第15話 アメフラシ

 かって開拓時代の西部には雨降らし男というものがいた。

 文字通り雨を降らせる男なのだ。


 依頼を受けて町に行き、何やら不思議な焚火を焚いて、その炎に秘密の粉を振りかけると、あら不思議や雨が降り始める。雨を降らすも自由、止ませるのも自由だったと言われている。


 あるとき町に呼ばれて受けた依頼は、街の上流にある貯水池を満杯にすること。お安い御用とばかりに男は焚火を起こし、怪しげな粉を投げ込んで煙を立ち昇らせると、たちまちにして雨が降り始めた。貯水池が一杯になるとピタリと雨は止んだ。

 すると町長が言い始めた。雨が降ったのは偶然だ。だから金は払わないと。まあこの手の手合いはどこにでもいる。おまけにここは西部だ。町長は絶対権力を持っている。

 これに激怒した雨降らし男。そうか、雨が降るのは偶然かと言うなり、今までに見たことのない大きな焚火を焚き、もうもうと煙を上げ始めると、それに呼応して雨が降り始めた。

 降り続く豪雨にたちまち貯水池の縁まで水は到達し、止めてくれと叫ぶ町長を無視して雨はいつまでも降り続けた。

 とうとう貯水池は溢れて大洪水となり、下流にあった町は消え去った。どこの野郎の仕業だぶち殺してくれるとばかりに、生き残った町の者が貯水池に着いた頃には、雨降らし男は逃げ去った後だったという。


 文献に残る雨降らし男の特徴は二つ。

 一つは焚火に使うのは乾燥させた狼のフンだということ。

 もう一つは秘密の粉には海藻から作った薬が混ざっているということ。


 狼のフンは硝酸成分が多く、燃焼温度が高いためその煙はまっすぐ勢いよく上る。この性質を使って狼煙(のろし)の材料によく使われる。狼煙の中に狼という文字が入るのは狼のフンを使うことに由来する。

 そして海藻にはヨウ素が多く含まれる。


 もうお分かりだろうか?

 現代の人工降雨術は飛行機で雲の上にヨウ化銀を散布する。

 当時の雨降らし男は飛行機を持っていなかったので、その代わりに狼煙の煙を使ってヨウ素化合物を空高く散布していたのだ。

 恐らくは驚くべき回数の試行錯誤により、現代のヨウ化銀よりももっと効き目のあるヨウ素化合物を見つけだしたのだろう。


 その技術は今では失われている。歴史の中の一時期にだけ出現するロストテクノロジーの一つなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る