。

多い時で5万人いた島の人口は、今や2万人までに少なくなった。そして、毎年、暗がりの国も光の国も共に、人口が少なくなる一方だった。


最近では、黒い森に住む、植物王も身体を弱めて眠りについていた。

この島の未来を明るくするために、本当は、どうしたらいいのだろうか。


そして、予感の通り、ダブズル王は、分厚い雲が1ヶ所、ピカリと光るのをすかさず見つける。


この国では、時々、まるで神様が、おもちゃ箱におもちゃを投げ込んだかのように、雲の中から色々なものが落ちてきた。

その時は、必ず雲がピカリと光った、

ほとんどの場合は大穴に落ちるのだが、今日のように風が強い日は、大穴以外に落ちることもあった。

この国の人間は、小さな時からピカリと光る雲を見上げ、落ちてくるものを見つけるのが習慣だった。


四つの塔のバルコニーにはそれぞれ、見張りと望遠鏡が設置されていた。

落ちてくるものは、危険な怪物や、意味不明なもの、ゴミにしか見えないものなど、さまざまだった。

時には、驚くような機能を持った機械や、魔法がかかったような道具など、有用なものも落ちてきた。

例えば、城の塔に置かれた大型の双眼望遠鏡も、空から降ってきたものを直したものだった。


暗がりの国では、落下物にレベルを設けていた。

ほとんどの場合、特に最近は、レベル1から3(小から大の非危険物)、つまりゴミやガラクタのようなものばかりだった。

それでも、年に何回か、数が多くて危険なこともあった。

レベル1でも、落下数1000以上だとボリュームXに分類された。その時は、大量の落下物から身を守るために、屋内に避難が必要だった。


ダブズル王は、バルコニーに置いてある、大きな金色の望遠鏡をのぞきこむと、光った雲の中から何かが落ちてくるのが見える。

ダブズル王は、すぐに得体の知れない3人に気づいた。

雲の高さから落下する3人をみて、短くつぶやく。


「死んだかな」


そうだ、あの高さから自由落下すれば、子供であれ戦士であれ、まともな生物であれば、即死は確実だ。

怪物であっても、あの高さからの落下では、たいてい死ぬ。

しかし、天変地異クラスに強い怪物は、生き残ることがある。

それは、レベルXと言われ、別格だ。

文献によると、レベルXは、ここ300年落ちてきてはいない。

おそらくレベル5(通常怪物能力)のボリューム2(落下数3から10)だろう。


最近では大きくても、5メートルほどの雪男(レベル5ボリューム1)くらいだ。

30年ほど前に落ちてきた、その雪男は、今も城の屋根のトゲにささっていて、骨だけになっている。

実際、空から落ちてきて、地面の上で壊れたり、死んでいるものを見つけることも多い。


どうやら、ダブズル王が休日に暮らす王家の館からほど近い、小さな池の上に落ちそうだった。

あの池は、深さもあまりなかったはずだ。

あの辺りは全て国王所有の草原で、だれもいないし、近くにその館以外何もなかった。

それに城からも近かった。


色々と手を回すには、好都合の場所であることに、暗がりの王は、少しだけ安心する。

ダブズル王は、望遠鏡をのぞいたまま、近くにいるボッゲンに兵士を広間に集めるように指示する。

ダブズル王の近くには、ボッゲンと2人の部下、召使いが数名いる。

死体を確認して、何か問題がないか調べに行かせる必要があるだろう。


すぐにボッゲンは、となりにいた部下に「目的はレベル5ボリューム2の回収。広間へ兵士20人を集めろ!」と、落ち着いて指示を出した。

部下は、規則正しい動きで兵士を集めに行った。


ところが、3人が着地した池をみていると、1人立ち上がり、2人立ち上がり、池に沈んだ3人目を引き上げた。

まさか、無事のようだった。


あまりのことに、いやな汗をかきながら、どうしたらいいのかわからなくなる。


「これはいかん、いかんぞ!

なんなんだあの3人は、とんでもないぞ!ちっとやそっとの怪物ではないわい!

ものすごくやばいのは、マチガイない!!」


そして、召使いたちに望遠鏡を一番遠くまで見れるよう設定するよう指示する。

それから、1人1人をよーく見る。


「しかし、どうやら見た目は、ただのヒョロヒョロとした子供たちのようだな。

むしろ、世間知らずな雰囲気さえあるぞ。

いや、ち、ちょっと待てよ。

おぉ、そうだ!こうしよう。

こ、これは面白いことになってきたぞ。

相手は未知の力を持った3人だ。

そんなにうまく行くだろうか。

いや、うまくやる必要があるし、そ、その価値があるぞ!!」


ダブズル王は、大声でボッゲンに言う。


「兵隊長!早く、早く!すぐに兵士を集めろ!レベルXボリューム2じゃ!

兵士50人、いや兵士100人だ!粗相するようなやつはダメだ!

