投げない買い豚×焼かれる売り豚

もちやまほっぺ

第1話 地雷を踏み抜く

 私が持ってきた少しお酒の入ったチョコレートをゆりちゃんが食べた。美味しいです、って言って何個も食べそうだったから、ほどほどにしなよって止めたんだけど、ゆりちゃんは軽く酔っぱらってしまったみたいでサキの膝に跨って絡みはじめた。


 「サキせんぱいは~、わたしのことどう思ってるんですかぁ~??」

 「おい! 絡むな、跨るな、顔を近づけるな!」

 「せんぱいなんてこうしてやる~!!」

 「抱きつくんじゃねー!!!」


 強気な性格で見た目もヤンキーみたいなサキが、後輩に抱きつかれて狼狽えてるのは笑ってしまう。前に座っているあすかも、左隣に座っているあやちゃんも失笑している。あやちゃんの隣に座るゆきちゃんだけが、前でいちゃついている二人を冷静に見ている。普段は自分の可愛さを周りに振りまいているゆりちゃんも、心の奥では誰かといちゃつきたい欲望があるのね、なんだかんだサキも美人だし、まぁわからんでもない。蓼食う虫も好き好き、なんて頬杖をついて成り行きをみていたら。


 「わたし、サキせんぱいがすきです! だから……ちゅーしてください!」


 ……え? ゆりちゃん今何て? ちゅーしてって言った?


 「なななななにいってんだよ、お前! 酔ってねーで水飲んで早く元に戻れよ!」

 「ちゅーしてください!」

 「意味わかんねーよ!」

 「ちゅーし・て・く・だ・さ・い!!」

 「な……」

 「わたし、かわいくないですか……?」

 「え、う、かわいくないこともなくもないような……」

 「どっちなんですか!」


 サキとゆりちゃんの押し問答が続いてらちが明かない。もうサキからキスしてさっさとおしまいにしてもらおうと思って口を開こうとしたら、あやちゃんが冷たい口調で切り捨てるように言った。


 「ゆりちゃんに早くキスしてあげなよ、サキ」

 「ちょ、何言ってんだよ……!!!」


 ゆりちゃんの暴走を止めてくれるかと思いきや後ろから撃たれて驚くサキ。少し俯いたあやちゃんも顔が赤いけど、よく言った。これは乗るしかない。外堀を埋めて逃がさないようにしないと。


 「そうだよ、女子校なら女の子同士でキスするなんてよくあることでしょ? 別に減るもんでもないし、ちゃっちゃと終わらせてくれる? ゆりちゃん酔ってるから覚えてないわよ」

 「みやこ先輩まで……。あすか先輩はどうっすか!?」

 「あ~、あははは……」

 「……とくになしっすか」


 両手をふって適当に誤魔化そうとするあすかにがっかりしたサキは、期待薄にゆきのちゃんのことをちらっと見るけど、表情の読めない視線が返ってくるだけだ。流れは決まったもんだ、ほれほれ早く早く。……あぁ、今の私かなり悪い顔をしている。


 「目を瞑ってよ、ゆり」

 「……はい」


 観念したサキは目を瞑って待っているゆりちゃんのほっぺに軽くキスした。大事なことなのでもう1回言うと、サキはゆりちゃんのほっぺに軽くちゅってして離れた。えぇ~……という微妙な空気が流れた。私も引いた。いや、ほっぺにキスってどゆこと? 欧米の挨拶か? こいつ腑抜けか? 普通唇でしょ? と頭の中で矢継ぎ早に突っ込みをいれたところで、ゆりちゃんが目を開けて大きく舌打ちした。


 「ちゅーっていったらふつうべろちゅーですよね、ほっぺにちゅーって……サキせんぱい、こしぬけ?」


 ……この、酔っぱらうと恐ろしいな。可愛い顔を歪めてサキの怒りの地雷を思いっきり踏み抜いていったわ。


 「……んだとコラぁ!!!お前覚悟しろよゆり!!!」


 今度は怒りで顔が真っ赤のサキは、ゆりちゃんの顎をぐいっと引き寄せて唇を奪い、舌をねじ込んだ。不意を突かれて目を見開いたゆりちゃんもすぐにサキの舌を受け入れ、目を瞑って味わうように応える。怒りで我を忘れているサキと悦びで我を忘れているゆりちゃんの攻防に吐息が混じって、部屋中にいやらしさが充満する。そして、二人はずっと自分たちだけの世界にいるかのようにキスをし続ける。


 そんな光景をずっと見せられてスイッチの入ったあやちゃんが真っ赤な顔をして上目遣いで私を見た。お嬢様に似つかわしくない欲望で滾った目、私もしたいですと訴えている目を、私に向けて。この雰囲気の中、そんな目で射抜かれてしまったら私だって冷静さを欠いてしまう。


 (う”……キスぐらいなら、まぁいっか……)


 私はあやちゃんの手をとって立ち上がり、トイレ行こっかとあやちゃんの耳元で呟く。石のように固まったあすかと冷静なままのゆきのちゃんを置いて、私たちは手をつないで部屋を小走りで出ていく。 

 女子トイレには幸い誰もおらず、個室のドアを雑に開け閉めして鍵をかけ、唇をあやちゃんに委ねた。すぐにあやちゃんの舌が入ってきてされるがままにされた。


 欲望を一身に受け、頭がくらくらの私は、冷静になろうと蛇口の水を出しっぱなしにして手を浸しながらさっきの光景を振り返った。あんなに夢中でキスされたら困るわ……本当にあやちゃんはサキのこと好きなのかな、酔った状態でしか言えないなんて、お酒入りのお菓子を持ってきた私が悪かったかな、今度からは気を付けよう。そういえば、今頃どうなってるのかな……そしてふと気が付いた。


 そもそも明日の株式取引をどうしようか相談するために集まったんだけど、何も話しができなかった。こんなはずではなかった……。

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