第3話 マリーゴールド
気が付くとグレイは再び花壇の側にやって来ていた。
「あら。グレイ、どうかしたの?」
「手伝いに……来ました」
後ろ手にして、照れくさそうにグレイが
「今日はお休みしましょうか。お手伝いのお礼もしたいし」
ローズは「どっこいしょ」と腰を上げると、ゆっくりと園芸用品を片付け始めた。
「時間のこと。聞きたいんでしょう」
ローズが茶目っ気たっぷりに笑う。チョコレートケーキが乗ったお皿をグレイに差し出した。
「あ。ありがとうございます。ええ、まあ……」
グレイはお皿を受け取りながら答えた。
ローズの家は花壇がある広場の近くにあった。小さな家だったが不思議と心が休まる。家の中も花や花をあしらった小物で溢れていた。
プランターに黄色い、毛糸のボンボンのような花が植わっているのが見えて、グレイは
「グレイはどうして時間が遅れていると思ったの?」
ローズはお湯を沸かしながら問いかける。
「あの日、僕は遅刻しそうで走っていたのに結果的に授業に間に合ったんです。授業開始まで5分もなかったのに。怪我の手当ては5分以上かかっていたはずでしょう。どう考えても計算が可笑しいんですよ。それに、花壇で丸1日手伝っていたっていうのに日が落ちてないんだ。ローズと過ごしている時だけ時間の流れが変わってるんです!」
グレイの真剣な声を聞いてローズは一息つく。
「あのねグレイ。心して聞いて欲しいの」
「う……うん」
ローズの美しい緑色の瞳が光った。
「私といるから時間が遅くなったんじゃないの。周りの時間が早く進み過ぎているのよ」
「え……?」
コポコポとお湯が沸く音が聞こえると、ローズはティーカップに紅茶を注いでくれた。部屋に紅茶の香りが広がる。
「そんな馬鹿な!この時計は精巧で絶対に正しい時刻を示すんだ。間違ってるはずない!」
「どちらの時間が正しい、間違ってるという話ではないわ。最近、やけに慌ただしいというか急いでいる人が多いけどどうして?」
ローズの単純な問いかけにグレイは腕を組んだ。出された紅茶に口を付けた後で答えた。
「そりゃあ……仕事や勉強に忙しいからですよ。早く仕事が終われば自由な時間が増える。効率が最優先です。仕事が早いほど優秀な証ですからね。
それに、自由な時間の中でも楽しいことが1つ終わればもう1つ別の楽しいこともできる。遊びにも効率というのは重要になってきます。こんな具合で皆、効率よく生きるのに忙しいんです」
ローズは紅茶の香りを嗅ぎながらため息を吐く。
「その『急がなければ、効率的に生きなければ』という気持ちが時間をおかしくさせていると思うんだけど違う?」
「個人的な感情から来る行動が時間に影響してる?嘘だろ?」
「それはどうかしら。もしそれが個人だけじゃなくて社会全体、人間全体がそうだとしたら……」
「……証明可能なんだろうか」
グレイが
「なんてね!私の考え。そんな
「そうですね」
(なんだ……ローズの個人的な考えか)
グレイはチョコレートケーキを大口で食べた。
「ところで……ローズさんは若い頃に戻りたいと思ったことは?」
「やっぱり若い女の子の方が好き?」
ローズがお
「そういう訳ではないです。ただ、そう思わないのかなと思いまして」
「そうねえ……。私は今こうして生きていられるだけで十分だから。あの人がいたらまた考え方が変わってたかもね」
「あの人?」
ローズが目を伏せる。
「ええ。私が愛した人」
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