第2話 マーガレット

「あなたは……何者なにものですか」

「あら?」


 別の日。グレイは花時計の前にやって来ていた。お婆さんは園芸えんげいばさみを手にしたまま振り返る。日差し除けの、つばの長い帽子を身に付けていた。

 グレイは腕を組み、お婆さんを見ていた。その目は疑心ぎしんあふれている。左膝の怪我は跡形あとかたもない。


「怪我、治ったのね。良かった」

「とぼけないでください!」


 お婆さんの穏やかな声を跳ねのける。グレイの強い言葉遣いにもお婆さんは動じることなく花の手入れを続けた。


「手当して頂いたのは……とても感謝してます。一体どんな手を使ったんです?時間を遅らせるなんて。もしくは巻き戻した?」


 それを聞いたお婆さんは声を上げて笑った。ひとしきり笑ったあとで真面目な顔をして答える。


「よく気が付いたわね。それは……私が魔女だからよ」

揶揄からかわないでください!僕は子供じゃないんですから」


 グレイはため息を吐くと腰に手を当てて呆れて見せた。その姿を見てまたお婆さんが笑う。


「そう?そしたら秘密を教えてあげようかしら。でも花壇の手入れが終わったらね」

「そんなの待ってたら時間があっという間に過ぎちゃうじゃないですか!」


 思わずグレイは声を上げた。時計を模した花壇はそこそこに大きい。お婆さんのゆったりとした手つきでは日が暮れてしまう。


「そんなに聞きたいの?」

「あらゆることを追究したくなる性格なんだ」


 胸を張り、得意そうな表情を浮かべるグレイを見てお婆さんは微笑んだ。


「そうなの?時間がないのねえ……。だったらやることは1つに決まってるんじゃなくって?」


 お婆さんのしわくちゃな笑顔を見てグレイは全てを察した。


「……手伝います」



「私はローズ。あなたは?」

「グレイ……です」


 グレイは小さなスコップで土を掘り返しながら答えた。そこに腐葉土ふようどを加えていく。花の根を傷つけないよう、注意を払いながら手際てぎわよく作業を終わらせた。


「良い名前ね」

「そんなことより!今時こんな手を込んだ園芸なんて……。お手間じゃないですか?最近では植物を急成長させ、花が咲いた時期で細胞の成長を止めることのできるっていうのに」


 グレイは唇を突き立てる。ローズはゆっくりとした手つきのまま話を続けた。


「世話が焼けるほど愛情が湧くものよ。手をかけていくほどに花は美しく咲くの」

「そういうものかな?花屋にある『永久花えいきゅうか』とそう変わらないんじゃないですか」


 グレイは手元の小ぶりな白い花を見下ろす。


「改良された花のことね。永久花も同じ花なのにどこか冷たく感じるのよ。期限はあるけれど花壇の花の方が温かみがあって私は好きだわ。何よりも生命を感じられるもの。それなのに誰も花壇の花を見てくれなくて残念だわ……」


 この時計を模した花壇を立ち止まって見る者はいない。グレイは特段驚くことなく見解を述べた。


「そりゃあそうですよ。僕もここで転ぶまで気が付きませんでした。皆、自分の時間を生きるのに必死なんです。それかこの花壇が風景の一部になっているんでしょう。その場所にあって当然のものだと思ってるんだ」

「そういうことなの。何だか寂しいわね」


 ローズの悲しそうな声にグレイは咳払いする。


「花壇の手入れ終わりましたよ」

「じゃあ、水をやって……後片付けをして」


 グレイはローズの指示に項垂うなだれた。


「人使い荒すぎじゃないですか」

「いいじゃない。久しぶりにできたお友達なんだから」


 ローズの眩しい笑顔にグレイは何も言えなくなる。


(お友達って……。そんなワード、暫く聞いてなかった。考えてみれば、こういうローカルな人付き合いは久しぶりかもしれない)


 不満な表情を浮かべながらも、グレイは結局ローズの土いじりに付き合うことになった。


「またいらっしゃい。今度はおれいにごちそうしてあげるから」


 ローズと別れた後でグレイは我に返る。


「……時間の流れのこと。聞くの忘れてた」


 あれだけ雑用をこなしていたというのにまだ日が高い位置に見えた。体感ではもう夕方になっていてもおかしくないのに。

 グレイは懐中時計かいちゅうどけいを手にしながら首を傾げた。


まったくこれは……どういうことだ)



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