第2話 登校初日

 制服よし、髪型よし、笑顔よし! 今日の私は自分史上最高に可愛い! 

 鏡に向かってそう言い聞かせて、私は通学カバンを背負った。愛想笑いのお付き合いで空虚に過ごした中学時代を捨て去って、女子高生らしいキラキラした学生生活を送ろうと私は一歩踏み出す。そのために勉強も頑張ったし、見た目だって努力した。半分以上趣味だけど、百合漫画で人間関係の機微も学んだつもりだ。あとは実践と結果だけ。高校デビューだ。


 「いってきまーす!」


 玄関で右足の靴のつま先をとんとんして、家を出る。今日から仙河の桐芳学園に通うんだ。みんな仲の良い、自由でゆるいと噂のお嬢様学校。そのまま系列の同じ大学へ持ち上がる人もいれば、名門大学や芸術系など色んな選択をする様々な人がいる学校。自分みたいな一般家庭出の人間がやっていけるのかという一抹の不安はある。それでも……。


 「今日から私も憧れの桐芳生だ……」


 制服を着た自分を抱きしめて感慨に浸る。小学生のときに見た、お上品なお姉さんたちみたいになりたい。期待と希望が不安を乗り越え、私を動かす。


 「今日も一日がんばるぞい! まずは友達を作りたい……!」 


 自分を鼓舞して、私は駅に向かうのだった。


◇◇

 

 終礼のチャイムが流れる教室の中、私は頭を抱えて机につっぷしていた。


 「あうぅぅぅぅぅ……」


 友達を作りたいという今朝の決意は何だったのか。結局、私は今日一日誰ともおしゃべりできなかった。声を発したのは自己紹介のときだけだ。

 

 私の苗字は「あ」から始まる。だから、一番前の席になることがままある。私から誰かに話しかけようと思ったら、隣の席の子か後ろの席の子になる。


 (その子たちが他の子とお喋りしてるところに割って入るなんて難しいよ……)


 気軽に人に話しかけて友達を作る勇気も能力もない中、周りを様子見しながらおろおろしているうちに一日が終わってしまった。周りの子たちは談笑していて、初日から少しずつ人間関係を築きつつある。私は消え去りたい気持ちになる。

 

 (お上品な人たちのコミュ力高すぎでしょ……) 


 でも、初日からいきなり諦めてはダメだ。顔を上げて手を握りしめ考えた。


 (まだ終わっていない、明日こそ自分から話しかけるんだ……。少し朝早くきて、おはよーって挨拶をしてそこから話を広げれば……そのためのシミュレーションを家に帰ってからやろう、憧れの桐芳生はこれからだよ、頑張れ私!)

 

 歯を食いしばって天井をぐぬぬと睨みつけていると、教室の扉ががらっと開いた。


 「おい、鮎川あいかわゆりっているか?」


 金髪ポニーテルで毛先を赤のメッシュにした、制服の上にスカジャンを着て袖まくりをしたヤンキーの声が教室中に響いた。首元から見えるスカーフの色が違うから先輩だ。自由でゆるいとは言え、お嬢様学校と噂される桐芳学園に典型的なヤンキーみたいな見た目の先輩がいるとは……。おしゃべりでざわついていた教室が静まり返った。


 (こわっ……目をつけられないようにしなきゃ……)

 (鮎川さんって一番前の子じゃん、初日からなにしたんだろ……)

 (私じゃなくてよかった……頑張れ、鮎川さん……!)

 (鮎川ってわたしなんですけどぉぉぉ、あばばばばばば)

 私の顔から魂が抜けていく。震えながらヤンキーの先輩に返答した。


 「ああああああ、あいかわはわたしですが…」 

 「一番前のお前か。一緒にこい」


 冷たく先輩に言われ、私は凍りついた。縋るようにに教室のみんなの方を向いたが、誰も目を合わせてくれない。

 そもそも、誰とも話ができなかった高校生活初日にヤンキーの先輩に呼び出しをくらうなんて、持っていないにもほどがある。白目を剥いてよろよろしながら、先輩の後ろを重い足取りでついていく。


 (いやあぁぁぁぁ、これから何されるのぉぉぉ、あばばばばば) 

 

 心の中で叫びつつも、黙って先輩の後ろをついていくこと数分、一年生のクラスがある奥の校舎から、職員や三年生のクラスがある玄関側の校舎の生徒会室の隣にある、名前が何も書かれていない部屋で先輩は立ち止まり、私の方に振り返って笑いかけた。ずっと怖いとしか思えなかった顔が、きつめの美人な笑顔になっていて、少しどきっとした。


 「ようこそ、裏生徒会へ」

 「え?」

 「私は金剛寺サキ。これから一緒に頑張ろうな」


 そういってサキ先輩は、部屋のドアを開けて中に入っていった。

 

 (裏生徒会ってなに? どうして私だけ連れてこられたんだろう?)


 胸に疑問や不安がふつふつと沸き起こるのを抑えて、私も部屋に足を踏み入れた。

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