第3話 上お嬢様 京本莉瑠香 ③
一週間後。
早苗はあの後、失敗要因について考えていた。
助けられたことはいいとして、明らかに彼女のスカートには粘着性の高い物体が張り付いたはず。
なのに、私を助けたときの彼女のスカートには何もついていなかった。
しかし確実に着弾したことは間違いない。
早苗はその時の光景をつぶさに思い出していた。
そして気づく。
着弾したスカートと早苗を助けたときのスカートが別物であることに。
最初に履いていたスカート、いわゆる第一フェーズスカートは膝下二センチであった。
それにも関わらず、第二フェーズスカートは膝下一・五センチしかなかったのだ。
早苗は普段活躍することのないスキル『アルティメットメーター(長さ丸わかり)』を持っていた。
「ふふっ。まさか活躍するときが来るとはね」
誰もいない夕暮れの教室で呟く早苗。
その頬には喜びが満ちていた。
そう、つまり莉瑠香は二重に履いていたスカートを騒ぎに乗じて一枚脱ぎ捨てただけなのだ。
早苗の作戦は間違っていなかった。
しかし、まだ莉瑠香という上お嬢様に対する理解が足りていなかっただけ。
「用意周到ね。いえ、それだけ隠し通したいという意志の表れでもある」
早苗の目に再び闘志が蘇ってきた。
情報は人を強くする。
情報は人の心を押してくれる。
「そこまで隠したいというのであれば、こちらも暴きがいがあるというもの。待ってなさい。京本莉瑠香。必ずやあなたの秘密を白日の下に晒してあげるわ」
次なる作戦へと早苗は一歩、踏み出した。
☆
第一作戦決行から一か月。
早苗は次の作戦へと動き始めていた。
「ぷあっ」
自宅の敷地内にある五十メートル八レーン仕様の第二プールの水面から顔を出す早苗。
日課である早朝二キロ遠泳を済ませた彼女の顔は晴れやかだった。
そう、彼女はストイックである。
愛する兄のために肉体を鍛え上げる。
兄の傍にいても兄に恥をかかせることのないよう、彼女は体作りに余念がない。
「今日からいよいよ第二作戦決行ですわ」
プールサイドで早苗を見守っていた専属第一メイドから特製のスポーツドリンクを受け取りつつ、彼女は静かに闘志を燃やす。
前の作戦実行からあえて期間を空けた。
やはり上お嬢様はガードが堅い。
あの作戦のあとすぐに、取り巻きはさらにその勢力を拡大し、四次元にまでその勢力を伸ばしていた。
もはや疑似ドラえもんである。ドラえもん?
そして側近は距離をいつも通り取りながらもその数は二倍にまで増加していた。
前の作戦の余波が収まりかつその厳重になったガードをいかにして搔い潜るのか、そのことを思案する時間が必要だったわけだ。
次なる作戦も非常にシンプルであった。
彼女はシンプルなモノが好きだ。
それゆえに無印良品という存在を知ったときは思わず声を出して喜んだ。
ただ、それだけ。
「水泳の時間帯を狙うわよ」
早苗はドリンクを一気に飲み干した。
専属第一メイドは早苗の独り言の多さが心配だった。
ちゃんと学校にお友達がいるのか心配だった。
しかし彼女はそんな心配をおくびにも出さない。
八頭司家のメイドは主との距離感の取り方がいいと巷では評判である。
☆
学園では授業の一環で七月に入ると水泳が行われる。
もちろんお嬢様ばかりなので、プールにはコラーゲンが多分に含まれている。
泳げば肌プルプルである。
飲めば背徳感とともにもっと肌プルプルである。
そんな莉瑠香は水泳の授業ももちろん出席する。
水着が恥ずかしいという思春期の悩みは莉瑠香にとってあまりに意味をなさない。
なぜなら莉瑠香はお嬢様の中のお嬢様。
上お嬢様だからである。
上お嬢様は何事も全力、そしてスマートにこなさなければならない。
例え大事な商談中でもあっても彼女は授業を休むことはない。
マルチタスクに長けた上お嬢様。
莉瑠香が本当は五人いるのでは? という噂も生徒間では立つくらいだし、何なら取引先の企業の社長全てが莉瑠香は十人はいるはずと信じてやまない。いない。
莉瑠香にその意識があるかどうかは定かではないが、その立ち振る舞いは周囲へと絶大な影響を与えていた。
そんな莉瑠香に思いを馳せつつ、早苗はコラーゲンどっぷりのプールに浸かりながら思考を巡らせる。
今日のプールの授業は莉瑠香のクラスの後なので水の減りが酷い。
本来なら一メートル三十センチほど水深のあるプールの水位は今現在五十センチである。
座らざるを得ない。
莉瑠香が授業中のプールの水の減りは早い。
これは公然の秘密である。
だから誰も水が膝ほどであっても気にしない。
むしろ未だ減り続けている。
莉瑠香は男にも関わらず、学校指定のタイト目の水着を着ている。
早苗は何度か確認したが股間の膨らみは見られなかった。
おそらく何かしらの対策を講じているのだろう。
そしてそれよりも気になるのが胸の膨らみである。
莉瑠香はベストボディである。
なんならベストボディジャパンに出場していないのに、ベストボディジャパンである。
手足はすらりと長く、顔は小さく、肌は白く、お尻はキュッと締まり、そして胸はバインである。
その通常の女子よりも大きな膨らみは水着の時により強調される。
男である莉瑠香があの大きさの疑似胸部を維持するには相当な苦労があるだろう。
そして何よりも大きさゆえにその存在は不安定であろう。
水泳をする分には問題ないようだがが、きっとそれ以外の衝撃には弱いはず。
「だからこそ、そこを狙うべきよね」
早苗は基本的にお嬢様らしく上品である。
おっぱいなんて言葉を使うのは恥ずかしくてできないのである。使えばいいのに。
「決行は明後日ね」
早苗はまた独り言を呟いた。
そんな様子を見た担任は心配になる。
入学して数か月、いまだに早苗が友達らしき人と話すところを見たことがない。
もしかして彼女にはイマジナリーフレンドがいるのだろうか。
担任は前に見た世にも奇妙な物語を思い出す。
だが担任は声をかけることはしない。
なぜなら学園の校訓の一つに『自主創造』とあるからである。
イマジナリーフレンドがいるなら自主創造してる。
担任は何かをはき違えている。
☆
そして第二作戦決行の当日。
早苗は普段よりも二時間ほど早く自宅を出た。
もちろん、運転手付きの高級車による送迎である。運転手に時間外手当は支給されるので安心してほしい。
学校に着くや否や、彼女はプールへととある仕掛けを施した。
「これであの人も終わりですわ」
早苗はその時を待った。
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