第10話 ケリをつける


 私はルシタニアの首都にある国王の城にいる。真夜中だがその天守には一人の男が座っていた。私を前にしてもう人間の振りをしていない。


 昼はルシタニア国王と呼ばれているが、本性は禍々しい魔力を放出する魔物だ。


『地獄の72柱の33位、ガープと申します。お聞き及びのことと思いますが、悪の情念が不足していましてね。宇宙からの供給が減少しているんですよ。また、新しい冒険者クラン達のご活躍で、悪意の具現化とその浄化のバランスが狂って来たんですよ。そこで手っ取り早く、この世界のこの地上で人間から供給させようと動いているのですが、私の担当でも、優秀なアタッカーに見破られましたか』


『ネズミを知っていますか。ネズミを数匹、食料はきちんと与えたある箱に入れると、増殖し、自分たちの空間が狭められ、ストレスを生み、親子に関わらず、犯し合い、殺し合い、共食いし合うんですよ。食べ物はあるのにですよ。私たちは人間に、箱の様な小さい世界を作ってあげているんですよ。そうすると、そこで人間は社会を作り、増殖し、ストレスを自ら生み出し、同じ人同士、妬み、憎み合い、争い、殺し合うんですよ。ネズミはその箱から逃げられる状況なら直ぐに離れます。人間は逃げずに留まり、悪の情念を大量生産してくれるのです。ネズミ以下の知能ですが、私には愛おしくてたまりません』


『やってることは魔物顔負けです。イブキさん、人間は本当に素敵です。おかげでこのルシタニアにおいて、たんまり悪の情念をため込めました。産地直送です』


『地上での地獄の再現、これは何も魔物をこの地上に顕在させたり、アタッカー達を殺したりしなくても、人間をほんの少し導いてやれば、直ぐに地獄が再現できるとね』


「・・・・・・・・・」


『この学びは、人間社会にばらまかれています。ここだけ潰してもだめなんです』


『小さな世界を作る、その小さな世界で小さな格差を作る、それだけです。こっちからしたら同じ人間同士なのに、小さな世界の小さな格差になんの意味があるのかわかりませんが、そこから多量の悪意を安定的に生み出すのです。嫌ならネズミのように離れればいいだけなのに。ああ、愛おしい。こっちも引くような魂を穢す残虐なことを、小さなことを根拠に、皆楽しそうに、お互い人間同士、穢し合うのです。自分で魔物になるんです』


『更には、格差さえいらない。ちょっとしたロジックでルールを作ればいいんです。そうすると、なぜそのルールが作られたのかの目的を忘れ、ルールを守らせることから既得権益を創り出し、民を家畜化しようとし、人同士憎み合うのです。人は私達にとって、本当に愛おしい家畜です。皆楽しそうに地獄に近づいてくれますよ。あなたの目的も人の幸福追求じゃないですか?こっちに来ませんか?皆を幸せにしましょうよ』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「もういいだろう。そうかもしれない。けど、私が欲しいのは囚われないことなんだ。私は箱を壊す強さがあるネズミになりたいんだ。そのための成長なんだ。自律なんだ。人は弱い。あんたの創る小さな世界に取り込まれる人は弱い。弱さ故、その世界から離れられない人もいる。他の世界を知らないが故、離れられない人もいる。あんたは悪の情念に注目している。そして、それに囚われている。あんたはネズミにない人間の素晴らしさが見えていない。弱いがゆえに助け合い、弱いがゆえにそこの箱の中での平穏を懸命に得ようとする、あんたが生み出す闇に囚われた人もいるが、そこから変われる人もいる。違う幸せを生み出す人もいる。私も一度、闇落ちした。人は、弱いが故の可能性、弱いが故、何度も失敗し、その経験を積み重ねることでの成長する、その可能性こそが私は愛おしいんだよ。それを私も求めてんだよ』


『あんたは地獄の悪の情念を魔物に変えることに囚われている。本来、悪の情念をこの世から消し去るために、地獄はそれを濃縮し具現化させ、物理的な手法で成仏できるようにするための機構なんだよ。成仏こそが目的なんだよ。あんたも悪の情念の具現化という手段に囚われてる。まあ、地獄はそれを知ってあんたを野放しにしているってことは、あんたにそれを多量に濃縮し、一挙に成仏させて欲しいってことだろうね』


「人は弱い。そうだろう。あんたの手段が勝ち、人は魂を穢していくかもしれない、私の目的が勝ち、人は魂を成長させるかもしれない。これは、この後の私たちの戦闘の話じゃないよ・・・・。もういいかな。かかってきな」


 私は久しぶりに小型弐号機を装着した。装着の隙をついて、伸びた奴の手が私のももを貫く。貫いた手を魔剣 “雪様” がたたき切る。


 空間魔力支配をお互い強めていく。私と奴のせめぎ合いで城が崩壊していく。そして、私達を中心にルシタニアの首都が崩壊していく。


 奴の気が一瞬城下町に逸れた隙をつき、魔力を一点に集中させ腕を飛ばした。その隙に巨大弐号機をマントから出し、それに乗り込む。


 黒マントから転移し、奴が巨大化する際中の背後に周った。


“雪様”を振り抜く、真っ二つに切り裂いたが、二人の巨大カープに分かれただけだ。


 ガープ1がブレスを吐く、モーションが読めたので避けた、背中のマントを風車で飛ばしそれに乗り、近接を仕掛けるが、ガープ2は細かく分離しガープ∞になる。


悪手だ。分離した時点で空間魔力支配はこっちが貰った。全身から電撃を放ち、ガープ1はレジストできたが、∞化したガープを全て焼き切り討伐した。


 ガープ1が自分の陰に入った。しかし、私の空間魔力支配は闇にも顔が効く。奴の逃げ道はない。陰から奴を押し出し、分離させ光漸で切る。


 カープ3,4に別れるが、一気に火炎ブレスを口から吐き両方焼く。


『・・・・・・・・・』


なんか言ってたが、聞こえなかった。けど、けど解ってしまった。


“勝負はついていない。人間の魂、人間の心”


ガープはそう言った。


 






あなたはどうですか。あなたの魂の中で、あなたの心の中で、私は勝っていますか?








 首都がこの戦闘により壊滅したルシタニアは、そこに暮らしていた王族や、貴族などの上位階級の人々は、みんな亡くなってしまった。


 ルシタニアは国としての機能を失い、混迷を極めたが、外遊以降、行方不明になっていた第二王子とその近衛兵が戻り、たちまち国を建て直したそうな。


 そして、交戦中であった元植民地のカンナミ国、高い高い山“ウォール”を越えた南にあるアルベル・ルーベル国と和解し、新たな同盟を築きあげた。


 新たな国王となった第二王子は、国の、国民の方針として、成長、自律、社会奉仕を掲げたそうな。また、街の中心の公園に大薙刀をしょった大きなオニの像が建てられたとか・・・・。


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