龍ノ眼蹴り

大上 狼酔

キックオフ

 少年が部活の帰り道を歩いたときには、夜もすっかり明けてしまっていた。足取りはどうも気だるそうで、途中途中でため息が漏れてしまっている。部活帰りだから……なのかもしれないが、一つ明確な心当たりがあった。


 滝川瞬也は阿笠あかさ高校のサッカー部に所属をしていた。全国の指折りの強豪校という事もあり、過酷な競争が巻き起こっていたが、瞬也はその中でもMF(ミッドフィルダー)のメンバーを勝ち取る程には実力をつけていた。

 順風満帆のように思えるが、彼には煮え切らない想いがあった。

「FW(フォワード)になりたい。」

 前線を駆け抜け、シュートを完璧に決める。そんな選手をテレビで見た時、その選手は彼の推しとなり、彼の憧れとなった。どうしてもその選手のようにFWになりたいと心の底から願った。

 しかし、現実はそう甘くはない。確かに攻撃も防御も請け負うMFは大切なポジションであることは間違っていないが、人間は夢を持ってしまう生物なのだ。


 ある日の練習中に監督に声をかけられた事がある。

「滝川はMFに向いてるかもしれないな。」

「え? FWじゃないんですか?」

「うーん。滝川は機動力はあるんだけどなー。あれだよ、あれ……」

 監督は何かを渋っていたが、瞬也にはとうに察しがついていた。

「決定力、ですか……。」

「そーなるな。まー、シュートを決めきる能力がないとFWは厳しいよな。」

 これは越えられていない長年の壁であり自覚はしていた。姿勢なのか、精神的なものなのか、ここぞという所でシュートが決まらない。

 それにシュートの時に右足に頼ってしまうという課題もある。本来なら臨機応変に対応できるよう左足でのシュートも出来るようになるべきだが、こちらもなかなか上達しない。

 それに、それに、……とひっきりなしに不満は出てくるのだった。


 家に帰った瞬也はやる事をやってすぐにベッドに潜りこんだ。疲労が溜まった体にはただのベッドも心地よい。部屋の壁には憧れの選手が所属するチームのポスターが貼ってある。それを眺めているうちに瞬也はいつの間にか眠りについていた。


 …………


 重い瞼をゆっくりとひらく。まず部屋にシャンデリアがある。目の前の壁にはドラゴン?が描かれた絵画がある。眠気で上の空になっている少年でさえ、その違和感にすぐに気づいた。

(コンコンッ)

「……?」

 扉のノックが一瞬鳴ったと思えば、気高そうな女性が入ってきた。瞬也の顔を確認したかと思えば、ちょっとだけ驚いたような素振りを見せた。

 しかし、すぐに真顔に戻ったことがこの女性に隙がないことを示している。

「お目覚めになりましたか、シュンヤ様。」

「あのー、ここは一体どこですかね?」

「驚かれるのも無理のないことです。ここはブルーズ王国……貴方様にとっての“異世界“に当たります。」

「……」

(転生ってことか?――ってことは俺は死んだ!?)

 瞬也は転生に関しての知識がまるでなかった。転生=死であり、現実世界へと戻るメソッドを持ち合わせていなかった。転生する事を想定しておいてほしいものである。


「混乱するのも無理はありません。実は私達の事情で貴方様を召還したのです。勿論、事が済みましたら元の世界へお送りします!」

「あー、そういう事何ですね。とりあえずあなたの名前は?」

 本当は隠しきれぬ動揺があったが、どのみち従わないと帰れない。

「申し遅れました。私はチェル・ヴェントスという者です。ブルーズ王国のヴェントス領を代々受け継ぐ一族です。」

「へー。ヴェントス“領“というと規模はどれくらいになるんですか?」

「そうですね……、43の町を束ねているのですが、王国の2割は我々の領地、と言えばご理解いただけますでしょうか?」

「もしかしてめっちゃ偉い人?」

「まぁ、はい。それもあってあなたに神龍討伐をお願いしたいのです。」

「神龍?」

 いかにもワードが出てきた事に安心感を覚えた。


「かつて神龍なるものがブルーズ王国に現れ、王国を崩壊の寸前へと導きました。ですが、英雄が現れ、神龍を封印したことでその危機を回避できたのです。そして現在その封印が解かれようとしています。そこであなたに神龍を封印、すなわち討伐をおこなっていただきたいの――」

「ちょっと待って。」

「?」

「あのさ……何で俺なの!! ただのサッカー部員がやることじゃないだろ! 絶対無理だって! そんなの!」

 チェルは待ってましたと言わんばかりに微笑み、こう唄った。


『英雄、左足にて右眼をえぐる。

 龍の割れて、でるは蒼玉せいぎょく

 英雄、右足にて蒼玉を蹴る。

 まなこに当たり、王国たちまち蘇る。』


「??」

「そう! 貴方にサッカーをして頂きたいのです!」





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