第6話 最後の作戦 ②

「素敵ですわ」

 莉瑠香の部屋は花に溢れていた。

 多種多様な花が壁に、天井に、小物に、家具にあしらわれており、それら全てが調和し空間を華やかな印象にしていた。

「おほめいただき光栄ですわ」

 莉瑠香は照れるように頬を掻いた。

「本当に素晴らしいわ」

「せっかくなのでここでお話しません?」

「もちろんですわ」

「では、執事に改めてアフタヌーンティーを用意してもらいますわね」

 言って、莉瑠香はドアへと向かい始めた。

 莉瑠香の見せた隙を好機と捉えた早苗は動き出す。

 そう、転倒を装い彼女のスカートをショーツごと引き釣りおろすのだ。

 そして男性の象徴であるモノの目撃者となる。

 まさにお嬢様らしさを捨てた捨て身の作戦。

 もう少しで手が届く。

 そしたら一気に……。

 鼓動がうるさいほどに高鳴る。

「いたっ」

 伸ばし切った早苗の手の甲に何かが当たった。

 天井を見上げた早苗の視界に映りこんできたのは、落ちてくる天井の破片。

「危ないっ!」

 莉瑠香の叫ぶ声と同時に部屋が轟音に支配される。



「ううっ。けほっけほっ」

 砂埃が占拠する視界の中、早苗はゆっくりと目を開ける。

 そこにいたのは莉瑠香。

 過去二度も見た似たような光景に彼女の心は跳ね上がる。

 なぜなら、それは今までの二回よりも距離が近いからであった。

「莉瑠香さん、血が……」

 莉瑠香の額からは血が流れ落ちる。

 崩れ落ちた天井の破片がどうやら当たってしまったようだ。

 しかし、痛みがあるはずなのに、莉瑠香は痛みをまるで感じていないかのような笑顔を早苗に向ける。

「大丈夫よ。あなたに何があっても私が守るわ」

 莉瑠香は早苗の頬を撫でる。

 その熱に堪らない優しさが込められていることを察するのは容易であった。

 もう、無理ですわ。

 早苗はようやく自身の気持ちに素直になれた。

 私この方のこと、好きになってしまってますわ。

 お兄様以上に。

 自身の心の動きについていけずに早苗の目からは大粒の涙が零れ落ちる。

 長年かけて築き上げてきた兄への愛情を無視するかのように入り込んできた目の前の『彼女』の存在に早苗はどうすることもできなかった。

「ど、どうされたの? どこか痛むの?」

 莉瑠香は心配そうに早苗を抱き起す。

「いえ、なんでもありませんわ。それよりも早くお医者様にお見せにならないと」

「え、あ、そうですわね」

「どうして笑うんですか?」

「いえ、早苗さんと私だけ、二人だけの間でなんだか不思議なことばかり起こるからおかしくって」

「特別って、べべべ別にそんなことありませんわよ」

 早苗はそっぽを向く。

 心の中で素直になってもそれが簡単に言葉になることはない。



 その後、騒ぎに気付いた使用人が押し寄せたり、結局血を流し過ぎて莉瑠香が失神したりと色々あったが、早苗が帰路に着くころにはなんとか全てが落ち着いていた。

「今日はとっても楽しかったわ。またお話しましょう」

 莉瑠香は帰り際の早苗を見送る。

 まだふらつくようで使用人が彼女を支えている。

「ええ、またぜひお話しましょう」

 そしていつの日か、その秘密を暴いてやりますわ。

 そう、早苗は心に誓う。

 どうせ好きになるなら、やはり男であることを暴いてから堂々とお付き合いしたい。

 そう思ったから。

 早苗はお嬢様ゆえにまっすぐである。

 これまでとはまた違う意図を持った信念をもって、早苗は帰路についた。

 その道中。

 車内。

 早苗は首からひっそりと下げているロケットペンダントを開いた。

 そこには幼い少年が一人、笑顔で写っていた。

「ごめんなさい、お兄様。私、別の男性に恋をしてしまったみたいです」

 そう、彼女の愛する兄は幼き頃に生き別れてしまった兄なのであった。

 生き別れてしまったがゆえに、彼女は兄を思い続けた。

 それがどれほど不毛なことかも知りながら。

 彼女は思い続けてきた。

 狂おしいほどの感情を抱きながら。

 気が付けば思いが愛に代わっていることにも気づくことができずに。

 しかしそれが今変わろうとしている。

 彼女はまだ知らない。

 その変化がどれほどの苦痛を、そして後悔を生み出してしまうのかを。

 しかし彼女なら大丈夫。

 なぜならそう、彼女はお嬢様なのだから。

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