手先が器用で、気が利く優秀な兵士から集めてこい!」


ボッゲンは、すぐにもう1人の部下に指示を出した。

部下は、「繰り返す!レベルXボリューム2!レベルXボリューム2!緊急事態発生だ!!」声を張り上げながら、大急ぎで塔を降りていった。


まず、ダブズル王は、塔の上から広間に向かいながら考える。


「まったく得体の知れないこの3人だが、うまく利用できれば最高だぞ。そのためには、しっかり準備しなくては。レベルXの落下物は、300年ぶりだ。しかも、このタイミングで!」


すぐとなりにいるボッゲンは、暗がりの王の独り言を漏らさず聞いていた。

この国には、王以外の明確な身分はないが、人望と仕事ぶりを評価されて、兵隊長を務めていた。

兵隊長とよばれているが、ボッゲンは、武人というよりは、非常に優秀な執務官だった。


「ダブズル王さま、どのような準備をいたしましょうか?」


ダブズル王は、考えながら少しずつ作戦を言葉にしていく。


「3人が着地した池のちょうど近くに、高いカベに囲まれた、王家の館がある。

まずは、そこにおびきよせて足止めしろ。

そして、3人が持つ、だいたいの力の規模を測れ。

本当は、あまり自分がリラックスするための大切な館を荒らされたくないわい。

場合によっては、消し飛ぶかもしれんしな。

でも、今はそんなことを言っている場合ではないわ。

それから・・・」


ボッゲンは、話を聞いて、そんなにうまくいくだろうかと、まず思っただろう。


しかし、ボッゲンは、これまでも、多くの難しい作戦を成功させてきた。

ボッゲンなら、成功させるだろうと、ダブズル王は確信している。


「かしこまりました。すべてうまくいくように取り計らいます」


大広間の玉座に座るダブズル王の面前で、ボッゲンは、選び抜かれた兵士100人と召使い50人に大急ぎで準備をするように細かい指示した。


ダブズル王は、ボッゲンの兵隊長としての仕事振りに満足した。そうだ、ボッゲンに任せておけば、うまくいくことマチガイなしだ。


ボッゲンは、兵士と召使いたちと足早に広間から出て行った。


それからダブズル王は、人払をすると、玉座の奥の通路に進んでいく。

そこには、代々暗がりの王に受け継がれたカギで開く、秘密のドアがある。

ドアの向こうには、地下の大広間に向かう階段が続いている。


ダブズル王は、険しい顔でお城の地下深くにある悪魔の祭場に、1人で向かう。


地下には、真っ暗な暗い大広間があった。

ロウソクの灯りは、祭場の辺りだけを照していた。

そこには、この世界でもっともおそろしい3人の悪魔がいた。

祭場には、ハエ、ロバ、コウモリの絵柄の3つの台座が置かれていた。

それぞれの台座の上にはあやしい影のような、黒い存在が動いていた。

3つの影は、灯りに囲まれていても、少しも照らされることはなかった。


祭場につくと、ダブズル王は、わが友たちよ、と親しげに話しかける。


何代も前の王の時代から悪魔たちは、ここにいた。

最初はやはり、空から落ちてきたのだろうか。


暗がりの国王は、代々悪魔たちと対話し、力を授かってきた。

とはいえ、悪魔たちは、イケニエにケチつけてばかりで、ほんのわずかしか力を貸してくれないのだった。


300年前のピビル王は、レベルXのモンスターが暴れる国を捨てて、コントン島の反対側に光の国を作ったという言い伝えがあった。

国を分断したことに神々は怒り、暗がりの国は、毎日が曇りや雨になるように呪われてしまった。

そして、神々は、コントン島の北東、北西、南をそれぞれ行き来できないように分断の呪いもかけた。

その呪いを解くには、光の国を滅ぼせと、悪魔たちは言うのだった。


歴代の王たちは、この300年、悪魔たちの退屈しのぎに付き合わされているようだった。

そして、3人の悪魔は、待っていたかのように話しだした。


「うひょひょひょ。ダブズル王よ。我らへのイケニエは、決まったのか?戦争に力を貸してほしいなら、何度も言っているが特別なイケニエが必要だぞ」


「そうよン。そうよン。特別なイケニエよン。あッたしたちには、お前の国にいるような普通のやつでは足りやしない。これまで連れてきたような奴らでは、お話にならないわン。何か面白いものは、また空から落ちてきてないのかしらン。光の国を滅ぼして、毎日晴れることのないこの呪いを解くがいいわン」


「クフフフッ!

たとえ、あんたをイケニエにしても、あたしにはまだ足りないね。

それにしても、あんたの国にいるのは、つまらんやつばかりさ。

うちらが満足するイケニエさえ用意できたら、この戦争であんたを勝たせてやるのにね。

まー、そんなイケニエ、この300年なかったけどさ。

だから、いつまでたっても、この国は勝てないのよ。

でも、まさか、なんの手土産もなく、ここにきたわけじゃないでしょうねぇ?」


ダブズル王は、悪魔たちに今日のレベルXボリューム2の話をする。


そして、悪魔たちは、ついに納得して、約束の書類を作った。


ダブズル王は、静かに書類を受け取り、地下から階段を上って、玉座のある広間に戻る。


「くくくく、あっはっは!!どうやらツキが回ってきたみたいだぞ!」


玉座のダブズル王は、もう作戦が成功したかのように、一人で高笑いする。

もう、戦争の勝利さえ、決まったようなものだ。

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