第5話 初めて選ぶ銘柄

 「サキ先輩、ROEと経常利益率のチェックでかなり消えました」

 「3割強ぐらいしか残らなかっただろ?」

 「はい、ちょっと驚きでした」


 62社の中で残ったのは、行橋電機、スニー、アドバン検査、山梨ロボット、ユーデン、東京半導体製造、森下検温器、明治電工、扶桑化学、東京曹達、徳曹達、信越ケミカル、花皇、伊勢トラック、愛知自動車、鈴木バイク、日本楽器発動機、立石電機、大日本液晶、イヒ化成の20社か。

 「ROEの基準をクリアしているなら商社も入れていい。卸売りや小売りは利益率が低く出るから」

 商社を入れると27社になるが、残った会社は概ね想定通りの会社だ。好調な半導体系と高収益体質の化学系、他はグローバルでトップオブトップの企業たち。ただ、ゆりは一般消費者向けの企業しか知らないだろうから、どうやって投資対象を選ぶのか、センスが問われる。はっきり言って、今回の銘柄選びはテストだ。

 

 「ここからどう選んだらいいんですか?」

 「ここからはお前のセンスが問われるから、雰囲気で選んでみろ。チャートを見てこれから上がりそう、とかこの会社や業界はこれから伸びそうとかさ。ゆきのはどう、もう決まった?」

 「ゆきのちゃんは、信越ケミカル20百万円、東京半導体製造30百万円ですわ」

 「うわ~マジか!! ……あやお前、入れ知恵したのか?」

 「ゆきのちゃんが自分で選んだのよ。ゆきのちゃん、理由は?」

 「……指標の良さ、高い収益体質と成長分野にある半導体を持っている会社で選びました……」

 「よく半導体を選べるよな、ど本命じゃねぇか……ゆり、同じ銘柄は選べないから今聞いたやつ以外から選べよ」

 「ゆきのちゃんはすぐ選べたのに、私は何も選べないぃぃあばばばばば」

 「その白目剥いた顔、人間捨ててるだろ」


 奇行種ゆりは置いといて、ゆきのが選んだ銘柄は完璧で、理由も簡潔明快だった。ROEや利益率などの指標の良さで信越ケミカル、東京半導体製造の右に出る銘柄はないし、半導体は足元好調なうえに、その好調さはしばらく続きそうだ。十二月のアメリカの緊急利上げに端を発するクリスマスショックによる下落も、新年からチャートは戻してきて底は打ったに見えなくもないから、買いで入るタイミングも悪くない。バフェットの言う、とびきり良い株をほどほどの値段で買う行為に近い。


 「……」


 ゆりは、あごに手をあてて困り眉でパソコンとスマホを睨み、時折銘柄を調べている。ここから銘柄を選ぶのはなかなか難しい。ゆきのが選んだ半導体かぶりでアドバン検査や大日本液晶を選ぶのはありだが、半導体銘柄は分かりにくいのが欠点だ。東京半導体製造は日本の半導体銘柄でNo.1という雰囲気があるが、さきの二社にも資金が入っていくかがわからない。つまり、半導体が良いなら半導体セクターの銘柄を全部買えという流れになるなら恩恵はあるが、よく分からないから東京半導体製造だけ買っておくかとなると恩恵がない。


 また、景気に過熱感があるからアメリカは利上げしたのだろうから、景気循環株である機械、輸送機器、商社を買って、その後で景気が下降すると痛い目に合う。指標的には優良な山梨ロボットだが、そういう観点からするとここから買いにくい。

 そうすると、半導体があり、景気循環を受けにくい事業ももっていて、投資家に広く認知されていて資金が入りやすい銘柄がベストだが、都合よくそんな条件にぴったりの銘柄があるわけな……いや、あるな。ぴったりのやつが。


 「サキ先輩」

 「なに?」

 「私、50百万円全部スニーにします」

 「えっ」

 

 私は絶句した。CMOSセンサーの半導体と景気循環の影響を受けにくいゲームや音楽のエンタメ事業を合わせもつ、スニー。知名度は国内外で抜群に高い。先の条件にぴったりあてはまる唯一の銘柄。まさにぴったりのやつと考えていた銘柄をゆりが選んできたことに驚いた。


 「なんで!? 理由は!?」

 「ひっ、F〇Oが好きなのと知ってる会社だったので……」

 「なんだ、ソシャゲと知名度で選んだのか……」


 自分が考えるベストな銘柄を初心者がチョイスしてきたが、その選んだ理由が初心者らしい深みのないもので、がっかりしているとあすか先輩が言った。


 「ゆりがスニー50百万円で、ゆきのが東京半導体製造30百万円、信越ケミカル20百万円か……明日の寄成で買うとすると、スニーは9,500株、東京半導体製造は1,700株、信越ケミカルが1,900株ってところか。二人ともなかなか面白いのを選んだじゃん。私は良いと思う。みやこは?」

 「そうね、ゆりちゃんは買い豚らしい資金の突っ込み方だし、ゆきのちゃんは売り豚らしい手堅さね」

 「ぶ、ぶたって……」

 「あら、可愛いらしいですわ。株を買いから入る人をロンガー、売りから入る人をショーターという言い方をしますが、お金を集中させすぎて欲でつっぱった豚のようにぶひぶひお金を漁るあさましい姿を買い豚、売り豚って揶揄しますのよ。もっとも、みやこ先輩は二人のことを馬鹿にしているわけではなくて、ゆりちゃんには買い豚ロンガー、ゆきのちゃんには売り豚ショーターの資質を感じると仰っているだけですわ」

 「は、はぁ……買い豚の資質ですか」

 それまで黙って成り行きをみていたゆきのは、両手をひづめの形にして胸の前に構え、ぽつりと漏らした。

 「売り豚だぶー、ぶひぶひ」

 

 「……」


 部屋中に沈黙が訪れた。ゆきのは顔を真っ赤にして、すみません、と蚊の鳴くような声で呟いた。


 「良いのよ、ゆきのちゃんがそんなことをするなんて意外だっただけで、美人の照れ顔はすごく良かった。ゆりちゃんみたいにもっと振り切ると良いわ」

 「ゆりちゃんの奇行がゆきのちゃんに伝染しましたのね」

 「ゆりはゆきのに教えてやれよ、人間を捨てたリアクションの仕方ってやつを」

 「良いじゃん、クールなゆきのが可愛らしいことをして」 

 矢継ぎ早にゆきのをフォローする先輩たち。痛い子認定をされつつあるゆりは絶叫した。

 「私を奇行呼ばわりしないで下さい!!」

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