第4話 最初に見るのは

 「鮎川さん、昨日は大丈夫だった?」

 「えっ、えっと大丈夫だったよ、えへへ……」


 ヤンキーの先輩に絡まれて呼び出された可哀そうな子として認知された私は、翌日多くのクラスメイトから質問攻めにあった。裏生徒会の名称と活動内容はみやこ先輩に口止めされていたので、生徒会の裏方の勧誘だったという説明をすると、

 「あのヤンキーみたいな先輩、生徒会の人だったの!?」

 「見た目のギャップすごいけど、中身は真面目な人なんだね~」

 「うーん、美人だったけど中身はまだわからないかな……」

 「え~怖くてあんまり顔見えなかったけど、今度見てみようかな~」

 「怖かったけど、ちょっとかっこいいかもって思っちゃった♡」

 「あははは……」

 (昨日はどうなるかと思ったけど、サキ先輩がネタになってクラスの子と話しができた……! ありがとう、サキ先輩……!!) 


 サキ先輩への感謝の祈りを捧げると、教室のドアががらっと開いた。

 「ゆり、いる?」

 「ぎぴゃー!!」

 「何だ、いるじゃん。変な顔してないで今日も行こうぜ」

 「あわわわ、はい! ごめんね、また明日ね!」

 急にサキ先輩が現れたので、私は慌ててついていった。


 「すみません、今日も来ていただいて……」

 「いいよ、明日からは一人でこれるでしょ。それより昨日の本、どうだった?」

 「難しかったです……」

 「何がわかって、何がわからなかった?」

 「えっと、株は大航海時代に発明されて、会社の一部で、株式市場で売買ができて、配当がもらえて……」

 「……まぁ、そんなもんか」

 「はい……」


 私は俯いて少し肩を落とした。本当は、本にはもっといっぱい書いてあったのだ。実践で使いそうな、チャートとかローソク足とかPER・PBRのようなテクニカルな用語は目新しかったが、頭に全然入ってこなかった。

 そんな落ち込む私を不憫に思ったのか、サキ先輩が後ろから私を抱きしめた。身体がびくっとしたが、ふわっと良い香りがして、柔らかな温かい感触が全身に伝わる。

 (気持ちが安らいでふわふわする……)

 心地よい気分に包まれた私の頭を撫でて、サキ先輩が優しく言った。

 「そんなに落ち込まなくても大丈夫。わかるように教えるから……」

 「!! サキ先輩……!」

 (今日も迎えに来てくれたし、面倒見の良い優しい人なんだ……!)

 予期せぬサキ先輩のイケメンムーブに胸キュンして、私は堕ちた。

 「ありがとうございま……!」


 「みやこ先輩が」

 

 間があって、私の心が急速に冷え、胸キュンが止まった。

 「えぇぇぇぇぇ、教えてくれるのサキ先輩じゃないんですか!?」

 「ちげーよ、私はそんな軽い女じゃないんだよ」

 私に教えるのが面倒なんだと思うと、堕ちた私が怒りと一緒に戻ってきた。

 「……私、先行きますね!!」

 「あ、ちょっと待てって!」

 「待ちません!!」

 私は、サキ先輩を置いて裏生徒会室へとそそくさと入っていくことにした。


◇◇


 「昨日言った通り、ルールがわからないと勝てないので、ゆりちゃんとゆきのちゃん向けに株の大事なところを説明します」

 昨日と同じ私の対角線上に座ったみやこ先輩が、またお菓子を食べながら話始めた。今日はポテチみたいだ。


 「と言いたいところだけど、説明を省いていきなり実践をするわね。二人には日経平均構成銘柄から三銘柄を上限に株を買ってもらいます。明日の寄りで5千万円まで。説明するより体験してもらった方が理解度上がるしね」

 「えっ、昨日の本読みましたけど、自信ないです……それでも買うんですか!?」

 「そうだよ、ゆりちゃん♡ 頑張って♡」

 (みやこ先輩、笑顔だけど言ってること悪魔では? いきなり5千万円を使って株なんて買えないよ……)


 ずーんと沈んでいるところにサキ先輩が助け舟を出してくれた。

 「みやこ先輩、本当にゆりの知識はほぼゼロだから難しいっすよ」

 「あんたが教えて、サキ。あやちゃんはゆきのちゃんと一緒に考えてあげて」

 「えー、私が教えるんですか……」

 サキ先輩のむくれた顔にイラっとして、私はみやこ先輩に告げ口した。

 「私は軽い女じゃないから教えないってサキ先輩言ってましたぁ~」

 「大丈夫よゆりちゃん、あなたがここにいるのはサキこのバカが原因なんだから、ちゃんとやってもらわないとね」

 「それは……!」

 「ばらされて恥ずかしい思いをしたいの?」

 「あ、う……やります……」

 (うししし……みやこ先輩は頼りになるなぁ……)

 「これでいいんでしょ、あすか?」

 「あぁ。早く小さく失敗して経験値を積んだ方がいい。席に置いたスマホとパソコンと電卓を使ってくれ」


 今日は自分の席にスマホとパソコンが置かれていた。これを使うのだろうか? 私は困った顔でサキ先輩を見ると、しょうがないかという顔をして説明をはじめた。

 「まずはパソコンの方だけど、『日経平均 構成銘柄』で検索して……上から二梅のこのサイトを開いて……これが日経平均の全部の銘柄。本当はこの中から選ぶんだけど、今回は少し絞って、電気機器、輸送用機器、精密機器、化学、商社の中から選んでみて」

 「それでも60ちょいありますけど……」

 「その60ちょいを一社ずつ見るんだぜ」

 サキ先輩が意地悪な顔でこっちを見る。

 「といっても最初のチェックでほとんど足切りされるけどな。1社で1分ぐらいしかかからないから。今度はスマホで証券会社のアプリを開いて……これで実際に売買するから。パソコンからもできるけど、売買が成立するのは9時から11時30分、12時30分から15時まででほぼ授業中だから、スマホの方が便利だと思う。そしたら、検索ボタンを押して、会社名か四桁のコードで検索する」


 私は、パソコンサイトで一番上に表示されていた会社の名前を入れて検索した。

 「おぉ~」

 四分割されたチャートが画面に表示された。赤と緑のローソクみたいな形をした棒が並んでいる。

 「チャートの少し上にある、その他をクリックして、銘柄詳細、企業情報と順にクリック、一番下までスクロールしたらROEの数字だけを見て。二年分の数値を見て、一年でもROEが10未満だったらそれ以上調べない。次の会社を検索して同じ手順でROEをチェックする。ROEが何かは今は気にしなくていい。その基準をクリアしたら、一行上の経常利益率を見る。こっちも本当は10以上じゃないとダメだけど、今回は8以上かどうかをチェックして。はじめてだから、エクセルにデータを打ち込んで表にしてみ」

 「ROEと経常利益率っていうのが大事なんですね……! わかりました、やってみます!」

 パソコンとスマホと電卓を駆使して、私は会社のデータを調べ、表に打ち込んでいった。

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