神龍戦 前半戦
「もうすぐユグネス・エイルバー様がお越しになります。しばらくお待ち下さい。」
騎士と思われる筋骨隆々な男がそう語る。
あの後、とりあえず前向きな返事をした所、
「神龍がいつ暴れ出すかわかりません!即刻、討伐作戦の首長とお会いになって下さい!」
と丁寧なのか適当なのか、よくわからない返答をチェルさんにもらって今に至る。
ユグネス……とやらに会えば良いのか。こんな事はしたくなどないし、なんなら早く帰りたいというのが本音ではあるが、
ガチャ
扉を開けて銀髪の若い男が部屋に入ってきた。瞬也はすでにベッドから降り、部屋の椅子に腰かけていた。
「こんにちは。貴方がシュンヤ様ですか?」
「はい。」
「えーっと、ハハ、そんなに睨みつけなくてもいいじゃないですか。」
「……。い、いや、睨みつけてないです!その、元々目付きが悪くて……。」
「そうだったんですね。これは失敬。」
自分のコンプレックスに触れられ、瞬也は少々萎えてしまった。
「それで俺は何をすれば良いんすか?」
「うーん。そうですね……。一言で言えばボールを蹴ってほしいんです。神龍の目玉に向かって。」
「? 距離は?」
「40~100エルトぐらいですかね。丘に登って神龍が降りてきたタイミングで蹴るというのが計画です。
しかし、そう単純でもなくて――」
瞬也はここが異世界である事を忘れかけていた。いや、忘れようと努めていた、が適切かもしれない。そもそも神龍を退治するのなら剣とか弓とかそういうものかと思っていた。サッカーなど縁がないスポーツのはずである。
「あのー聞いてます?」
「とりあえず俺がボールを蹴ればいいんだな。」
ユグネスがハァーとため息をつき、仕方無く唄った。
『英雄、左足にて右眼を抉る。
龍の眼割れて、出でるは蒼玉……。』
「かつての英雄はまず龍の眼を直接蹴ったようです。」
「えっっ! 結構残酷なことしてませんか!? というか他の武器を使った方が効率がいいはずでは?」
「成る程、そう思われますか。理由は簡単です。我々は蹴りに特化している民族なのです。このブルーズ王国では、蹴りに重点を置いた格闘術が古来より伝承しています。我々はそれを利用する事で常人の何倍もの能力を手にするのです。」
「理解出来たような、そうでないような……。」
「ではご覧に入れましょう。私が“左足にて右眼を抉る“姿を。時間がありません。急ぎましょう。」
その後、瞬也はユグネスに促され、建物を出て丘陵へと向かった。建物を出てわかったが、彼がいた場所は相当広大な城だったらしい。ヴェントス家は、他とは一線を画す権力を有しているようであった。
「こちらで目的地に向かいます。」
城の前には馬車が用意されていた。派手な装飾こそ見受けられないが、造りがしっかりとしており、現代人から見ても目を見張るものであった。
当たり前のように瞬也は乗車し、馬車はすぐに動き出した。
乗ったは良いものの、しばらくはユグネスとの沈黙が続いた。その時のユグネスの顔はひどく強張り、疲れを帯びていた。その顔からは瞬也を召還できたことへの安心感は残念ながら感じられなかった。そんな事を思案していえうと、突如として彼が口を開いた。
「シュンヤ様に悩みはございますか?」
「? サッカーの事ですか?」
「そうですね、まぁ私共はサッカーをあまり存じあげていないのですが。」
「悩みかー。一つは左足の事ですかね。ボールを蹴る時に大体右で蹴るんです。」
「サッカーにおいて不利なのですか?」
「一応、利き足が片方だけでも何とかなりますけど、選手選考を考えるとなー、って感じです。」
「左足、ですか。」
その後、再び二人の沈黙がしばらく続いた。
馬が地面を蹴る音、車輪がガラガラと回る音とが馬車に響く時間が30分程続いたであろう。
何の前触れもなく馬車が停車した。
ユグネスが動くのかと思ったが、彼は窓を見つめたまま澄ました顔をしている。
少し戸惑いつつ、思い切って声をかけてみる。
「あのー。」
「……」
「えっと……?」
カチャッ
突然、木製の扉が外から開かれた。扉を開けた
ユグネスはすぐに馬車を降りて丘の先へと進んだ。瞬也も慌てて彼の後を追う。周りの騎士達は、皆てんてこ舞いである。
「左足が悩みと言っていましたね。」
「は、はい。 って、今この状況で必要ですか!?」
「ユグネス様ーーー!! 神龍が迫って来ます!!」
「我々は全員左利きです。無論、だから貴方をお呼びしたのですが。」
「全員!?」
「砲台、用意ーーー!」
「右足は貴方様にお任せします。ではご覧ください。参考になれば幸いです。」
ユグネスは唐突に、崖に向かって目にも止まらぬ速度で走り出す。
「撃てーーー!!!」
激しい轟音が大地に響き渡り、砲台の弾は空気を切り裂きながら進む。その時になってやっと神龍を目視できた。体が黄金に煌めき、鋭い牙と視線を有し、全長が東京スカイツリー以上である……、そう、神という表現が似合っていた。
神龍の身体に弾が当たった瞬間、騎士の1人が叫ぶと連続した爆発が巻き起こった。負傷した神龍は、大地に向かってまっ逆さまに落ちていった。そこにいる皆の表情を見た時、ようやく事の重大さを実感した。
計算し尽くされていたのだろう。地面との距離がどんどん短くなり、眼が丁度丘の先端に来る。
その時、ユグネスが助走の勢いをそのままに丘から跳ね上がった。
足を下げて“構え”の体勢をとる。神龍も危険を察して眼をかっと見開いた。
しかし時すでに遅し。
ユグネスの足元に水晶で出来たような床が生成される。右足が床に着いた瞬間、空気が凍てついた。
直後、彼は左足で神龍の眼を蹴り上げた。
その動作はあまりに美しく、完璧であった。そう、TVで外国の選手の神ゴールを見た時のような興奮を感じる。極限まで磨き上げられたこの様式美をみて、感動を覚えない現代人などいないだろう。
神龍は耳が弾け飛ぶような叫び声をあげ発狂した。眼を抉られ、大量の血液が溢れている。すると、涙を流すようにして青色の
一連の流れを呆然と眺めていたが、瞬也は一つだけ確かに思った事がある。
「俺、こんな事するの?」
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