第3話 抜け首

 日本家屋の中、うら若き女性があやや俯き加減で正座している。突然障子に映るその影がゆらめき、やがて首がするすると伸びて…

 ご存知、妖怪ろくろ首である。


 首が長く伸びる妖怪ろくろ首はどことなくユーモラスな日本の妖怪である。

 だが、ろくろ首がその妖怪の本来の姿ではないことを知っている者は少ない。実はこの長く伸びた首は限界まで達すると体から外れ、頭だけで空を飛ぶのだ。これを抜け首という。つまりろくろ首は抜け首の途中の形態ということになる。


 抜け首は昼間は普通の人間に見えるが夜になると首が抜けて空を飛び、人の血をすする。昼の光の中では力を失い、朝までに胴体に戻れない場合は死に至る。見た目は普通の人間とは変わらないが首の抜ける所に赤い筋がついていて、そこに文字が描かれているという。

 抜け首は人を襲い、血を吸い、肉を食らう。朝が来るまでに体に戻らないと死ぬという性質を持っている。


 実は抜け首はアジア地域ではポピュラーな妖怪である。

 中国の故事に出てくる。その昔、秦の始皇帝が北の地に旅行をしたとき、首が体から抜け出して空を飛ぶ人々に出会った。物知りのお付きの者にあれは何かと訪ねたところ、あれは飛頭蛮という種族です。あまりにも野蛮すぎるため、人間の首は体を離れて空を飛んだりしないということを知らず、それゆえにあれあのように空を飛びます、と説明したと言う。

 何とも人を食った説明で、始皇帝がこのお付きのものを死刑にしなかったのが不明なほどである。(いや、まあ、その後で別のことで死罪を申しつけるのだけどね)

 時代が過ぎ、西部開拓時代になると、大勢の中国人が北アメリカの大陸横断鉄道を作るために、北米大陸に渡った。中国人出稼ぎ労働者苦力である。彼らの進出に合わせて、アメリカ大陸で出回るようになった妖怪がチョンチョンである。チョンチョンは首だけの妖怪で、耳を羽ばたかせて空を飛ぶ。夜にだけ活動し、朝日を浴びると消滅する。魔法陣で捕らえることができ、朝には消え、またその夜にはやってくる。血を吸う妖怪で、これに一度狙われたら確実に死ぬ、と言われている。

 姿といい、性質といい、まさに抜け首である。


 さて、この妖怪の正体はいったい何であろうか。実はひとつ思い当たることがある。

 魔術研究家のダイアン・フォーチューンの本に、友人の生霊を見た話が記されている。その友人の生霊は頭だけ実体化していたと。抜け首は実体ではなく、生霊のい霊体だとすれば、どうだろう?

 さらに東南アジアの魔術師の中には、首を飛ばす呪法があると聞く。魔術師は夜になると自分の首を飛ばしてターゲットを襲う。襲われた方は、自分の家に立て籠もって応戦する。家の屋根にはトゲが植え込んであり、首がこれに刺さって動けなくなるのを期待するのだ。首が刺さったまま朝になると、首を飛ばした方の術者は死亡することになる。

 こうして幾つもの伝承が符合する。

 抜け首の境目に文字が描かれていることは何らかの術が使われていることを示し、

 朝日を浴びると消えるのはエクトプラズムが光に弱いこととを示し、

 血を吸い肉を食らうのはそれの発祥が呪いであることを示し、

 首が抜けたように見えるのは実は幽体離脱であることを示す。


 つまるところ妖怪抜け首とは東南アジアに伝わる幽体離脱型の呪いの技法によるもので、無意識にその技を使った者も含めて、広く流布しているのではないだろうか?

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