第6話 ストレス解消

 昨日入れたスニー9,500株、東京半導体製造1,700株、信越ケミカル1,900株の買いの寄成注文は、今朝何事もなく約定した。約定単価はスニー@5,100円、東京半導体製造@17,145円、信越ケミカル@10,300円だ。簡単に言うと、朝イチの取引でスニー9,500株を5,100円で買いましたということらしい。


 「例えば、5,000円でスニーを10,000株買いますという指値注文もできるけど、株を買うときは、値段は気にしないで買いますという成行が普通だ。今の価格から上がると思って買うんだから。しかも、その日の最初に寄成で買うか、最後に引成で買うかのどちらかで注文を出す。ちなみに、私も4,550円で10,000株スニーを持ってる」

 「私の買値より安い……ざっくり、500円超×10,000株で五百万円以上も含み益ですね!」

 「含み損益は金額じゃなくて率、%で考えろ。12%の含み益だ」

 「何で買ったんですか?」

 「三月のこの辺で、ローソク足が間を開けて連続で落ちてるだろ? スニーみたいな超大型株で売られる材料が何も出てないのに三空なんて滅多にない、誰かがぶん投げているから拾ってやったんだ」

 「何にもないのに急にこんなに下げてるところ買うの怖くないですか……?」

 「怖いところを一歩踏み出さないと勝てないよ」


 怖いところを踏み出さないと勝てない……頭の中で、サキ先輩のこの言葉が反芻した。これは株の世界だけのことなんだろうか? サキ先輩が自分の人生で体得した、何かすごい大事なことを言っているような気がする。少し緊張するが、これは聞いてみないと……!


 「今のサキ先輩の言葉って……、その、ヤ、ヤンキーの処世術ですか?」

 「……は?」

 良いことを言った風で決め顔をしていたサキの顔が曇ったと同時にカップ麺を食べていたみやこは吹きだし、あすかは大爆笑した。

 「ぶふぉっ……まぁ、その見た目じゃあ自業自得よね」

 「だからその恰好やめろっていったじゃん、うひーあははははは」

 「そんなに笑わないでくださいよ、二人とも!」

 怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしたサキを横目に、あやが目を細めてゆりに説明をした。

 「サキも一年前は制服をもきちんと着こなして、黒髪ストレートで古風なお嬢様のようでしたわ。まぁ中身がアレなので、今の恰好がサキらしいですが……」

 「昔のサキ先輩、見てみたいです!」

 「……私もサキ先輩のお嬢様姿気になります……」

 「あら、ゆきのちゃんまで。良い写真があったかしら……」

 あやは自分のスマホに指を滑らせ、いくつか写真を検索すると二人の机の間にスマホを置いた。

 「これは去年の裏生徒会の集合写真ですわ」


 二人が写真を見ようと身を乗り出し、五人の女子が教室に並んで座っているところが見えたところで、サキがスマホをさらってしまった。

 「恥ずかしいからやめろっての!」

 「どうして? 綺麗だから良いではありませんか」

 「半笑いでよく言うよな……!」

 「あらいやですわ、いつも笑顔が私のモットーでしてよ。決してあなたの昔の姿を晒して、後輩と一緒に楽しもうなんて魂胆はなくってよ」

 「大ウソつきが……ほら、スマホは返すよ」

 ゆりとゆきのは顔をぷくっと膨らませて軽く抗議をした。

 「え~、いいじゃないですかぁケチ~」

 「……サキ先輩のいじわる……」

 「うるさい! 私も高校デビューでおしとやかさんな高校生活を過ごそうと思ったんだけど、裏生徒会に入って市場と戦ってこの姿になるしかなかったの! もうあの恰好はできねぇよ!」

 サキのこの魂の叫びを聞いて、くすくす笑っていたみやこは真顔になった。そして、みやこのジト目が冷たく光り、言った。

 

 「そうね、ゆりちゃんとゆきのちゃんにはこれを説明しないといけなかった。あななたち、ストレスに負けないように逃避先を見つけなさい。サキのこの姿はストレスへの防衛反応なのよ」

 一年生二人はこの言葉を聞いて固まってしまった。

 「……そんなに大変なんですか?……」

 「買いでも売りでも、自分のポジションを持ってすぐ含み益になるわけじゃない。含み損のまま持ち続けることもあるし、含み益になっても確定させるタイミングが難しい。それ以外にも、ストレスは色々あるし、三年間ずっと続くの。だから、ストレスに負けないように何か逃避先を見つけて。ちなみに、私は食べることが好きだから間食がストレス解消かな」

 みやこはカップ麺に残っていたスープを一気に飲み干し、くぅ~っ!!とおじさんみたいな声を上げて満足気な顔を浮かべた。

 「おっさんじゃん……、特にジャンクフードが好きなんだよ。一年のときにはじめて一緒にマ〇クでポテト食べ」

 「おいやめろ馬鹿あすか」

 みやこはあすかを思いっきり睨んで口止めした。


 「そんなに食べて太らないんですか?」

 「ふっふーん、ゆりちゃんちょっと来て」

 自慢げな顔でみやこはゆりに手招きをして、近づいてきたゆりに自分の脇腹をさして言った。

 「ちょっと触ってみて」

 「はぁ、では失礼して……うわっ、全然お肉ない!」

 「すごいでしょ、私太らないのよ」


 ドヤ顔のみやこにゆりは冷静な目を向けて考えた。

 (でも、背が低いから単に成長しにくい身体なだけだったりして……)

 「みやこ先輩、ちょっと上の方も失礼しますね~」

 「あ、ちょっと……!」

 ゆりは思い切ってみやこの胸を揉んでみると、確かな重みと柔らかみが手に伝わってきた。自分の胸を揉む感触よりしっかりとした手応えを感じ、手から零れ落ちる大きさだった。食べた分が全部胸に行くタイプか……、羨ましい。

 「あれ、見た目では分かりにくかったんですけど、胸はしっかりありますね。あや先輩もゆきのちゃんも大きいし、売り豚ショーターの方たちは……」


 そこまで言ってゆりは、頭に電撃が走ったかのようにはっと手を止めた。重大な事実に気づいてしまい、目の瞳孔が大きく開いた。

 「私もあすか先輩もサキ先輩も、買い豚ロンガーの人たちの胸は小さいショート……」

 「胸の大きさは関係ないし、まだこれからですわ!」

 あやが慌ててフォローしたが、成長の時間が少なくなってきている貧乳認定された二人の先輩の目は虚ろになって、マダセイチョウキダカラと繰り返し呟いていた。

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